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| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
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| 2013年8月 |
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| 8月4日 |
【油注がれたダビデA】 Tサムエル記16:14-23 |
主の霊はサウルを離れ、悪霊が彼をおびえさせた。サウルは錯乱状態に陥った。そこでサウルの家来たちは、悪霊退治について進言し、上手に立琴を弾く者が琴を弾けば、彼は良くなるだろうと言った。そこでサウルは家来たちに、上手な弾き手を求めた。すると若者の一人が、ベツレヘム人エッサイの息子を見たことがあり、琴が上手で勇士であり、戦士であり、言葉には分別があり、体格も良く、主がこの人とともにおられると言った。
そこでサウルは使いをやって、エッサイに羊の番をしているダビデをよこすように言わせた。それでエッサイは、パンとぶどう酒と子やぎを取り、息子ダビデに託してサウルに送った。古代では、王に謁見する時、贈り物をする習慣があった。サウルは、ダビデが秘密裏に油を注がれた王であることを知らなかった。
ダビデはサウルのもとに来て、彼に仕えた。サウルは彼を非常に愛し、ダビデはサウルの道具持ち(従者)となった。道具持ちは、王の武具などを持ち運ぶ側近の兵士である。神は、将来の責務に備えてダビデを訓練しておられた。ダビデは、将来王として国を治める基礎訓練を始めることとなった。
神の霊がサウルに臨む度に、ダビデは立琴を手に取って弾き、サウルは元気を回復して良くなり、災いの霊は彼から離れた。神の御霊によって、悪霊どもが追い出されているのなら、神の国は私たちに来ている。 |
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| 8月11日 |
【万軍の主の御名によって@】 Tサムエル記17:1-30 |
戦いのために、ペリシテ人は向こう側の山の上に、イスラエル人はこちら側の山の上に、谷を隔てて、にらみ合っていた。
ペリシテ人の陣営から、ゴリヤテという身長が3メートルもある一人の代表戦士が出て来た。彼は60キロもある青銅のよろいで身を固め、槍の穂先は鉄で7キロあった。ゴリヤテは立って、イスラエル人の陣に向かって叫び、一人の代表戦士を出すように言った。一騎打ちは、多くの流血を避けることができる。ゴリヤテは、イスラエルの陣をなぶってやると言って責めた。サウルとイスラエルの全ては、このペリシテ人の言葉を聞いた時、意気消沈し、非常に恐れた。神との交わりを失った指導者に、神の民は守れない。ゴリヤテは40日間、朝早くと夕暮れに出て来ては、大声で叫んでいた。40は長い期間を表す。
ダビデは父のエッサイに頼まれ、3人の兄の安否を調べに、食べ物を持って陣営に出かけた。彼が野営地に来ると、軍勢はときの声をあげて、陣地(戦いの最前線)に出るところであった。ダビデが兄たちと話していると、ペリシテ人の陣地からゴリヤテが上って来て、いつもと同じ文句をくり返した。ダビデはこれを聞いた。イスラエルの人は皆、この男を見た時、その前を逃げて、非常に恐れた。
イスラエルの人たちは、ゴリヤテを殺す者がいれば、王はその者を大いに富ませ、その者に自分の娘を与え、その父の家に何も義務を負わせない(兵役や税の免除を意味すると考えられる)そうだと言った。ダビデは、「この割礼を受けていないペリシテ人は何者ですか。生ける神の陣をなぶるとは」と言った。宗教的罪への聖なる憤りが、ダビデ参戦の真意である。問題を神の視点によって見ることが肝要である。 |
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| 8月18日 |
【万軍の主の御名によってA】 Tサムエル記17:31-58 |
サウルがダビデを呼び寄せると、ダビデはサウルに、「あの男のために、だれも気を落としてはなりません。このしもべが行って、あのペリシテ人と戦いましょう」と言った。ダビデはゴリヤテの挑発を、神の御力を証明する好機とみなした。正しいことをするなら、神が喜んでくださるのであり、それが一番大切なことである。
サウルは、ダビデはゴリヤテと戦うことはできないと言った。ダビデは、羊の群れを飼っている時、獅子や熊から救い出してくださった主は、あのペリシテ人からも救い出してくださると、信仰に根ざした勇気と力と宗教的熱情にあふれた言葉を語った。
サウルはダビデに戦いに行く許可を与え、自分のよろいかぶとを着させ、剣を持たせた。ダビデは歩いてみたが、慣れておらず、神への信仰に何も役に立たなかった。ダビデはそれを脱ぎ、自分の杖と、川から5つのなめらかな石を選んできて投石袋に入れ、石投げを手にして、あのペリシテ人に近づいた。戦いのために必要な物は、川で見つけることができた。石投げは、戦争用だけでなく、羊飼いが野獣を倒すために用いた。ダビデは、生けるまことの神の代表戦士であった。
ペリシテ人は、自分の神々によってダビデを呪った。ダビデは、「この戦いは主の戦いだ。主はおまえたちをわれわれの手に渡される」と言って、万軍の主の御名によって、ペリシテ人に立ち向かった。ダビデが石投げで放った1つの石が、ペリシテ人の額に命中し、ペリシテ人はうつぶせに倒れ、打ち殺された。イスラエルとユダの人々は立ち上がり、ときの声をあげて、ペリシテ人を追撃し、ペリシテ人の陣営を略奪した。
ペリシテと戦うために王に立てられたサウルが、ゴリヤテの挑戦にに耐えられず、ダビデがペリシテの代表戦士を倒せた事実それ自体も、ダビデこそサウルに取って代わるべき王であることを暗示する。
主イエス・キリストは、十字架の死によって、悪魔という死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださった。私たちは、私たちを愛してくださった方によって、全ての困難の中にあっても、圧倒的な勝利者となることを感謝しよう。 |
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| 8月25日 |
【主がともにおられたダビデ@】 Tサムエル記18:1-11 |
ヨナタンはダビデを愛し、お互いの心は固く結ばれた。2人の信仰の波長はぴったり一致した。2人は永遠の友情を神への忠誠の上に育んだ。ヨナタンはサウルの長男で、第一の王位継承者であったが、自分と同じ程にダビデを愛し、ダビデと契約を結んだ。
ヨナタンは愛と敬意のしるしとして、着ていた上着をダビデに与え、自分のよろいかぶと、更に剣、弓、帯までも彼に与えた。愛するとは与えることである。上着は、着ている者の権威を表した。装備一式を与えられたことは、ダビデが軍事面でもサウルとヨナタンを越えることを示している。ダビデは自分の命を危険にさらしたが、ヨナタンからの贈り物が、そのことに対する報酬の初穂であると悟っていた。
ダビデはどこでもサウルが遣わす所に敵と戦うために出て行って、勝利を収めた(賢く振舞った、分別と成功を意味する)ので、サウルは彼を戦士たちの長(司令官)とした。このことは、全ての民にも、サウルの家来たちにも喜ばれた。
ダビデがあのペリシテ人を打って帰って来た時、女たちはくり返しこう歌った。「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った。」サウルはこの言葉を聞いて非常に怒り、不満に思った。その日以来、サウルはダビデを王位をねらって謀反を起こすのではないかと、疑いの目(良くない思い、妬みの目)で見るようになった。嫉妬という罪は、実際は殺人と殆ど変わらない。
その翌日、災いをもたらす悪霊がサウルに激しく下り、怒りの発作によって、彼は家の中で狂いわめいていた。サウルの妬みと異常な行動は、神がサウルから離れてしまったことを明確に示していた。ダビデはいつものように琴を手にして弾いたが、サウルはダビデを壁に突き刺してやろうと思い、槍を投げつけた。槍はサウルの権威を象徴している。しかしダビデは2度も身をかわした。「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」マタイ5:44 |
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