エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2013年5月
5月5日 【新しい人に変えられたサウルA】 Tサムエル記10:9-27
 神はサウルの心を変えて新しくされた。サウルは神の御霊の働きにより、イスラエルの王たるにふさわしくされた。サウルがギブアに着くと、預言者の一団に出会い、神の霊が彼の上に激しく下り、彼も彼らの間で預言を始めた。

 サウルが預言することを終えて高き所へ行った時、おじにサムエルが言ったことを尋ねられたが、彼は自分が王として油注がれたことは話さなかった。

 サムエルはミツパで、民を主のもとに呼び集め、イスラエルの全部族を近づけて、主が王に選ばれたのは誰か、くじで神意を伺った。最終的にサウルが取り分けられたが、彼は荷物の間に隠れていた。謙遜の現れである。サウルが民の中に立つと、民の誰よりも、肩から上だけ高かった。サムエルが、主がお選びになった人だと告げると、民は皆、喜び叫んで、「王さま。ばんざい」と言った。

 サムエルは民に王(王制、王国)の責任(権利と義務)を告げ、それを文書にしるして主の前に納めた。こうしてサムエルは民を皆、それぞれ自分の家へ帰し、サウルもまた、ギブアの自分の家へ帰った。神に心を動かされた勇者は、彼について行った。イスラエルの常備軍の始まりである。サウル軍は神の助けによって結成された。主の民の指導者は、その働きに神によって召されるだけでなく、主の民にも認められなければならない。

 しかし、よこしまな者たちは、サウルを軽蔑し、彼に贈り物を持って来なかった。贈り物は、王への尊敬と服従の意志を表す。しかし、サウルは忍耐して沈黙した。健全な批判には耳を傾け、反対者のことで気を病んで、大切な時間と労力を浪費してはならない。
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5月12日 【サウルの王権の創設@】 Tサムエル記11:1-7
 アモン人(ロトの子孫)ナハシュ(蛇の意)が上って来て、ヤベシュ・ギルアデに対して陣を敷いた。ヤベシュの人々は降伏して、ナハシュに契約を結ぶように頼み、そうすれば仕えると言った。仕えることは契約であった。彼らは無力だったので、戦いに勝ち目のないことを知り、降伏以外に道がないと判断したのである。

 そこでナハシュは契約の条件として、全イスラエルの見せしめに、右目をえぐり取ることを提案した。当時の戦いでは、左目を盾で隠し、右目で敵を見て攻撃した。右目をつぶせば、左目は左手をもって構える盾でおおわれるので、戦えなくなる。

 ヤベシュの長老たちはナハシュに、イスラエルの国中に使者を送るため、7日の猶予を与えるように頼み、受け入れられた。イスラエルはまだ統一されておらず、ナハシュは誰もこの都市を救いに来ないと思い込んでいたのであろう。

 使者がサウルの住んでいるギブアに来て、そのことを告げると、民は皆、声をあげて泣いた。サウルが属すベニヤミン族とヤベシュ・ギルアデの間には、特別な関係があり、つながりが深かった。

 サウルがそれらのことを聞いた時、神の霊が激しく下り、聖い怒りが激しく燃え上がった。サウルはアモン人が仲間のイスラエル人を蔑み虐待したことに怒った。彼は2頭の牛を切り分け、それを使者に託してイスラエルの国中に送り、「サウルとサムエルとに従って出て来ない者の牛は、このようにされる」と言わせた。それは、協力一致を求める時の象徴的行為であった。

 民は主を恐れて、一斉に出て来た。神はサウルを動かし、民に訴えをさせ、民をそれに応えさせた。たぶん、ヨシュア以来、国民が一つになったのは、この時が初めてである。新しい王の治世のために、良い出発であった。サウルは国中に号令できる位置にあり、イスラエルはサウルの挑戦に応えた。
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5月19日 【サウルの王権の創設A】 Tサムエル記11:8-15
 サウルがベゼクで集まった民を数えると、イスラエルの人々は30万人、ユダの人々は3万人であった。ユダは最大の部族であった。

 彼らはヤベシュからやって来た使者たちに、明日の真昼頃、あなたがたに救いがあると言ったので、それを帰って来た使者たちから聞いたヤベシュの人々は喜んだ。

 翌日、サウルは民を3組に分け、夜明けの見張りの時、陣営に突入し、昼までアモン人を打ち、アモン人は完全に敗北した。

 アモン人を撃破した功績により、サウルは民衆の支持を得ることができた。民はサウルを軽蔑したよこしまな者たちを殺すと言ったが、サウルは今日は人を殺してはならない、主がイスラエルを救ってくださったのだからと言った。神から来るサウルの寛容と謙遜、主に栄光を帰する信仰を見ることができる。

 サムエルは民にギルガルへ行って、サウルの王権を創設する宣言をしようと言った。この時点で、全民衆がサウルの統治を認めた。民は皆ギルガルへ行き、主の前にサウルを王とし、和解のいけにえをささげ、全ての者が大いに喜んだ。和解のいけにえは、神への感謝の表現である。動物犠牲の肉を礼拝者たちが食べて喜ぶ。サウルが国民を不名誉から救い、以前彼を批判した人たちを赦したことで、サウルの王権は確立された。 

 神は様々な状況をもたらすことによって、ご自分が権威をお与えになった者の適格性を証明される。神は指導者たちの真価や霊的な知恵を証明するために、問題が起こることをあえて許しておられる。霊を奮い立たされた者は、先頭に立って、捕らわれた者たちを救い出し、監督としての責務を、その役割にふさわしい人物として果たすべきである。
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5月26日 【サムエルの使命@】 Tサムエル記12:1-15
 さばきつかさの時代は、およそ400年続いた。最後のさばきつかさであるサムエルによる統治が終わり、王による統治が始まった。今後サムエルは預言者としてだけ活動する。サムエルの息子たちは、民の一員に過ぎなかった。サムエルはさばきつかさとして、ただの一度さえ不正をしたことはなかった。

 サムエルは預言者として、民が神に忠実に仕えさえすれば、神はいつでも助けてくださるということを説き明かした。サムエルは、神が士師を遣わしてイスラエルを守ってきたので、王の必要はなかったと言った。そして、神がイスラエルの王であり、イスラエルを救うことができたのに、民は王を求めたと言った。

 神は王を求める民の願いをかなえられたが、ご命令と要求は変わらなかった。神は人生のあらゆる領域を支配される真の王である。イスラエルの民に降りかかった災いは全て、神から離れた結果だった。罪を悔い改め、神の助けを叫び求めた時、救いがもたらされた。神はご自分に従う者を祝福してくださる。
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