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| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
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| 2013年3月 |
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| 3月3日 |
【さばきつかさサムエル@】 Tサムエル記7:2-6 |
7章には、サムエルの統治のもとでの、イスラエルの悔い改めと回復が記されている。
主の箱がキルヤテ・エアリムにとどまった日から長い年月がたって、20年になった。イスラエルの全家は神の裁きを通して、嘆き悲しみながら、主を慕い求めていた。イスラエルは依然としてペリシテに苦しめられている状態にあり、主の力ある助けを待ち望んでいた。
サムエルはイスラエルの全家に、偶像礼拝と背教から真の神に立ち返り、心を正しく主に向け、主にのみ仕えるなら、主はペリシテ人の手から救い出されると言った。そこで、イスラエル人はバアル(カナン人の最高神)やアシュタロテ(バアルの連れ合い)を取り除き、偶像を壊し、主にのみ仕えた。
それで、サムエルはイスラエル人のために主に祈るために、彼らを皆、ミツパに集めた。彼らはミツパに集まり、水を汲んで主の前に注ぎ、その日は断食した。水を注ぐことは、罪を悔い改め、心を注ぎ出すことの象徴的行為である。断食は、へりくだった、砕かれた心を表す。そうして、彼らはその所で、「私たちは主に対して罪を犯しました」と言った。こうして、サムエルはミツパでイスラエル人をさばいた。サムエルは国民を悔い改めときよめの行為へと導き、政治的かつ宗教的な指導者として統治した。 |
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| 3月10日 |
【さばきつかさサムエルA】 Tサムエル記7:7-17 |
イスラエル人がミツパに集まったことをペリシテ人が聞いた時、ペリシテ人はイスラエルに攻め上った。イスラエル人はこれを聞いてペリシテ人を恐れ、ペリシテ人の手から救われるように、サムエルに主に叫び続けるように頼んだ。彼らは預言者の祈りにすがった。
サムエルは子羊一頭を全焼のいけにえとして主にささげ、イスラエルのために主に叫んだ。それで主は彼に答えられた。全焼のいけにえは、全身全霊の献身と忠誠を表す。弱い者、罪を深く悔いた者が助けを求めて叫ぶ時、その叫び声は必ず神の耳に届く。主はその日、ペリシテ人の上に大きな雷鳴をとどろかせ、彼らをかき乱したので、彼らはイスラエル人に打ち負かされた。イスラエルの人々はミツパから出て、ペリシテ人を追い、彼らを打って、ベテ・カル(子羊の家の意)の下にまで行った。
そこでサムエルは一つの石を取り、それにエベン・エゼル(助けの石の意)という名をつけた。このような劇的逆転を可能にするのは、神の助けである。主こそ、イスラエルの平和の助けである。主の救いの力とサムエルの効果的な働きを覚える。
こうしてペリシテ人は征服され、二度とイスラエルの領内に入って来なかった。サムエルの生きている間、完全な平定ではないが、イスラエルは主の御手に守られ続けた。ペリシテ人がイスラエルから奪った町々は、エクロンからガテまでイスラエルに戻り、イスラエルはその周辺の村々をもペリシテ人の手から救った。その頃、イスラエル人とエモリ人(カナンの先住民全体の称)の間には、平和があった。
サムエルは一生の間、イスラエルを士師として統治した。サムエルの生涯の働きは、預言者、祭司、士師であった。サムエルは自分の家があるラマに、主のために一つの祭壇を築いた。
イスラエルの敗北の理由は、主の他に外国の神々をもつ背教、主に対して心を向けていなかった不信であった。立ち直るためには、具体的な異教廃棄、真剣な悔い改め、全面的な献身が必要である。主に正しく立ち返ることが、ペリシテへの屈服から脱する秘訣である。サムエルは民を導く者として成長し、自分たちに破滅をもたらした偶像から民を離れさせ、主の道へと立ち返らせた。 |
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| 3月17日 |
【王を求めるイスラエルの民@】 Tサムエル記8:1-8 |
サムエルは年老いた時、イスラエルを指導する仕事を息子たちに譲り、息子たちをさばきつかさ(士師)とした。この息子たちは父親のように神に従うことをせず、不正の利得を追い求め、わいろを取り、正しいさばきをしなかった。士師は世襲制ではない。サムエルは息子たちが自分の技量に及ばないのを見抜くことができなかった。サムエルは子供の養育に失敗し、エリと同じ過ちを犯した。
そこでイスラエルの長老たちは、ラマのサムエルの所に来て、士師ではなく、他の全ての国民のように、彼らをさばく王を求めた。このことは、サムエルの目には悪と映った。そこでサムエルは主に祈った。サムエルはいつも問題を主のもとにもって行く秘訣を心得ていた。
主はサムエルに民の声を聞き入れるように仰せられた。それから主は、彼らは彼らの上に主が王として君臨することを退けているのであって、出エジプトの日から今日まで、彼らが主を捨て、他の神々に仕えたように、サムエルにもしているのだと仰せられた。神権政治が拒絶された。サムエルを拒むことによって、長老たちは神を拒んでいた。民は神に代わって、単なる人間を求めた。イスラエルの民を守り、救うのはイスラエルの神であり、その神のみを頼りにするという約束は、イスラエルが王を求めたことによって破られた。
イスラエルは神の代わりに、法律、軍隊、人間による君主制を欲しがった。彼らの根本にある問題は、神への不信仰と不従順であった。彼らが新たに王を求めたことは、彼らの心がすでに神から離れ去っていたことの外面的な表現にすぎなかった。 |
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| 3月24日 |
【王を求めるイスラエルの民A】 Tサムエル記8:9-22 |
主はサムエルに王を求める民の声を聞き、彼らの上に君臨する王の権利を厳しく警告するように命じられた。王の権利とは、王制そのものの本来的条件であり、王が立てられれば、当然のこととして国民に課せられる義務、負担である。王制の維持には、多大な犠牲(取られる代償)が伴う。イスラエルの新しい王は、神の民にエジプトの原則を導入しようとした。利己主義が王の主要な特徴である。
サムエルは民に、王の権能を次のように徹底的に証言した。王は息子を徴兵し、娘を徴用し、税金や最も良いものを取り、非生産人口(役人)を増加させる。これが王の正常態であり、自己中心的な考えから立てた王であるゆえに、民が王のゆえに主に助けを求めて叫んでも、主は答えてくださらない。
それでも民は、サムエルの言うことを聞こうとせず、どうしても王がいなければならず、他の全ての国民のようになり、王が彼らを治めるように言った。神の民が未信者のようになりたがる時、彼らは霊的な破滅へと向かっている。神は、イスラエルが他の国民と異なったものであることを期待された。
サムエルは主に祈り、主は彼らに一人の王を立てるように命じられた。王制は、この時代と国際情勢の中では、天の意志であった。理想的な統治形態は、神の御心にかなう君主制である。真の王ダビデが王座につく。サムエルは終わりまで聖職を誠実に果たした。 |
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| 3月31日 |
【イスラエルの王サウル@】 Tサムエル記9:1-10 |
ベニヤミン人で、キシュという裕福な(力ある)人がいた。ベニヤミン族は勇士として知られていた。キシュにはサウル(求められた者の意)という息子がいた。彼は美しい(良い)若い男(選りすぐられた者)で、イスラエル人の中で一番魅力的な青年であった。
ある時、キシュの雌ろばが数頭いなくなり、サウルと若い者が捜しに行くことになった。彼らは方々を巡り歩いたが見つからず、サウルは若い者に、父が心配するといけないから帰ろうと言った。すると若い者は、この町に敬われている神の人がいて、その人の言うことは皆必ず実現する、そこへ行ってどうしたらよいか教えてもらおうと言った。預言が成就することは、真の預言者のしるしであった。生活の中のささいな問題においても、神の導きを求めることの必要性を教えられる。サウルがサムエルについて知らなかったのは、彼が霊的な事柄について無知であったことを示す。
サウルは神の人に持って行く贈り物がないことを気にしたが、若い者が四分の一シェケルの銀を持っていた。当時、神の人に会う時には、贈り物をする習慣があり、預言者への謝礼は普通のことであった。
当時、イスラエルでは預言者は予見者と呼ばれており、神の御心(神託)を求めに行く人は、「さあ、予見者(見る者、先見者)のところへ行こう」と言った。 |
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