エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2013年2月
2月3日 【奪われた神の箱B】 Tサムエル記5:1-7
 ペリシテ人に奪われた神の箱は、アシュドデにある偶像神ダゴンの宮に運ばれ、ダゴンのかたわらに安置された。アシュドデの人たちが、翌日、朝早く起きて見ると、ダゴンは主の箱の前に、地にひれ伏して倒れていた。そこで彼らはダゴンをもとの所に戻した。

 次の日、朝早く彼らが起きて見ると、やはり、ダゴンは主の箱の前に、地にひれ伏して倒れていた。ダゴンの頭と両腕は切り離されて敷居の所にあり、ダゴンの胴体だけが、そこに残っていた。頭を切り取られることは、完全な敗北を意味する。偶然に倒れた結果ではないことを強調していた。アシュドデの人たちは、主の偉大な力を見せつけられた。キリストは復活され、サタンに勝利された。

 更に主の裁きの手は、アシュドデの人たちの上に厳しく臨み、アシュドデとその地域の人々の上に災害をもたらし、彼らは腫れ物で悩まされた。伝染性の腫物であろう。ねずみがこの地を荒らしたとも書いてある。アシュドデの人々は、この有様を見て言った。「イスラエルの神の箱を、私たちのもとにとどめておいてはならない。その神の手が私たちと、私たちの神ダゴンを、ひどいめに会わせるから。」ペリシテ人は正しく対処せず、悔い改めて、主に立ち返らなかった。主にふさわしい状態でなければ、主の存在は決して慰めをもたらすものとはならない。

 「わたしの名を呼び求めているわたしの民がみずからへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求め、その悪い道から立ち返るなら、わたしが親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地をいやそう。」U歴代誌7:14 「主が神の箱のことで、オベデ・エドムの家と彼に属するすべてのものを祝福された、ということがダビデ王に知らされた。そこでダビデは行って、喜びをもって神の箱をオベデ・エドムの家からダビデの町へ運び上った。」Uサムエル6:12
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2月10日 【奪われた神の箱C】 Tサムエル記5:8-12
 アシュドデの人たちは、ペリシテ人の5都市同盟の領主たちを集め、神の箱の取り扱いについて協議し、その結果、ガテに移すことにした。  神の箱がガテに移されて後、主は更に大きな災いをこの町に下され、人々は腫物で打たれた。そこで、彼らは神の箱をエクロンに送った。

 神の箱がエクロンに着いた時、エクロンの人たちは、自分たちを殺すのかと大声で叫んだ。エクロンの人たちは、ペリシテ人の領主たちを集め、自分たちが殺されることがないように、イスラエルの神の箱をもとの所に戻すように言った。神が彼らの上に災いを下したため、町中が恐慌状態になってしまったからである。神の裁きの御手は、そこに非常に重くのしかかっていた。死ななかった者も腫物で打たれ、町の叫び声は天にまで上った。主の輝かしい勝利により、ペリシテ人は自分たちの敗北を認め、戦利品の神の箱をイスラエルに返すことに決めた。

 神の箱は、3都市の市民に災難と混乱をもたらした。契約の箱を奪った者たちの苦しみは、キリストを拒んだ者たちへの災いと重なる。「そのとき、イエスはこう言われた。『父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。』」ルカ23:34 「こうして彼らがステパノに石を投げつけていると、ステパノは主を呼んで、こう言った。『主イエスよ。私の霊をお受けください。』そして、ひざまずいて、大声でこう叫んだ。『主よ。この罪を彼らに負わせないでください。』こう言って、眠りについた。」使徒7:59-60
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2月17日 【送り返された神の箱@】 Tサムエル記6:1-12
 主の箱は7か月もペリシテ人の野にあった。ペリシテ人は祭司と占い師を呼び寄せ、主の箱をどうしたらよいのか尋ねた。異教の祭司や占い師に聞き従ってはならない。キリストに聞き従わなければならない。

 彼らは、イスラエルに神の箱を送り返すなら、必ず賠償の献げ物を一緒に贈らなければならないと言った。罪過を自覚したからである。彼らは、賠償の献げ物として、ペリシテ5都市に各1つずつ、5つの金の腫物と5つの金のねずみを作り、イスラエルの神に栄光を帰するなら、災いはなくなるだろうと言った。その地に腫物と荒らし回ったねずみの災いがあったからである。それは、カナンの祭儀において通常行なわれる対応であり、自分なりの方法であった。

 また、彼らは、主の箱を載せた新しい車に、くびきをつけたことのない、乳を飲ませている2頭の雌牛をつなぎ、子牛は引き離して牛小屋に戻し、箱がベテ・シェメシュ(イスラエルの祭司の町)に上って行けば、この大きな災いを起こしたのは、イスラエルの神であるが、行かなければ、偶然の災難だったのだと言った。くびきをつけて車を引くよう訓練されている雌牛でも、乳を飲ませている牛を置いて行くことはない。訓練されていない雌牛が車を引かされて、子牛を離れて行くとしたら、母性本能に逆らわなければならない。全能の神だけが、そのような奇蹟を行なうことができる。

 すると雌牛は、ベテ・シェメシュへの道、一筋の大路をまっすぐに進み、鳴きながら進み続け、右にも左にもそれなかった。子牛から引き離されたことを嘆くかのように、母牛は鳴いたが、選ばれた場所にまっすぐ進んだ。
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2月24日 【送り返された神の箱A】 Tサムエル記6:13-7:1
 ベテ・シェメシュ(太陽の家の意)の人々は、神の箱が上って来るのを見て喜んだ。その人たちは、その車の木を割り、その雌牛を全焼のいけにえとして主にささげた。全焼のいけにえは、主へのなだめの香りであり、全き献身を表す。御霊によって歩み、命をささげるのである。契約の箱に触れることができるのは、レビ人の祭司だけである。ベテ・シェメシュの人たちは、その日、沢山のいけにえも主にささげた。

 しかし、ベテ・シェメシュの人たちが主の箱の中を見たので、主は民を激しく打たれた。主は彼らの多くを殺されたので、民は喪に服した。不敬の罪のためである。聖別されていない人々が聖なる神の臨在の箱に近づく時、必ず災いを受ける。度を越すべきではないことを学ばなければならない。神を好奇心の対象として扱うことは危険である。

 そこで、ベテ・シェメシュの人々はキルヤテ・エアリム(森の町の意)の住民に使者を送リ、主の箱を運び上げるように頼んだ。キルヤテ・エアリムの人々は来て、主の箱を運び上げ、それを丘の上のアビナダブ(わが父は高尚であるの意)の家に運び、彼の子エルアザル(神は助けてくださったの意)を聖別して(特別に選び)、主の箱を守らせた(管理させた)。今度は、何の事故もなかった。イスラエルに送り返された主の箱は、シロには再び戻らなかった。

 「そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。」ローマ12:1 「しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。」ヨハネ4:23
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