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| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
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| 2012年6月 |
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| 6月3日 |
【逃れの町の制定A】 ヨシュア記21:1-42 |
あやまって、知らずに人を殺した殺人者は、会衆の前に立って裁きを受けるまで、あるいは、その時の大祭司が死ぬまで、その町に住まなければならない。その時の大祭司が死ねば、人を殺した罪が赦されたことになるので、晴れて自分の町に帰ることができる。大祭司は罪ある者のとりなしをする。大祭司の死は、象徴的に殺人者の行為によって起こった罪の終結を意味している。おそらく血の復讐をする者は、殺人者の死の身代わりの死として受け入れるのであろう。代償が支払われたことになるので、それ以上のことは求められない。「大祭司が死ぬ」という表現に、罪の贖いが暗示されている。この代償的贖罪は、主イエスの十字架によって、十全の意味を獲得する。「しかしキリストは、すでに成就したすばらしい事がらの大祭司として来られ、手で造った物でない、言い替えれば、この造られた物とは違った、さらに偉大な、さらに完全な幕屋を通り、また、やぎと子牛との血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所に入り、永遠の贖いを成し遂げられたのです。」へブル9:11-12
逃れの町々は、イスラエル人でも、そこにいる外国人でも、誰でも、誤って人を殺した時は、そこに逃げ込むことができた。公の裁判をしないうちに、私的復讐で殺されることがないためである。逃れの町は、外国人も保護した。約束の地に住む者は、誰でも守られたのである。在留異国人も、同じ特権に与ることができる。キリストの赦しもまた、その者の背景にかかわりなく、誰にでも開かれている。「私たちは、このキリストによって、両者ともに一つの御霊において、父のみもとに近づくことができるのです。」エペソ2:18 |
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| 6月10日 |
【レビ人の町と放牧地】 ヨシュア記21:1-42 |
レビ人はすでに民数記35:1-8において、各部族から割当地を得るように、モーセを通して約束されていた。ここでレビ人に他の部族から放牧地のある48の町が与えられたとされるが、レビ人はこれらの町を支配したのではなく、全国の諸部族の間に散って、祭司として仕えた。レビ族は全ての民に代わって聖職者の職務を果たしていたので、彼らの相続地は全土に散在して与えられた。レビ人は国民の宗教生活を維持するという独特の使命を担わされていたので、部族としてまとまった土地を所有するのではなく、各部族の相続地に町々を提供され、主とそれぞれの部族に仕えたのである。
レビの部族はゲルション族、ケハテ族、メラリ族の3部族に分かれていた。ケハテ族が先に挙げられているのは、ケハテ族からアロンの子孫が出ているからである。ケハテ族の中でも、まずアロンの子孫(アロンの務めを受け継ぐ祭司)が、ユダ部族、シメオン部族、ベニヤミン部族から13の町を与えられた。「しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい。」Tペテロ2:9、5 |
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| 6月17日 |
【主の約束の実現】 ヨシュア記21:43-45 |
こうして主は、イスラエルの先祖たちに与えると誓った地を全て、イスラエルに与えられたので、彼らはそれを占領して、そこに住んだ。主は約束されたとおり、周囲の異教徒から彼らを守られたので、彼らはそこに安住することができた。彼らに立ちはだかる敵は、一人もなくなった。主は敵を一人残らず彼らの手に渡された。主がイスラエルの家に約束された全ての良いことは、一つもたがわず皆実現した。
ここでのカナン征服の要約は、父祖アブラハムへの約束が果たされたということであった。その地が彼らの子孫たちのものとなるとの族長たちへの約束は、ヨシュアを通して現実となった。神はまた、敵からの平安を約束された。神はイスラエルに約束したことを全て実現することで、その誠実さを証明した。神の約束の成就と勝利の完全さを強調している。
実際には、占領すべき場所はまだ沢山残っていたが、神の側からは全て完了したものと見なされた。こうしてイスラエルは定住したが、周囲の敵を完全に支配化においたわけではなく、戦闘は長年にわたり、断続して行なわれた。ヨシュアによる割り当て地は、あくまでも割り当てであって、それを実際に占領するかどうかは、各部族に任されていた。また、占領できなかった土地が多く残ったまま、ダビデ時代に至った。 |
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| 6月24日 |
【2部族半の帰還@】 ヨシュア記22:1-10 |
ヨシュアはルベン族、ガド族、マナセの半部族を呼び寄せ、「あなたがたは、主のしもべモーセがあなたがたに命じたことを、ことごとく守り、また私があなたがたに命じた全てのことについても、私の声に聞き従った。」と言った。ヨシュアはヨルダン川東岸に家と家族を残してきた兵士たちに語りかけている。2部族半は、主−モーセ−ヨシュアという三者の一致した命令に対する三重の従順を示している。2部族半がカナン征服のイスラエル軍を助けて連戦した後、一応の目的を達成したので、ヨシュアは彼らをヨルダンの東に帰すことにした。
ヨシュアは人々の心が移り変わりやすいことをよく知っていたので、彼らにモーセの命令と律法をよく守り行ない、主を愛し、その御心に従って生活し、主に寄り頼み、心を尽くし、精神を尽くして、主に仕えるように勧め、警告した。
ヨシュアは彼らを天幕に送り返す時、彼らを祝福して、敵からの分捕り物を彼らの同胞と分け合うように言った。分捕り物を公平に分けることは、神の民の原則である。
ルベン族、ガド族、マナセの半部族は、カナンの地にあるヨルダン川のほとりの地に来た時、ヨルダン川のそばに一つの祭壇を築いた。それは、目立って大きい祭壇であった。献げ物のための祭壇は一つだけしか造ってはならないとされ、別の祭壇を造ることは神に逆らうことであった。しかし、2部族半が築いた祭壇は、いけにえのための祭壇ではなく、彼らもイスラエルの民であることを示す証拠としての祭壇であった。祭壇はイスラエルとの一体の象徴であり、いけにえの分離のためではなかったのである。 |
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