エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2012年3月
3月25日 【主に従い通したカレブ@】 ヨシュア記14:1-11
 イスラエル人は、主がモーセを通して命じたとおりに、九部族と半部族とにくじで相続地を割り当てた。

 ユダ族がヨシュアの所に近づいて来て、ケナズ人エフネの子カレブ(犬の意)がヨシュアに言った。ケナズ人はエサウの長子エリファズの息子を先祖とするエドム人であり、元来イスラエル人ではなった。カレブはユダ族に吸収された異邦人である(反対説もある)。

 カレブは次のように言った。「主のしもべモーセがこの地を偵察するために、私をカデシュ・バルネアから遣わした時、40才だった。私は自分の心の中にあるとおりをモーセに報告した。私と一緒上って行った私の身内の者たちは、民の心をくじいた(皆の意気を阻喪させるような報告をした)が、私は私の神、主に従い通した。そこでその日、モーセは誓って、『あなたの足が踏み行く地は、必ず永久に、あなたとあなたの子孫の相続地となる。あなたが、私の神、主に従い通したからである』と言った。主がこの言葉をモーセに告げられた時からこのかた、イスラエルが荒野を歩いた45年間、主は約束されたとおりに、私を生きながらえさせてくださり、85才になる。しかも、モーセが私を遣わした日のように、今も壮健で、私の今の力は、あの時の力と同様、戦争にも、また日常の出入りにも耐える。」 

 ヨシュアとカレブの報告と10人の斥候の報告の差異は、信仰と不信仰の差異であった。カレブは約束された割り当て地を獲得する身体的能力を持っていた。85才のカレブが40才の時と同じように健やかであったというのは、超自然であったと言わなければならない。たとい戦いと苦難に満ちた人生であっても、神に従い通す者には、上から超自然の力が与えられる。霊的、知的、肉体的祝福が、神から与えられるのである。
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3月18日 【イスラエルの相続地A】 ヨシュア記13:8-33
 ルベン部族とガド部族とマナセの半部族に、モーセはヨルダン川の東側を相続地として与えた。

 レビ部族には、モーセは相続地を与えなかった。主が彼らに約束されたとおりにイスラエルの神、主(への火によるささげ物)が彼らの相続地であった。レビ族は、神に奉仕することに専念し、土地を所有しなかった。

神はレビ族が必要とするものを献金というかたちで与えた。土地は与えられず、献げ物の一部を受け取るという形で、他の部族にに養われた。レビ人は主への奉仕にささげられたものとして選ばれていた。彼らは神が全ての家に求めたイスラエルの初子の代わりであった。

いけにえと祝福に関する援助をするレビ人の助けによって、全ての部族は神を礼拝する。その地の全土に散らされることにより、イスラエルの神を礼拝する民の統一を象徴している。

「そのとき、主はレビ部族をえり分けて、主の契約の箱を運び、主の前に立って仕え、また御名によって祝福するようにされた。今日までそうなっている。それゆえ、レビには兄弟たちといっしょの相続地の割り当てはなかった。あなたの神、主が彼について言われたように、主が彼の相続地である──」申命記10:8-9
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3月11日 【イスラエルの相続地@】 ヨシュア記13:1-7
 ヨシュアは年を重ねて老人になったが、主はヨシュアに、まだ占領すべき地(しなければならない仕事)が沢山残っていると仰せられた。ヨシュアは長い間、戦争をした。彼は110才で死んだから、この時はおそらく、90才から100才位であったと思われる。神の約束の言葉が成就するという信仰には、実際には長期の忍耐に満ちた労苦の連続が含まれる。

 主が残っている地と述べられた地は、理想的な境界線であり、約200年後にダビデ王によって支配された地域にほぼ等しい。全ての地が、ヨシュアによって占領されたわけではないが、カナンの全地は、神の約束の相続地としてイスラエルに与えられたものとみなされた。「カナン人のものとみなされている」地は、神の約束によってイスラエルの地となるはずであった。ヨシュア記の異邦の民は、滅ぼされるか契約共同体に入るかのいずれかである。

 神の願いは、イスラエルの民が全土を征服することだった。私たちが神から与えられた任務を完了する時、新しい天と新しい地を相続することになる。「もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。 今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。」ローマ8:17-18
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3月4日 【征服されたカナンの地】 ヨシュア記12:1-24
 12章は、征服されたカナンの王たちのリストと、土地の征服の一覧表である。ヨシュアの征服のみならず、モーセの征服をも全て要約している。まず、モーセによるヨルダン川東での占領地について述べ、ヨシュアのカナン占領が、それと連続した神の御業であることを示している。ヨシュアのカナン占領は、モーセが約束に従って、すでにギルアデを取った占領の連続である。契約の祝福である相続は、モーセとヨシュアへの忠実さを通して示されたイスラエルの神への忠実さゆえに、彼らのものとなる。

 ヨシュアとイスラエル人とが打った31人の王たちが一人一人述べられていることにより、神の救済史が抽象的でなく、現実の一つ一つの戦いと結びついていることを教えられる。イスラエルのカナン征服は、世界の支配者であり主権者である主なる神による。

 神がイスラエルに勝利を与えたように、罪に対する日々の戦いの勝利は、イエス・キリストの死と復活を通して確かなものとされる。「怒りをおそくする者は勇士にまさり、自分の心を治める者は町を攻め取る者にまさる。」箴言16:32 「自分の心を制することができない人は、城壁のない、打ちこわされた町のようだ。」箴言25:28 「力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。」箴言4:23 
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