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| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
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| 2011年9月 |
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| 9月4日 |
【ヨルダン川を渡る@】 ヨシュア記3:1-8 |
神の約束の従って、カナンの地に入ろうとするイスラエル人の前に、とうとうと流れるヨルダン川が障害として立ち塞がっていた。
つかさたちは民に、神である主の契約の箱を、レビ人の祭司たちがかついでいるのを見たなら、その後ろを約二千キュビト(約九百メートル)の距離をおいて進まなければならないと命じた。契約の箱は神の臨在のしるしであり、民に先立つ神ご自身を象徴している。主の戦いにおいては、常に主が先立たれる。契約の箱がもつ神聖さのゆえに、民は一定の距離を空けてそれに続いた。ヨルダン川渡河は、宗教的行為である。
ヨシュアは民に、「あなたがたの身をきよめなさい。あす、主が、あなたがたのうちで不思議を行なわれるから」と言った。身をきよめる(聖別する)とは、礼拝と戦いのために、自分自身をこの世のあらゆるものから切り離し、神のものとすることを意味する。全身全霊をもって、神に全く信頼することである。不思議は、他の民を支配し、神の民イスラエルを支持する神の力を実証する出来事である。
主はヨシュアに、「きょうから、わたしはイスラエル全体の見ている前で、あなたを大いなる者としよう(あなたの偉大なことを示そう)」と仰せられた。ヨシュアはただ神の啓示に従って、民を神の奇跡の前に導いて行った霊的権威によって、大いなる者とされた。
主は契約の箱をかつぐ祭司たちに、ヨルダン川の水際に着いたら、ヨルダン川の中に立ち止まるようにという、具体的な指示を与えられた。 |
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| 9月11日 |
【ヨルダン川を渡るA】 ヨシュア記3:9-17 |
ヨシュアはイスラエル人に、生ける神が、カナン人、ヘテ人、ヒビ人、ペリジ人、ギルガシ人、エモリ人、エブス人を、必ず(完全に、確かに)追い払われると言った。また、全地の主の契約の箱をかつぐ祭司たちの足の裏が、ヨルダン川の水の中にとどまると、ヨルダン川の水は、上から流れ下って来る水がせきとめられ、せきをなして立つようになると言った。カナン(紫の地の意味)の先住民、七種族が追い払われることが、ヨルダン川渡河の目的である。全地の主とは、カナンの地に対する神の主権性、全地に及ぶ真の主権性を述べている。
春の刈り入れの時期で、ヨルダン川の水は岸一杯まで水をたたえていたが、先頭の箱をかつぐ祭司たちの足が水際に浸った時、上から流れ下る水はつっ立って、はるか彼方のツァレタンのそばにある町アダムの所で、せきをなして立ち、死海に注ぐ水は、そのまま死海に入ってしまったので、川底が現れた。ヨルダン川は雨季の終わりに、度々洪水を起こしたと言われる。その場合、増水した川を渡る橋はなかったため、渡河の奇蹟がより強調される。
主の契約の箱をかつぐ祭司たちがヨルダン川の真ん中の乾いた地にしっかりと立つうちに、イスラエル全体は乾いた地を通り、ついに民は全てヨルダン川のエリコに面する所を渡り終わった。ヨシュアがモーセの後継者であり、彼の事業を継続する者であることを証する、出エジプトの時と同じ大きな奇蹟が起こった。イスラエルは神の約束した地に入り、その所有権を主張し始めた。新しい世代は、その地を占領するように召され、神の立てた指導者たちに従いつつ、ともに働いた。 |
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| 9月18日 |
【十二の石の記念碑@】 ヨシュア記4:1-7 |
民が全てヨルダン川を渡り終わった時、主はヨシュアに告げて、民の中から十二人、部族ごとに一人ずつを選び出し、ヨルダン川の真ん中で、祭司たちの足が堅く立ったその所から十二の石を取り、宿営地にそれを据えて、記念とするように命じられた。
ヨルダン川渡河は、神の約束する新しい世界に入る手段を象徴している。十二の石は、イスラエルの全ての部族が渡航した象徴である。
ヨシュアはあらかじめ用意しておいた十二人を召し出し、ヨルダン川の真ん中の、彼らの神、主の箱の前に渡って行って、イスラエルの部族の数に合うように、各自、石一つずつを背負って来るように命じた。彼らの間で、しるしとなるためである。
ヨルダン川の水は、主の契約の箱の前でせき止められらた。契約の箱ゆえに、川の水はとどまった。主の箱の前は、神の地上の御座であり、契約の箱がヨルダン川をせき止めていた。贖罪によって、神の怒りがせき止められていることの象徴である。しるしそのものは実質的な意味はなく、しるしが指し示すものにこそ意味がある。
記念の石を据えたのは、民のために神がしたことを、将来の世代に思い起こさせるためでもあった。霊的な指導者は、自分の世代のことだけでなく、後世のことについても考える。ヨシュアは十二人に、「これらの石は永久にイスラエル人の記念なのだ」と、子供たちに言うように言った。主の十戒の箱がヨルダン川を渡った時、ヨルダン川がせき止められたことを、いつまでもイスラエルの民が忘れないためである。証するすることと聞くことで、神の業に参与することができる。 |
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| 9月25日 |
【十二の石の記念碑A】 ヨシュア記4:8-18 |
イスラエルの人々は、ヨシュアが命じたとおりに、ヨルダン川の真ん中から十二の石を取り、宿営地のギルガルに据えた。イスラエルの人々は、ヨシュアの命令に対して注意深く服従した。神の言葉に忠実に従うことは、良き奉仕や指導の本質的な部分である。
契約の箱をかつぐ祭司たちは、ヨルダン川渡河の奇蹟の中心に位置し、彼らがヨルダン川の真ん中に立つ間に、民は急いで渡った。民は神の命令に熱心に従った。
民が全て渡り終わった時、契約の箱と祭司は、民が見ている間に対岸に渡った。契約の箱と祭司を観察する、イスラエルの役割が語られている。
祭司たちが民の先頭に立ち、その後に、ルベン人とガド人とマナセの半部族は、モーセが彼らに告げたように、隊を組んで進んだ。エリコの草原で戦うために、武装した四万人の兵が、主の前を進軍した。主の前をとは、主の命令に服従したことを意味する。渡河の際の、イスラエルの全部族の一致と参戦を確証している。霊的な準備と軍備の充実が求められている。
その日、主は全イスラエルの見ている前で、ヨシュアを大いなる者とされた。ヨシュアが神を恐れ、契約の箱を第一とし、祭司たちを重んじた時、大いなる者とされた。この渡河によって、ヨシュアが指導者であることが示され、民はヨシュアを敬った。民を率いるヨシュアの役割が確証された。
祭司たちの足の裏が、乾いた地に上がった時、ヨルダン川の水は元の所に返って、岸いっぱいになった。祭司は渡河を始め、完了する。一般の民は、その儀式に参加し、証人となる。自然の力を支配される神の力が告白されている。 |
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