エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2011年6月
6月5日 【あわれみ深い神A】 出エジプト記34:18-35
 安息日と年に三度の祭り(過越の祭り、七週の祭り、仮庵の祭り)を守るように命じられている。安息日を守ることは、イスラエルの民にとって、神の命令に従うかどうかの信仰のテストであった。それをどんな多忙な時にも崩してはならない。困難な状況の中で神の命令に従う時、初めて、その信仰が真実なものであることが立証される。主の前(幕屋、聖所、後にエルサレム神殿)に出て、三大祭りの礼拝をしなければならない。何も持たずにむなしい手で主の前に出てはならない。初穂の最上のものを主の家に持って来なければならない。主にささげる物は、常に最上のものでなければならない。主がイスラエルの前から、異邦の民を追い出し、イスラエルの国境を広げるので、イスラエルが年に三度、イスラエルの神、主の前に出るために上る間に、誰もイスラエルの土地を侵すことはない。十戒の言葉に基づいて、主はイスラエルと契約を結ばれた。

 モーセはそこに、四十日四十夜、主とともにいた。彼はパンも食べず、水も飲まなかった。それから、モーセは十戒を書き記した石の板二枚を持って、シナイ山から下りて来た。彼は主の栄光を受けて、顔が光り輝いたので、顔におおいを掛けた。

 「しかし、人が主に向くなら、そのおおいは取り除かれるのです。私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。『光が、やみの中から輝き出よ』と言われた神は、私たちの心を照らし、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせてくださったのです。」Uコリント3:16、18、4:6
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6月12日 【主への奉納物による幕屋建設@】 出エジプト記35:1-29
 35章から40章は、25章から31章の幕屋建設の命令を、忠実に実行した記録である。「主がモーセに命じられたとおりに」という言葉を、繰り返し用いている。
 主は命じて、全て心から進んでささげる者に、主への奉納物を持って来させ、心に知恵のある者(特別な才能を与えられている技能者)は皆来て、主が命じられたものを全て造らなければならないと仰せられた。神に霊を奮い立たされ、自ら進んでささげることは、神の家建築に大切なことであり、大きな喜びである。物品のささげ物に加えて、技術と時間をささげる命令がなされている。神がその賜物を与えられる。
 イスラエルの民は全員、ささげ物を用意するため、モーセの下から帰って行った。感動した者と、心から進んでする者とは皆、主に示され、心動かされて、主への奉納物を持って来た。幕屋造営のためのささげ物と奉仕が、全くの自発的行為によってなされたことが強調されている。民は、主にささげることは幸いな特権であると感じた。自発的な献身の思いが、心の中から流れ出て、主への絶対的服従となった。ささげ物と奉仕の理想的な形である。
 上に立つ者たちは、高価な物をささげた。それぞれの分と賜物に応じてささげ、奉仕することが大切である。イスラエルの民は男も女も皆、主がモーセを通して、こうせよと命じられた全ての仕事のために、心から役立ちたいと願い、喜んでささげたのであって、彼らはそれを進んでささげるささげ物として主に持って来た。
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6月19日 【主への奉納物による幕屋建設A】 出エジプト記35:30-36:7
 主はベツァルエル(神の影[保護]の下に)を名ざして召し出し、総棟梁とし、オホリアブ(私の天幕は父[神]である)を副棟梁とされた。 主は彼らを神の霊で満たし、豊かな賜物を与え、大仕事をするのにふさわしい力を備えられた。
 モーセは、主が特別な才能を与えられた技能者たち、つまり主に示され、心から喜んでその仕事をしたいと願う人々を呼び寄せた。主が命じられた全てのことを成し遂げるためである。
 彼らは聖所の奉仕の仕事をするために、イスラエル人が持って来たすべての奉納物をモーセから受け取った。しかしイスラエル人は、なおも朝ごとに、進んでささげるささげ物を彼のところに持って来た。神の恵みを心に豊かに感じた時、人々は喜んで多くの物をささげる。
 民は、主がお命じになった仕事のために、必要以上の物を携えて来た。このようにして、奉納物は幕屋造営のための必要量を上回るようになった。モーセは奉納物を中止するように命じなければならなかった。手持ちの材料は全ての仕事をするのに十分であり、あり余るほどであった。
 “神は喜んで与える人を愛してくださいます。あなたがたは、あらゆる点で豊かになって、惜しみなく与えるようになり、それが私たちを通して、神への感謝を生み出すのです。”Uコリント9:7、11
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6月26日 【主への奉納物による幕屋建設B】 出エジプト記36:8-38:8
 出エジプト記36章は26章、37章は25章と30章、38章は27章の幕屋の指示と殆ど同じ言葉で、幕屋が製作されている次第が記されている。

 幕屋の板のほぞは、二つ以上のものつなぐための突起であり、これを他方の穴に差し込み、互いにかみ合わせ、つなぎ合わせた。幕屋の板は、教会における聖徒一人一人であり、贖いを表す銀の台座の上に、まっすぐに立てられた。キリスト・イエスにおいてのみ、完全な者であることを表す。「あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい。」Tペテロ2:5

 ベツァルエルは、アカシヤ材で全焼のいけにえのための祭壇を作った。祭壇では、動物の皮以外は全て焼き尽くされた。神への献身を意味する。

 また彼は、会見の天幕の入口で奉仕をしていた女たちがささげた鏡で、青銅の洗盤とその台を作った。鏡は女にとって大切な道具であり、それを用いて身だしなみを整え、化粧をした。女たちはその鏡を喜んで主のためにささげた。これも自発的なささげ物であった。ナルドの香油をイエスにささげたマリヤと同じ信仰の麗しい行為を見る。「人はうわべを見るが、主は心を見る。」Tサムエル16:7 「わたしがきよい水をあなたがたの上に振りかけるそのとき、あなたがたはすべての汚れからきよめられる。わたしはすべての偶像の汚れからあなたがたをきよめ、あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を授ける。わたしはあなたがたのからだから石の心を取り除き、あなたがたに肉の心を与える。わたしの霊をあなたがたのうちに授け、わたしのおきてに従って歩ませ、わたしの定めを守り行わせる。」エゼキエル36:25-27
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