 |
| |
| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
| |
| 2011年1月 |
|
| 1月2日 |
【初めの契約の成立A】 出エジプト記24:9-18 |
それからモーセとアロン、ナダブとアビフ、それにイスラエルの長老七十人は上って行った。山の麓の祭壇の契約の血は、礼拝の道を開いた。「私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所に入ることができるのです。」へブル10:19 そうして、彼らはイスラエルの神を仰ぎ見た。御足の下には、サファイヤを敷いたようなものがあり、透き通っていて青空(澄み渡った大空)のようであった。きよらかな神の御住まいの描写である。神はイスラエル人の指導者たちに手を下されなかった(滅ぼすために打たれなかった)ので、彼らは神を見、しかも飲み食い(契約の食事、和解の食事)をした。神と民との結合を象徴しての祝宴であった。
主は、モーセに山へ行き、主の所に上るように命じられ、モーセと従者ヨシュア(主は救うの意味)は立ち上がり、モーセは神の山に登った。モーセが山に登ると、雲が山を覆った。主の栄光はシナイ山の上にとどまり、雲は六日間、山を覆っていた。七日目に主は雲の中からモーセを呼ばれた。ヘブル語:シャーカン(とどまる、住む)は、ヘブル語ミシュカーン(幕屋、住んでいる、宿る場所)との関連で大切な用語である。幕屋とは、主がそのうちに住まわれる(シャーカン)場所である。主の栄光は、イスラエル人の目には、山の頂で燃え上がる火のように見えた。モーセは雲の中に入って行き、山に登った。ヨシュアは山の中腹にとどまり、モーセは人々の視界から消え、一人神のもとへ上って行った。
モーセは四十日四十夜、パンも食べず、水も飲まずに山にいた。試みの期間、同時に神から与えれる物によって奇跡的に養われ、信仰が強められる期間であった。この四十日間に、幕屋建設に関する指示が与えられたと考えられる。しかし、イスラエル人にとっては、指導者不在の試練の期間であった。 |
| メッセージのトップへ戻る |
| 1月9日 |
【初めの契約の成立A】 出エジプト記24:9-18 |
モーセが四十日間、山にいて、主から告げられた最初の言葉は、主に奉納物をささげるようにという、イスラエルへの命令だった。奉納物は礼拝行為である。心から進んでささげる(その人の心が駆り立てる)全ての人から、主への奉納物を受け取らなければならない。それらは、先祖から受け継いだものと、エジプトから代償としてもらったものであろう。奉納物によって、神の幕屋の部品、調度品、および祭司の服が作られた。
彼らから受けてよい奉納物は次のものであり、イスラエルの提供することのできる最上のものであった。金、銀、青銅、青色、紫色、緋色の撚り糸(これらの色は、それぞれの染料が高価であったため、王の色とされていた)、亜麻布(主に貴族、祭司、富者によって用いられた)、やぎの毛、赤くなめした雄羊の皮、じゅごんの皮、アカシヤ材(常緑樹、荒野で求められる最大の木、樹高4〜7m、堅く長持ちする材木、美しいオレンジ・ブラウン色、濃い色、キリストの人性の型)、燈油、そそぎの油とかおりの高い香のための香料、エポデや胸当てにはめ込むしまめのうや宝石。
イスラエルが主のために聖所を造るなら、主は彼らの中に住まわれる。幕屋の目的は神が住まわれる場所、民と会見される場所である。幕屋はイスラエルの中心聖所、イスラエルの礼拝の中心、公的に礼拝する唯一の場所である。
幕屋の型と幕屋の全ての用具の型とを、主がモーセに示されたのと全く同じように作らなければならなかった。幕屋は天にある聖所をモデルとして造られた、キリストの型である。 |
| メッセージのトップへ戻る |
| 1月16日 |
【モーセ時代の幕屋建設A】 出エジプト記25:10-17 |
幕屋の備品として、最初に聖所の中で、一番重要で中心である契約の箱(あかしの箱)を作るように命じられている。契約の箱は、神の臨在の象徴である。箱に純金をかぶせる。金は神のご性質と義、キリストの神性を表す。契約の箱に、主がお与えになる十戒(さとし、あかし)を納めて守る。
また、純金の贖いの蓋を作る。蓋は十戒を覆い隠す。それは、神が罪を赦す所となる。主の御前に出るには、まず罪の贖いがなされなければならない。主は人の罪の贖いをされた上で、その民と会われる。贖罪の血が注がれることによって、神と人との関係が回復される。真の和解と赦しは、イエス・キリストの贖罪において、初めて確立される。キリストはなだめの供え物として、ご自身の義を現された。
贖いの蓋は、主の恵みの御座である。神の恵みは、完全な義という立ち台でのみ宣誓することができる。義とさばきが、神の御座の基である(詩篇97:2)。イエス・キリストの十字架は、神の義と恵みの交わる所である。「恵みとまこととは、互いに出会い、義と平和とは、互いに口づけしています。」詩篇85:10 完全な義以外に神にふさわしいものはない。そして、完全な恵み以外に罪人にふさわしいものはない。 |
| メッセージのトップへ戻る |
| 1月23日 |
【モーセ時代の幕屋建設B】 出エジプト記25:18-40 |
槌で打って作った二つの金のケルビム(御使い)を贖いの蓋の両端に作る。ケルビムの翼で贖いの蓋を覆うようにする。互いに向かい合って、罪を赦す所である金の蓋を見守るようにする。主は契約の箱のある所でモーセと会見し、贖いの蓋の上の二つのケルビムの間から、イスラエルの民のために語られた。そこは主の臨在の場であり、ケルビムは証人となった。
パンの机をアカシア材で作り、純金をかぶせる。机の上には供えのパン(御顔の前のパン)を置き、絶えず主の御顔に向けてあるようにする。安息日ごとに十二個のパンが供えられ、七日間供えられた後、アロンの子孫である祭司だけが食べることができた。イエスは天から下って来た生けるパンである。
また、純金の七つの枝の燭台を槌で打って作る。一枚の金の板から継ぎ目なしに叩いて作られる(キリストの徹底的な従順を表す)。各枝には、アーモンドの花の形をした節と花弁のあるがくをつける。アーモンドの花は冬の眠りから最初に覚める花であることから、アーモンドには目覚める(者)、目覚めの木、見張る者という意味がある。アーモンドは春に先駆けて咲くところから、復活の象徴とされる。燭台の油は聖霊を表す。祭司は燭台の光によって、聖所で奉仕することができた。イエスは世の光である。キリスト者も世の光である。「あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。」マタイ5:16 |
| メッセージのトップへ戻る |
| 1月30日 |
【モーセ時代の幕屋建設C】 出エジプト記26:1-14 |
幕屋(礼拝用の天幕)を十枚の幕で造らなければならない。幕屋は会見の天幕と呼ばれ、神が民に会われる場所である。神は幕屋に臨在し、民の中に住まわれる。キリストは真の幕屋である。幕を撚り糸で織った亜麻布、青色、紫色、緋色の撚り糸で作り、巧みな細工でそれにケルビムを織り出さなければならない。白い(清純と義を象徴する)亜麻布は、キリストの歩みとご性質の汚れなき聖さを表している。青色は天の色、紫色は王権、緋色はキリストの流された血潮、また地(赤い土)を象徴する。幕は皆同じ寸法とする。このことは、全き人として、この地上を歩まれたキリストの歩みは、どの場面、どのような情況の下でも、美しく調和がとれ、矛盾がなかったことを表している。
内側の幕を保護する天幕として、その上に掛けるやぎの毛の幕と、赤くなめした雄羊の皮の覆いと、じゅごんの皮の覆いを作る。防水の目的もあったであろう。幕屋が雨、風、日光などから守られるためであった。やぎとやぎの毛の黒は、罪を象徴している。赤く(贖罪の血を象徴する)なめした雄羊の皮は、キリストの全き献身と聖別、身代わり表している。じゅごん(水生動物と思われる)の皮(あまり見栄えのよくない、魅力のない皮)は、この世から見たキリストを表している。幕の美しさは、外側から隠されていた。「彼は主の前に若枝のように芽ばえ、砂漠の地から出る根のように育った。彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない。」イザヤ53:2 幕の内側に入り、神の安息に入ろう。 |
| メッセージのトップへ戻る |
 |