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| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
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| 2010年12月 |
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| 12月5日 |
【聖書の倫理B】 出エジプト記22:4-27 |
様々な損害に対する償いについて、記されている。古代には銀行制度がなかったので、金銭や物品を保管のために隣人に預けた。そして、盗難が起きた場合、神の名によってなされる裁判の法廷に持ち出される。保管者の怠慢と不注意によって盗まれたのなら、その持ち主に償いをしなければならない。神の賜物の管理者としての私たちは、良い管理者として委ねられたものを忠実に管理し、神のために活用し、互いに仕え合わなければならない。
また、処女が貞操を保つことの大切さが教えられている。
呪術を行なう女は、生かしておいてはならない。「背くことは占いの罪、従わないことは偶像礼拝の罪」である。獣と寝る者は全て、必ず殺されなければならない。ただ主一人の他に、他の神々にいけにえをささげる者は、聖絶(宗教的タブーの観念)しなければならない(全く断ち滅ぼされなければならない)。これらの宗教的刑法は、主の聖い民として選ばれ、重大な使命を神から委ねられたイスラエル民族に独特な規定であり、イスラエル宗教の独自性と純粋性を保とうとする厳しい精神である。大きな使命遂行に必要な生き方が要求される。
在留異国人(一時的寄留の他国人)を苦しめたり、全てのやもめとみなしごを悩ませてはならない。主は必ず彼らの叫びを聞き入れ、激しい怒りを下される。
貧しい者に金を貸すなら、利息を取ってはならない。隣人の上着を質に取るなら、日没までにそれを返さなければならない。貧しい人々は上着を夜具として上にかけるので、彼の安眠を奪い、生存権を犯すことになるからである。主は情け深い神である。 |
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| 12月12日 |
【聖書の倫理C】 出エジプト記22:28-23:9 |
神と民の上に立つ者をのろってはならない(ののしってはならない)。人は皆、上に立つ権威に従うべきである。神によらない権威はなく、存在している権威は全て、神によって立てられた。
自分の豊かな収入の中から、初物を主にささげることをためらってはならない(遅らせてはならない)。主は豊かにあり余る程に与えてくださるのだから、主への分を惜しんではならない。
イスラエルの民は、聖なる民(神のために特別に分離され、ささげられた民)でなければならない。今日のキリスト者にも、こう語られている。「あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。」Tペテロ2:9
訴訟において、証人が公正であることが要求されている。根拠のないうわさを言いふらしてはならない。悪人と加担して、不法を引き起こす証人となってはならない。悪を行なう権力者(多数者)の側に立ってはならない(大勢の人に従って、悪を行なってはならない)。また、貧しい人を訴訟の時、真実を曲げてかばってはならない(特に重んじてはならない)。弱い者への憐みを混同しないようにと語られているのである。
敵対している人(憎まれている者、もしくは憎む者)に、親切にしなければならない。「しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」マタイ5:44
「悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。」ローマ12:21
貧しい者が訴えられた場合、裁判を曲げてはならない。偽りの告訴から遠ざからなければならない。わいろを取ってはならない。
外国人を虐げてはならない。イスラエルの民も、以前はエジプトで外国人であったので、外国人の気持ちが分かるはずだからである。 |
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| 12月19日 |
【聖書の倫理D】 出エジプト記23:10-26 |
安息日の原理は、年を単位とする周期についても当てはめられる(安息年)。六年間は地に種を蒔き、収穫しなければならない。七年目は土地をそのまま(免除、解放の年)にし、休ませ、民の貧しい人々に食べさせ、残りを野の獣に食べさせなければばらない。
六日間は自分の仕事をし、七日目は休まなければならない(安息日)。あなたの牛やろばが休み、奴隷や在留異国人に息をつかせるためである。
年に三度、主のために祭り(三大祭り:過越の祭り、七週の祭り、仮庵の祭り)を行なわなければならない。ささげ物を持たずに、主の御前に来てはならない。年に三度、男子は皆、主が定められた聖所に集まり、礼拝をささげなければならない。
主のいけにえの血を、種を入れたパン(パン種は罪の象徴)に添えてささげてはならない。主の祭りの脂肪を、朝まで残しておいてはならない(腐敗のおそれがあったので、その日のうちに、祭壇で焼かなければならなかった)。あなたの土地の初穂の最上のものを、あなたの神、主の家に持って来なければならない。
主は使い(主ご自身)をあなたの前に遣わし、道で守らせ、主が備えた所にあなたを導いて行かせる。もし御声に確かに聞き従い、主が告げることをことごとく行なうなら、主はあなたの敵には敵となり、敵を消し去られる。偶像礼拝の風習に倣わず、それらを徹底的に打ち壊さなければならない。
あなたがたの神、主に仕えなさい。主はあなたのパンと水を祝福し、病気を除き去ってくださる。あなたの国のうちには流産する者も、不妊の者もいなくなり、あなたの日数は満たされる。 |
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| 12月26日 |
【初めの契約の成立@】 出エジプト記23:27-24:8 |
主は、主への恐れとくまばち(疫病、落胆)をイスラエルの前に遣わし、敵をかき乱し、追い払われる。しかし、主は敵を一年のうちに追い払うのではなく、民が増え広がり、約束の地を相続地とするまで、徐々に追い払われる。土地が荒れ果て、野の獣が増して、民を害することのないためである。主がイスラエルに約束された地は、ダビデ、ソロモン時代に、大体これに近い領土を得た。イスラエルは、約束の地の先住民や、異教の文化と風習に十分注意し、妥協してはならなかった。彼らが誘惑の種となり、異教の神々に仕え、主に対して罪を犯すことのないためである。
主は、モーセとアロン、ナダブとアビフ(アロンの長男と次男)、イスラエルの長老七十人(イスラエル全体を代表する)は主の所に上り、遠く離れて伏し拝み、モーセ一人が主の許に近づくように命じられた。これが礼拝の秩序である。そこで、モーセは主の言葉をことごとく民に告げ、契約の書として書き記した。そうして、モーセは翌朝早く、山の麓に祭壇を築き、イスラエルの十二部族に従って、十二の石の柱を立てた。それは、礼拝の対象ではなく、主と契約を締結した記念のしるしであり、主が十二部族といつもともにいてくださる象徴であった。
それから、モーセはイスラエル人の若者を遣わし、全焼のいけにえ(神を喜ばせる、神へのなだめの香り、全き献身を表す)と和解のいけにえ(神の祝福を願う、感謝のしるし、神といけにえをささげた者の和解の食事をする)を主にささげた。モーセはその血の半分を祭壇に注ぎ、半分を民に注ぎかけ、「これは神があなたがたに対して立てられた契約の血である」と言った。血が主と民双方に注がれることにより、契約は正式に成立した。いけにえの血は、両者を荘厳に結合する。契約の血は、神の御子イエス・キリストの贖いの血を表している。全てのものは血によってきよめられる。血を注ぎ出すことがなければ罪の赦しはない。契約はイスラエルの民にとって生活の基準であった。しかし、人は神と誓約した従順を成就したことはない。キリストが律法を成就されたので、信じる人は皆、義と認められるのである。この方にあって歩もう。 |
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