 |
| |
| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
| |
| 2009年9月 |
|
| 9月6日 |
【神の摂理の御手A】 創世記44:30-45:5 |
ユダはヨセフに、父のいのちはベニヤミンのいのちにかかっているので、父に襲いかかる苦悶を見るに忍びないと言った。そして、自分はベニヤミンの保証をしているので、彼の代わりに奴隷になると言った。そこには、父の愛する者のために、自分のいのちを与えようとする仕える者の崇高さがあった。ユダのとりなしの真実は、ヤコブの家の変革を示し、ユダ族の光栄ある選びへの歴史的出発点となった。ユダの身代わりは、主イエス・キリストが罪人たちの身代わりとして、ご自分を十字架上に進んで献げられた自己犠牲の愛を象徴している。
ユダは、かつてのヨセフに対する罪を認め、ベニヤミンや父に対する愛情を表わした。ヨセフを売った同じ兄たちの変化は劇的で、全く素晴らしいものだった。ヨセフは、兄たちが本当に悔い改めたという確かな証拠をつかみ、彼らがすっかり変わった人間になった確信を得た。ヨセフは、父と弟、そして家族に対するユダの真情を感じ取ったのである。
ヨセフは、ユダの身代わりの申し出に強く心を動かされ、兄弟たちに自分の身を明かし、声を上げて泣いた。兄弟たちは、ヨセフを前にして、驚き恐れた。ヨセフは兄弟たちに言った。「私はあなたがたがエジプトに売った弟のヨセフです。今、私をここに売ったことで嘆くことも悔やむこともいりません。神はいのちを救うために、あなたがたより先に、私を遣わしてくださったのです。」ヨセフの口からは、何一つ責める言葉は出て来なかった。人生において、神の御手の外に起こることは何一つないのである。兄弟たちは、すでに十分に自分を責め、裁いた。神の恵みと人の悔い改めが一つになる時、全ての問題が容易に解決される。
これは、神が世の終わりの時に、イスラエルを取り扱う方法の全く幸いな特徴である。恵みと哀願の霊が人々に注がれ、罪と汚れをきよめる一つの泉が開かれるように祈ろう。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」ヨハネ3:16 |
| メッセージのトップへ戻る |
| 9月13日 |
【神の摂理の御手B】 創世記45:4-20 |
アブラハム契約(土地、子孫、祝福)は、ヨセフの生涯を通して成就していった。
ヨセフは兄弟たちに言った。「ききんはまだあと5年続き、耕作による実りはないでしょう。それで神は、私をあなたがたより先にエジプトにお遣わしになりました。それは、あなたがたが神の民として、その使命を果たし得るために、残りの者(イスラエルの全家/滅ぶべき者が滅ぼされないで残された、人間の考えを全く超越した完全な恵み)をこの地に残し、また、大いなる(超自然的な)救い(ヘブル語ペレーター:免れる、逃れる)によって、あなたがたを生きながられさせるためだったのです。」と言った。
そして、このままでは、ヤコブ一族は生存できないと判断し、「神は私をパロ(王の称号)には父(相談役、親友、神からの助言を伝える立場)とし、その全家(宮廷全体)の主とし、エジプト全土の統治者とされたのです。それで、急いで父上の所に上って行き、『ためらわずに私の所に下って来てください。私はあなたを私の近くのゴシェンの地で養いましょう。』と言ってください。」ヨセフは弟ベニヤミンだけではなく、全ての兄弟に口づけし、彼らを抱いて泣き、語り合った。ヨセフは、何のしこりも残さない和解をし、敵であった者たちを赦したばかりか、積極的に愛した。
ヨセフの兄弟たちが来たという知らせが、パロの家に伝えられると、パロもその家臣たちも喜んだ。それだけ、ヨセフは彼らにとって身近であり、感謝すべき重要な存在であり、深く信頼され、愛されていたのである。
パロはヨセフに言った。「あなたの兄弟たちに言いなさい。『あなたがたの父と家族とを連れて、私のもとへ来なさい。私はあなたがたにエジプトの最良の地を与え、地の最も良い物を食べさせる。子どもたちと妻たちのために、エジプトの地から車を持って行き、あなたがたの父を乗せて来なさい。家財に未練を残してはならない。エジプト全土の最良の物は、あなたがたのものだから』と。」
それは、ヨセフの心を知るパロの好意と招きであり、イスラエルの将来を導く神の干渉であった。「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」マタイ11:28 「わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。」ヨハネ10:10 |
| メッセージのトップへ戻る |
| 9月20日 |
【神の摂理の御手C】 創世記45:21-46:7 |
ヨセフはパロの命により、兄弟たちに車を与え、また道中のための食料、めいめいに晴れ着(衣服の贈り物は、特別な好意のしるし)を与えたが、ベニヤミンには銀三百枚と晴れ着五枚とを与えた。父にはエジプトの最良の物を積んだ十頭のろばと、食料を積んだ十頭の雌ろばを贈った。それは、兄弟たちが苦しめたヨセフの偉大な業績を心から喜ぶ王の、ヨセフにつながる者への当然の行為であった。救いは、ふさわしくない者たちのために最高の栄誉を伴う。こうしてヨセフは兄弟たちを送り出し、言った。「私のことで、今さらエジプトに売った責任などについて言い争ったり、心配しないでください。」
兄弟たちは、エジプトからカナンの地に上り、父に告げて言った。「ヨセフはまだ生きています。しかもエジプト全土を支配しているのは彼です。」この時、兄弟たちは自分たちの罪を告白せざるをえなかったであろう。罪は、結局自分で告白せざるをえなくなる。しかし父は、彼らを信じることができず、ぼんやりしていた。主の御業が、人のあらゆる期待を超えているからである。父ヤコブは、ヨセフの話したことを残らず聞いて、ヨセフが送ってくれた車を見て、元気づいた(霊が生きた)。イスラエル(ヤコブ)は、イスラエルの全家のための、神の御手の導きを強く感じた言った。「それで十分だ。私の子ヨセフがまだ生きているとは。私は死なないうちに彼に会いに行こう。」
イスラエルは、彼に属する全てのものと一緒に出発し、ベエル・シェバに来た時、父イサクの神にいけにえをささげて礼拝した。そこは、かつてアブラハムとイサクが神を礼拝した地であった。ヤコブは、神の許しなしに約束の地を離れることはできないと思った。しかし神は、夜の幻の中でイスラエルに仰せられた。「わたしは神、あなたの父の神である。エジプトに下ることを恐れるな。わたしはそこで、あなたを大いなる国民にするから。わたし自身があなたといっしょにエジプトに下り、また、わたし自身が必ずあなたを再び導き上る。ヨセフの手はあなたの目を閉じてくれるであろう。」それから、ヤコブはベエル・シェバを立ち、エジプトに来た。イスラエルの民のエジプト滞在は、約束の地の真の所有に導く一つの過程であった。 |
| メッセージのトップへ戻る |
|
 |