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| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
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| 2008年11月 |
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| 11月2日 |
【約束の地の保証】 創世記23:1-20 |
サラは百二十七年生き、ヘブロンで死んだ。アブラハムは来てサラのために嘆き、泣いた。
それからアブラハムは、ヘテ人から墓地を購入するために 死者の傍から立ち上がった。居留している異国人(長期の居住者でありながら、市民としての特権をもっていない人)であるアブラハムは、ヘテ人に十分な価をつけて私有の墓地を譲ってくれるように頼んだ。
ヘテ人たちは、アブラハムのことを神のつかさ(神のプリンス、実に偉い方、神に選ばれた方)と敬意を込めて呼び、非常に友好的に、最上の墓地に葬るようにと答えた。アブラハムは、公な問題を扱う町の門で具体的に交渉し、エフロンの所有するマクペラの畑地にあるほら穴を譲ってくれるように求めた。
しかし、エフロンは、ほら穴だけでなく畑地も売ろうとし、銀四百シェケルという驚くべき高額(当時、一つの村が百〜千シェケルだった)を平然と要求した。アブラハムは、彼の置かれている立場と、ヘテ人の間に土地を所有することの意味の重要性から、後になってから問題を起こさないように、エフロンの申し出た金額を信仰のゆえにそのまま受け入れ、公にきちんと商取引をした。全ての人と平和を保ち、乏しいことがなく、外の人々に対してもりっぱにふるまったのである。信仰者の歩みは、神とこの世との関わりの中にある。
アブラハムは、初めて法的に土地の所有権をもった。それは、高い代価を払って得たわずかな土地、家族のための永代墓地であった。しかし、それはアブラハムにとって意味があった。この事は、やがてカナン一帯が彼の子孫のものとなる先駆け、永遠の嗣業の保障、約束の地に確保すべき拠点、預言的しるしとなった。
アブラハムは、やがて来たるべき時代に、カナンの地についての神の約束が成就されることを知っていた。彼には、彼の子孫がこの地に戻って来た時には、神が必ずやこの地を彼の子孫に所有させてくださるという確信があった。彼は一点の土地を求めている時、その地全体の所有を望み見ていた。神の約束の土地という現実が心を満たし、ゆくゆくは自分のものになるという信仰をはっきりと証拠だてたのである。
彼は、復活の望みとカナンの地の望みを神に置いた。彼は、天の故郷に憧れ、地上では旅人であり寄留者であることを告白していた。同じように、キリストの再臨に望みを抱く者は、キリストが聖くあられるように、自分を聖くする。
アブラハムの所有となり、サラを葬ったマクペラの畑地のほら穴の私有の墓地には、後にアブラハム、イサクとリベカ、ヤコブとレアが葬られた。 |
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| 11月9日 |
【恵みとまことに満ちた主@】 創世記24:1-27 |
アブラハムは年を重ねて、百四十才になっていた。主は、あらゆる面でアブラハムを祝福しておられた。
その頃、アブラハムは、自分の全財産を管理している家の最年長のしもべ(信頼され、大きな責任を委ねられている人)に、彼の親族のいる故郷に行き、彼の息子イサクのために妻を迎えるように誓わせた。アブラハムは、真の神を知る彼の親族から、主を信じる信者の嫁を迎えようとしたのである。
約束の地に一緒に住んでいるカナン人の娘の中から、妻をめとってはならなかった。神の民でない者との結婚の禁止は、聖書全体を通じての原則である。信仰のつまずきとなり、神の民であることを忘れさせてしまうからである。また、決してイサクを故郷へ連れ帰ってはならなかった。約束の地を離れて、信仰の立場を捨ててはならないからである。
アブラハムはしもべに言った。「私に誓って、『あなたの子孫にこの地を与える。』と約束して仰せられた天の神、主は、御使いをあなたの前に遣わされる。あなたは、あそこで私の息子のために妻を迎えなさい。」 天使は、神の言葉を伝えるだけでなく、神の意図の実現のために働く。アブラハムには、子孫と土地に関する信仰の確信が中心にあり、全てを神に依存している者の安らぎと威厳と英知があった。
信仰深いしもべは、ナホルの町(カラン)に着くと、彼の主人アブラハムの神、主に、正しいことが現われ、主人アブラハムに恵みを施してくださいと祈った。起こるべきことが起こり、主の最善の導きを信じ、神の意志の実現を願う祈りをしたのである。彼がまだ言い終わらないうちに、アブラハムの親族で、非常に美しい処女のリベカが現われた。
リベカは、労を惜しまない健康な敏捷さで、しもべに泉から汲んだ水を飲ませた後、自発的に、らくだ十頭のためにも井戸から水を汲んで飲ませた。主が旅の目的をかなえてくださったことを知ると、しもべは跪き、主を礼拝して、彼の主人アブラハムの神、主を誉めたたえた。
主は、恵み(憐み、慈しみ、契約に基づいた愛、忠実さ、誠実)とまこと(堅固さ、永続性、真実)に満ちたお方である。私たちは皆、キリストの満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上に更に恵みを受けた。恵みとまことは、イエス・キリストによって実現したからである。 |
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| 11月16日 |
【恵みとまことに満ちた主A】 創世記24:28-67 |
リベカには、ラバンという一人の兄がいた。ラバンには、主についての知識があり、アブラハムのしもべに、「どうぞおいでください。主に祝福された方。」と言って家に招き、もてなしをした。しもべの前に食事が出されたが、彼は言った。「私の用向きを話すまでは食事をいただきません。」
「お話ください。」と言われて、しもべは、主人のアブラハムとひとり子のイサクとイサクの嫁探しについて語った。この謙遜なしもべは、全てに優先すべき厳粛な目的のために、祈りと断食のスピリットをもって、託された使命に忠実であった。その姿は、父なる神と御子イエスのことを知らせ、キリストのために花嫁なる教会を求める聖霊の働きの良い絵である。
しもべは、リベカに出会った時のことを、「見よ。」と驚きと喜びを表わして語った。しもべは、祈り求めていた花嫁を見つけたので、主を礼拝し、賛美した。私たちが主を喜び、楽しみ、賛美するばかりでなく、主は高らかに歌って私たちのことを喜び、楽しみ、その愛によって安らぎを与えてくださる。そして、御霊も花嫁も主イエスに言う。「来てください。」
私の主人アブラハムに恵みとまことを施してくださるのかという、しもべの真剣な問いかけに対して、ラバンとリベカの父ベトエルは、このことは主から出たこと(主の御意志、主の御心に相違ない)なので、一言も付け加えることも、何一つ変えることもできない、リベカをイサクの妻として連れて行ってくださいと言った。しもべは彼らの言葉を聞くやいなや、地にひれ伏して主を礼拝した。それから、リベカと彼女の家族に貴重な贈り物をした。人より先に、直ちに主に感謝の礼拝をしたのである。
しもべは主の導きに従う行動によって、全くむだのない歩みを続けてきた。十日間程引き留めようとするリベカの家族に対して、遅れないように主人のところへ帰してくださいと言い、ここでも今までと同様、最終目的に向かって、直ちに前進すべきことを確信した。
娘の意志が尊重され、家族から、「この人と一緒に行くか。」と尋ねられると、リベカは、「はい。まいります。」と答えた。リベカにとって、イサクの花嫁となり、彼の尊厳と栄光全ての共受者となる望みが現実であったのである。リベカの家族は、彼女を祝福して言った。「あなたは幾千万にも増えるように。あなたの子孫は敵の門を勝ち取るように。」 私たちの心を地上的なものから引き離し、天におられる花婿イエスに結びつけ、前進しよう。
イサクは、ベエル・ラハイ・ロイ(私を顧みられる生ける方の井戸)地方から帰って来て、ネゲブの地に住んでいた。ある日の夕暮れ近く、イサクは黙想しながら野原を散歩していた。イサクがふと目を上げて見ると、リベカが乗ったらくだが近づいて来た。リベカも目を上げてイサクを見ると、しもべに尋ねた。「野を歩いてこちらの方に、私たちを迎えに来るあの人は誰ですか。」 しもべは答えた。「あの方が私の主人です。」 直接の焦点として、イサクに全てを集中している。
そこでリベカは、ベール(婚約と結婚のしるし)を取って身を覆った。イサクは、母サラの天幕にリベカを連れて行き、リベカをめとり、母なきあとの慰めを得た。イサクは一生リベカのみを愛し、一夫一妻を守り、このことは、イサクの家庭に祝福をもたらした。 |
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| 11月23日 |
【アブラハム契約の継承@】 創世記25:1-26 |
アブラハムのそばめケトラは、6人の子供を産んだ。アブラハムは自分の全財産をイサクに与えた。そばめたちの子らには贈り物を与え、彼らを東方の国にやって、自分の子イサクから遠ざけた。イサクの地位に混乱が起きたり、イサクと争うことがないようにとの配慮からだった。
アブラハムの一生は、175年であった。アブラハムは年をとり、満ち足りて、天寿を全うして、自分の民に加えられた。神がアブラハムのために計画されたことを成就し、死後のよみの世界に召されたのである。アブラハムの子らイサクとイシュマエルは、アブラハムを彼の妻サラが葬られている彼の私有の墓地に葬った。
アブラハムの死後、神は彼の子イサクを祝福された。アブラハム契約の祝福が、イサクに継承されたのである。
イシュマエルは、「12人の族長たちを生み、全ての兄弟に敵対して住む」という預言のとおり、12人の子が与えられ、それぞれ自分の全ての兄弟たちに敵対して住んだ。
イサクは40才でリベカと結婚したが、子供を授かるまで20年待たなければならなかった。それは、アブラハムと同様の契約の家系の維持に関する信仰の試練であった。神のご計画の中で重要な役割を与えられる人物が、母の長い不妊の苦しみの後に、神の憐みにより、この世に生が与えられることがしばしばある。それは、彼らが神のご計画のうちに定められた神の器であることが明らかになるためであろう。特別な働きへの導入の特別な困難である。
イサクはリベカのために、主に契約の家系維持の祈願をした。主は彼の祈りに答えられ、リベカは身ごもった。ふたごの子供たちが彼女の腹の中で押し合った時、彼女は主の御心を求めに行った。すると、リベカは主の預言の言葉を聞いた。「二つの国が分かれ争い、兄が弟に仕える」という内容であった。ヤコブは出生以前から神に選ばれていた。神の選びは出生順ではない。イサクもリベカも、祈りの祭壇のある信仰生活をしていたことがわかる。
出産の時、最初に出て来た子をエサウと名づけた。エサウという名前は、「赤い」と「毛深い」を結び付けた混合名と思われる。その後で、弟がエサウのかかとをつかんで出て来たので、ヤコブと名づけた。ヤコブという名前は、「かかとをつかむ者」「押しのける者」という意味である。 |
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| 11月30日 |
【アブラハム契約の継承A】 創世記25:27-34 |
イサクとリベカの子供たちが成長した時、エサウは巧みな猟師となり、野原で駆け巡ってばかりいた。ヤコブは穏やかな人(全き人、潔白な人、神の前でも人の前でも心の定まった人)となり、天幕の中にいることを好んだ。ヤコブはずる賢く、利己的であったが、信仰的だった。
ヤコブが煮物を煮ている時、エサウが飢え疲れて野から帰って来て言った。「その赤い物(アドム)を食べさせてくれ。」 それゆえ、彼の名はエドムと呼ばれた。エサウは、エドム人の先祖となった。するとヤコブは、「今すぐ、あなたの長子の権利を私に売りなさい。」と言った。長子は全て、神の御前に聖別される特権と責任があり、財産の二倍の分け前と、一族の指導的立場を受け継いだ。ここでの長子の権利は、特にアブラハム契約の祝福の継承のことである。
エサウは、「見てくれ。死にそうなのだ。長子の権利など、今の私に何になろう」と言って、長子の権利をヤコブに売ると誓った。それから、エサウは食べたり、飲んだりして、立ち去った。ここにエサウの人柄が集約されている。エサウは長子の特権の霊的価値について、全く盲目であった。エサウが長子の権利を軽んじたことは、大変な過ちだった。
生まれたままの性質は、神のことに全く価値を認めず、神のための心をもっていない。神を知らないゆえである。信仰によらず、目に見えるものによって支配され、現在が全てである。今現在の自分の欲を満たすこと意外に関心がない。長子の権利は、これを尊ぶ者に与えられ、また神の選びによるのである。
新約聖書には、「不品行の者や、一杯の食物と引き替えに自分のものであった長子の権利を売ったエサウのような俗悪な者がないようにしなさい。」(へブル12:16)と書かれている。神の恵みから落ちることのないように、力の限り見張って、自分の心を守ろう。いのちの泉はこれから湧くからである。 |
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