エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2008年9月
9月7日 【世の滅びを免れるB】 創世記19:16-38
 ロトとその家族には、とにかく逃げようとする気持ちが欠けていた。残していく人や物、生活を惜しむ気持ちがあったのである。ロトがツォアルの町に着いた時、主はソドムとゴモラの町々と低地全体を皆滅ぼされた。神の裁きの時には、救いか滅びのいずれかしかない。

 ロトの後ろにいた彼の妻は、振り返ったので、塩の柱になってしまった。イエスは、「ロトの妻の教訓を思い出しなさい。」と言われた。自己保身的な人は、かえって大事ないのちを失ってしまう結果になり、キリストのために喜んで自己犠牲をする人は、いのちを本当に自分のものにすることができる。

 こうして、神が低地の町々を滅ぼされた時、神はアブラハムを御心に留め、彼のとりなしの祈りを覚えておられた。それで、ロトをその破壊から逃れさせてくださったのである。私たちの祈りは、何一つむだではなく、神の時と方法によって、人知を越えた祈りの応えがもたらされる。だから、失望しないで、全ての人の救いのために祈り続けよう。

 ロトは罪深いソドムの町に住む、相対的な一人の義人だった。そして、この世に平安はなかった。決して揺り動かされることのない御国が残るために、全ての造られた揺り動かされるものは取り除かれる。

 主の日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けて崩れ去り、地と地のいろいろな業は焼き尽くされる。しかし、私たちは、神の約束に従って、正義の住む新しい天と新しい地を待ち望んでいる。キリストの贖いによって、御国を受けていることを感謝し、慎みと恐れをもって、神に喜ばれるように奉仕し、平安をもって御前に出られるように励もう。

 ロトはツォアルの町に住むことの恐れから行動し、二人の娘と一緒に山に行き、ほら穴の中に住んだ。そして、酒を飲んで酔い、知らずに娘たちと近親相姦の罪を犯すことになった。ソドムの町に生きてきた影響と結果である。その子孫は、モアブ人とアモン人であり、性的、宗教的な罪を特徴とし、神の民の敵となった。

 信仰の父アブラハムから離れることは、契約の王国からの分離を意味した。今日、世の終わりに臨んでいる私たちは、キリストと教会にしっかりと結ばれ、来たるべきキリストの王国に備えて、小さなことに忠実に聖く歩もう。
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9月14日 【預言者の立場の回復@】 創世記20:1-7
 アブラハムはヘブロンからネゲブ地方へ行き、ゲラルに滞在中、自分の妻サラのことを妹だと言って偽ったので、ゲラルの王アビメレクは、サラを側室として召し入れた。それは、エジプトでの同じ失敗から、20年程後の出来事だった。

 「人を恐れるとわなにかかる。しかし主に信頼する者は守られる。」箴言29:25 アブラハムは神を見上げず、人を見ていた。神より人を恐れたのである。しかし、神は、最も困難な状況にあっても守ってくださる真実な方である。主の恵みは一人一人に十分であり、キリストの力はその人の弱さのうちに完全に現われる。

 ところが神は、ある夜、夢の中でアビメレクのところに来られ、仰せられた。「あなたが召し入れた女のために、あなたは死ななければならない。あの女は夫のある身である。」アビメレクは、神のご干渉により、おそらく病になり、サラに近づいていなかった。

 彼は、側室が間違っているとは理解していなかったが、アブラハムがサラを妹だと言ったので、全くやましい考えも不正な手段でもなく、このことをしたと主に言った。神は、彼が正しい心でこの事をしたことをよく知っておられ、神に罪を犯さないように、彼にサラに触れることを許さなかった。

 そして、「今、あの人の妻を返していのちを得なさい。あの人は預言者であって、あなたのために祈ってくれよう。しかし、あなたが返さなければ、あなたも、あなたに属するすべての者も、必ず死ぬことをわきまえなさい。」と仰せられた。

 神が制定された一夫一妻の結婚以外の性関係は、主に対する大きな罪であり、本人が裁かれるだけではなく、周囲の人々にも悪影響をもたらす。結婚を聖く保ち、神に祝福され、全ての人に尊ばれ、良い影響を与えるように努めよう。

 神はアブラハムを、聖書で最初に預言者と呼ばれ、彼を弁護された。そして、預言者の務めは、神の代言者として語るだけではなく、人のために神に祈るとりなしの務めをすると仰せられた。私たちの主は、兄弟たちの告発者として日夜訴えるサタンをとがめてくださる、憐み深い赦しの神である。

 主は、私たちを裁きの火から取り出し、汚れた服を脱がせ、不義を取り除き、礼服を着せ、聖いターバンをかぶらせ、預言者の立場を回復してくださる、恵みとまことに富む方である。どのような時も恐れず、この方に信頼して歩もう。
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9月21日 【預言者の立場の回復A】 創世記20:8-18
 神が、ある夜、夢の中でゲラルの王アビメレクのところに来られた翌朝早く、アビメレクは事の重大性を認識し、しもべを全部呼び寄せ、語り聞かせたので、人々は非常に恐れた。王の判断の過ちは、周囲の人々にも災いをもたらすからである。

 アブラハムが、「この地方には、神を恐れることが全くないので、人々が私の妻のゆえに、私を殺すと思った」のは、思い違いであり、神への不信仰から来る判断の過ちであった。私たちは、人に対して悪意をもったり、勝手に思い込んだりして、判断を誤ってはならない。

 アブラハムは、アビメレクから「あなたが私と私の王国とに、こんな大きな罪をもたらすとは、…あなたはしてはならないことを、私にした」と言われ、異邦の人々以下の道徳に、世の人の非難と譴責を受けた。アブラハムの問題の根本原因は、神への全き信頼の欠如と人への恐れだった。

 アビメレクは、アブラハムがサラを妹だと偽ったにせよ、サラを側室として召し入れた自分の犯した誤りに対する償いとして、銀千枚を弁償金として支払った。贈り物が人々の非難の目を覆い、サラを守り、正しいと決定されるためであった。それは、義の神を知る異邦の王の権威と誠意を表わしていた。

 神のご介入によって、預言者の立場を回復したアブラハムは、アビメレクのために祈った。神は、アブラハムの祈りによって、アビメレクとその妻、及びはしためたちをいやされたので、彼らの不妊の状態は解かれた。サラが王の側室になろうとしていたことで、神は、王の一家に関わる全ての女性に子供ができないようにしていたからである。

 神はアブラハムへの約束を果たそうとされたので、神の選びと召しのゆえに、アブラハムの失敗をも意味あるものに変えてくださった。神のご計画に従って召された神を愛する人々のためには、神は万事を働かせて益としてくださり、御子キリストと一緒に全てのものを恵んでくださる。

 神が選ばれた人々を義と認めてくださり、キリスト・イエスが、神の右の座に着き、とりなしていてくださるのだから、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、全ての苦しみの中にあっても、圧倒的な勝利者となる。どんなものも、私たちを神の愛から引き離すことはできない。
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9月28日 【神の約束の成就@】 創世記21:1-8
 主は約束され、仰せられたとおりに、サラになさった。九十歳のサラは身ごもり、神がアブラハムに言われたその時期に、百歳のアブラハムに男の子を産んだ。約束が成就することは、主の訪れであった。

 アブラハムは自分の子供に、神に命じられたとおり、イサク(彼は笑う、笑い)と名づけ、八日目に割礼を施した。サラは言った。「神は私に笑いをお与えになった。聞く者は皆、私と笑い(イサク)をともにしてくれるでしょう。」

 誰もアブラハムに、「サラが子供に乳を飲ませる。」とは言いえず、想像もできなかったが、今やサラは本当に年を取ったアブラハムに子供を産んだのである。

 イサクは育って乳離れした。アブラハムはイサクの乳離れの日に、盛大な宴会を催した。当時、子供が人生の初めの時期を無事に生き残れた喜びと感謝のしるしとして、家族は乳離れのお祝いをした。

 神の定めの時は必ず来る。その時、私たちは夢を見ている者のようであり、私たちの口は笑いで満たされ、私たちの舌は喜びの叫びで満たされる。涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取るのである。

 神は、私たちがイエス・キリストの御名によって求めるなら受け、私たちの喜びが満ち満ちたものとなることをしてくださる方である。神の御心にかなう願いを、神は聞いてくださるという確信は、神に願った事は、すでにかなえられたと知ることである。

 神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださることを信じ、神に喜ばれる信仰によって、神の約束を今日の現実として楽しもう。
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