エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2008年3月
3月2日 【ノアの時代B】 創世記6:18-22
 神は、昔の世界を赦さず、義を宣べ伝えたノアたち八人の者を保護し、不敬虔な世界に洪水を起こされた。ノアは、人々に嘲笑されようと、どうされようと、神の命令に忠実に従い、百年間かけて箱舟を造った。内と外を木のやに(キリストの贖いの血を表わす)で塗った箱舟は、大洪水が来ても安全だった。神は、ノアと契約を結ばれた。

 信仰によって、ノアは、まだ見ていない事柄について神から警告を受けた時、恐れかしこんで、その家族の救いのために箱舟を造り、その箱舟によって、世の罪を定め、信仰による義を相続する者となった。信仰は、まだ見ていない神の言葉の啓示に支配される。御言葉を心の支えとして、御霊によって主に仕えるのである。

 聖書は、聖徒に知恵と救いを与え、全ての良い働きのためにふさわしい、十分の整えられた者とする。新しい契約に仕える者は、御霊に仕える。文字は殺し、御霊は生かすからである。

 ノアの行ないを伴う信仰には、神の敬虔と熱心があった。確かに、キリスト・イエスにあって敬虔に生きようと願う者は皆、迫害を受ける。祈りの家である神の家を思う熱心は、イエスを食い尽くした。

 神の熱心とは、教会を清純な処女として、キリストの花嫁としてささげることである。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、辱めをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座された。

 今日、天の御国の鍵は、教会に委ねられている。神から委ねられた教会に仕える務めを果たし、神の言葉を余すところなく伝えることは、キリストの苦しみの欠けたところを満たす喜びである。

 キリストとともに受ける苦難は、キリストとともに受ける栄光の相続をもたらす。罪の楽しみより、キリストと教会のために苦しむことを選び取り、永遠の大きな報いを受ける者となろう。
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3月9日 【ノアの時代C】 創世記6:18-22
 主は、ノアがその世代の中で悪に染まらず、神に従う正しい生き方をしているのを見ておられ、ノアと全家族に箱舟に入るように命じられた。恵みの時、救いの日が終わりに近づいていた。

 神がノアに命じられたとおり、全ての動物の雄と雌二匹ずつが、自ら箱舟の中に入って来た。ノアが六百才の第二の月の十七日、地下水源が張り裂け、大雨が四十日間、地の上に降り続け、大洪水が起こった。ちょうど同じ日に、ノアと全家族は箱舟に入った。信仰者には、逃れの道があるのである。

 主は、しっかりノアの後ろの戸を閉められた。それは、全てを支配しておられる神の意思である。箱舟が造られていた間、神は忍耐して待っておられたのに、人々は従わなかった。キリストの再臨の日は、ちょうど、ノアの日に起こったことと同様である。

 ノアが箱舟に入るその日まで、人々は神のことに関心がなく、ノアの宣教に耳を傾けようとせず、不信仰だった。今の天と地は、不敬虔な者どもの裁きと滅びの日に、火で焼き尽くされるために保たれている。主の日は、嘲る者どもには、盗人のようにやって来る。しかし、聖徒は、神の約束に従って、正義の住む新しい天と新しい地を待ち望み、敬虔な聖い生き方をするように励むのである。

 大洪水の水かさが増し、箱舟を押し上げ、箱舟は地から浮かび上がり、水面を漂った。水は、全ての高い山々を上回り、百五十日間、地の上で勢いを失わずに増え続けた。地上にいた全ての人と動物は、死に絶えた。ただ、ノアと彼と一緒に箱舟にいたものたちだけが残った。それは、終末に起こる現実の型である。

 キリストの再臨の時、残るのは、ただ神の御心を行ない、準備していた教会だけである。主の忍耐は救いである。今の恵みの時、救いの日の間に、神から委ねられたキリストの十字架の死による和解の務めを果たし、キリストの花嫁なる教会を建て上げよう。
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3月16日 【ノアの時代D】 創世記7:1-24
 神は、ノアと箱舟の中にいる全てのものを心に留めておられた。それで、神が地の上に風を吹かせられると、大洪水の水は引き始めた。また、大いなる水の源と天の水門が閉ざされ、天からの大雨がとどめられた。そして、水は、しだいに地から海の方に引いていった。それは、新しいいのちの始まり、人類の再出発であった。

 箱舟の八人が、水を通って救われたことは、キリストの十字架の死と葬りに与るバプテスマを表わす型であり、水から出て来たことは、キリストの復活のいのちによる新しい歩みを意味する。

 箱舟は、第七の月の十七日に、アララテの山の上にとどまった。神の御手の中にあった箱舟は、漂流から逃れて、高い所に休みを得たのである。ノアは、箱舟の窓を開き、水が地の面から引いたかどうか見るために、鳩を放った。

 鳩は、その足を休める場所が見あたらなかったので、箱舟のノアのもとに帰って来た。鳩は、新しい世界に飛び立つまで、箱舟を安息の住まいとしたのである。そのように、聖徒は、キリストの再臨まで、キリストと教会を安息の住まいとして生きるのである。

 それから七日待って、再び鳩を箱舟から放つと、鳩は夕方になって、オリーブの若葉をくわえて帰って来た。鳩とオリーブは、ともに平和の象徴である。また、鳩は、聖霊、素直、春の到来を、オリーブは、神の愛、祝福、繁栄、美、勝利、仮庵の材料、油注がれた者を、若葉は、いのちの再生を表わす。

 それから尚七日待って、鳩を放つと、鳩はもうノアのところに戻って来なかった。そのように、聖徒は解放され、キリストとともに新しい地を相続し、神とともに住む永遠の祝福の中に生きるのである。
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3月23日 【ノアの時代E】 創世記8:13-22
 ノアが、箱舟の覆いを取り去って眺めると、地の面は乾いていた。そのように、神を知るための知恵と啓示の御霊を与えられ、心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望み、聖徒の受け継ぐ栄光の富、全能の神によって信者に働く神の偉大な力を知ることができるように祈ろう。

 大洪水が起こって1年後に、地は乾ききった。そこで、神は、ノアたちに箱舟から出るように命じられた。神の御言葉に従うことが、守られる確実な歩みなのである。「あなたがたの神、主を信じ、忠誠を示しなさい。その預言者を信じ、勝利を得なさい。」U歴代誌20:20 

 ノアが、箱舟から出て、まず第一にしたことは、主への礼拝だった。ノアは、主のために祭壇を築き、きよい動物から全焼のいけにえをささげて煙を上らせた。全焼のいけにえは、全身全霊を神にささげる献身を象徴する。ノアは、自ら進んで、主に感謝のいけにえをささげたのである。

 主は、そのなだめのかおりをかがれ、決して再び人のゆえに、地を呪うことをせず、全ての生き物を打ち滅ぼされないと、心の中で仰せられた。

 ここに、血のあるささげ物と罪の贖いとの結びつきが暗示されている。神は、キリストの血によるなだめの供え物を公に示され、ご自身の義を現わし、イエスを信じる者を義とお認めになられた。

 今日、罪を悔い改めた私たちがささげる礼拝も、神が喜んで受け入れてくださる香ばしいかおりである。聖徒たちのささげる祈りの香は、天に届き、主の御心が、この地になされていくのである。
3月30日 【ノアの時代F】 創世記9:1-17
 神は、初めの人アダムと同じように、ノアと息子たちを祝福し、「生めよ。ふえよ。地に満ちよ。」と言われた。人には、親となる責任がある。

 人の罪の結果、人と自然界の調和が喪失し、動物は、人に対して本能的に恐れを示すようになった。神は、人に肉食を許可された。しかし、そこには、神の痛みと動物の痛みと人の痛みが伴う。肉は、そのいのちである血のあるままで食べてはならない。

 神は、人の血を流す殺人者には、血の値(死刑)を要求される。神は、人類は皆兄弟であるとし、殺人を禁令とされた。神のかたちとして造られた人に対する畏敬の念と、いのちの基盤としての血の尊重を命令されたのである。人を殺す者は、神のかたちを破壊する。それは、神への反逆に等しい。

 神は、再び大洪水によっては、地を滅ぼされないという契約を、ノアたちと、後の子孫と結ばれた。今の天と地は、火によって滅び去る。神が代々永遠にわたって結ばれた契約のしるしは、雲の中の虹であった。

虹は、ヘブル語で弓を意味し、弓を置くことは、戦いの終結を示す。裁きの中に、「完了した」という神の御声を聞くのである。虹は、神の恵みと愛と勝利と平和の契約が、全てのものを包んでいることを宣言している。

 神は、キリストの十字架の血による新しい契約を思い出し、神の民の罪を思い出されない。今日、私たちは礼拝において、キリストの血による新しい契約を覚える聖餐式に与っている。その契約は、永遠に代わらぬ神の愛と平和の契約である。
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