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| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
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| 2007年11月 |
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| 11月4日 |
【キリストによる創造@】 創世記1:1-5 |
初めに(第一義的に、主題は)、神が天と地を創造された(ヘブル語バーラー:絶対的に新しいものが造り出される、無から有を生ずる創造)。キリストは初めであり、終わりである。「わたしはある」と言われるとこしえの神は、万物の創造者、保持者、支配者である。
万物は、神の御子イエスによって造られ、御子のために造られた。創造の中心は、天ではなく地にあり、人間の住まいである地球に焦点が絞られている。天地創造の目標は、神と交わりをもつ人である。それは、キリストの花嫁である教会である。
地はまだ形がなく、何もなかった。闇が大いなる水の上にあり、神の御霊は水の上を覆っていた。その時、神が「光よあれ」と言われると、光ができた。神はその光をご覧になって、満足された。神は光を昼と名づけ、闇を夜と名づけられた。「夕」に終わる昼があり、「朝」に終わる夜があった。創造の第一日。終わることによって、新しい創造の始まりがある。
「光が闇の中から輝き出よ」と言われた神は、私たちの心を照らし、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせてくださった。神ご自身が義であり、イエスを信じる者を、神は義と認めてくださる。キリストは世の光である。キリストに従う者は、決して闇の中を歩むことなく、いのちの光をもつ。私たちは光がある間に、光を信じて、光の子ども、昼の子どもとされたのである。 |
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| 11月11日 |
【キリストによる創造A】 創世記1:6-23 |
創造の第二日に、大空(天)と水が創造された。水と水との間に、大空(展開、拡げられる)が壮大に広がり、大気が出現した。「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。」詩篇19:1 神が仰せられると、確かにそのようになった。「人の歩みは主によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。」詩篇37:23
創造の第三日に、陸地と植物が創造された。海は、神の支配のもとに陸地と分けられ、いのちの出現への準備がなされた。そして、神の言葉によって、植物が、種類に従って(多様性と統一性の共存)芽生えた。
創造の第四日に、太陽と月と星が創造された。太陽と月は、季節(祝祭、定められた時)のため、すなわち日と年のために、しるしとして役立ち、地上を照らすために造られた。天体は、神の意志によって、今日も機能している。聖書の中で、キリストは、花婿なる義の太陽にたとえられている。また、正しい者たちは、天の父の御国で太陽のように輝き、多くの者を義とした者は、世々限りなく星のようになると言われている。堅く立って、動揺することなく、いつも主の働きに全力を尽くそう。主にあっての労苦は、決して無駄ではない。
創造の第五日に、海の生き物と大空の鳥が創造された。神はそれらを祝福し、繁殖するように命じられた。「主をほめたたえよ。日よ。月よ。主をほめたたえよ。すべての輝く星よ。主をほめたたえよ。天の天よ。天の上にある水よ。彼らに主の名をほめたたえさせよ。主が命じて、彼らが造られた。地において主をほめたたえよ。海の巨獣よ。すべての淵よ。山々よ。すべての丘よ。実のなる木よ。すべての杉よ。獣よ。すべての家畜よ。はうものよ。翼のある鳥よ。」詩篇148:3-5、7、9-10 |
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| 11月18日 |
【キリストによる創造B】 創世記1:24-31 |
創造の第六日に、動物と人が創造された。神は、動物を種類に従って造られ、食物として、植物を与えられた。そして神は、三位一体の神に似た、神の栄光と誉れの現われの霊的存在として、人を造られた。人は神のかたちに造られたから、神の代理者として、支配権が全被造物に及ぶ祝福と特権を与えられたのである。男と女に、地球全体の支配者としての共同の立場が与えられた。それはやがて、キリストがこの地上に帰って来られ、花嫁なる教会を伴って、回復された天地を支配されることの予表である。キリストの十字架の贖いによって、神のかたちと支配は回復される。
神は私たちを天地創造の前から、キリストの花嫁として選ばれた。神は、私たちを御子キリストのかたちと同じ姿にあらかじめ定められ、召しと義と栄光をお与えになった。御子は、見えない神のかたちである。生かす御霊によって、天上のかたちをもつことができる。新しい人は、造り主のかたちに似せられてますます新しくされ、真の知識に至る。五役者(使徒・預言者・伝道者・牧師・教師)によって、聖徒が整えられ、教会を建て上げる時、キリストの満ち満ちた身丈に達する。教会はキリストのからだであり、キリストの満ちておられるところである。私たちがキリストと苦難をともにしているなら、私たちはキリストと栄光をともに受ける神の共同相続人である。キリストが現われたなら、私たちはキリストのありのままの姿を見、キリストに似た者となることがわかっている。
神は、人の食べ物として、地上の植物(野菜、穀類、果樹)を与えられた。人にも動物にも、肉食はなかったのである。メシヤ王国の創造の秩序の回復においては、再び草食になる。神がお造りになった全てのものは、非常に(極めて)良い、素晴らしいものであった。全体が神との関係において、また、それぞれの繋がりにおいて良かったのである。今日、罪をぬぐい去って頂くために、悔い改めて、神に立ち返るなら、主の御前から回復の(万物の改まる)時が来て、キリストは再び天から来られる。花婿として、用意のできた花嫁なる教会を迎えに来られるのである。 |
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| 11月25日 |
【エデンの園の祝福@】 創世記2:1-14 |
創造の第七日に、神は天地の万象の完成を告げられ、安息なさった。神は第七日目の祝福(伸びる、繁栄)を宣言し、この日を聖別された(神の目的のために、より高いレベルに分離され、基準を引き上げられること)。神は今に至るまで、創造されたものを保っておられる。信仰と従順によって、神の安息(国)に入るよう力を尽くして努めよう。信仰の完成において、労苦から解き放されて休むことができる。主イエスの御名を愛し、安息日を守り、主の契約を堅く保つ者は、主の祈りの家で楽しむことができる。教会のただ中におられる主は、救い(勝利)の勇士であり、高らかに歌って教会を喜び、楽しみ、その愛によって安らぎを与える。
神(エロヒーム:主として全能者としての創造者)である主(ヤーウェ:神の御業が人と関係している時の称号、契約を結ばれ守られる恵み深い救い主の神)は、土地のちりで人(アダム)を形造り、いのちの息(霊)を吹き込まれた。人は、特別に神に似るように、神のかたちに造られ、生きた人格となった。
神である主は、エデン(歓喜、楽しみ、水の豊かに潤った所)の園を設け、神との素晴らしい交わりの場として、そこに主に造られた人を住まわせた。園の真中には、神ご自身を表わす、いのちの木と善悪を知る木が生えていた。神の御住まいに、人が神との親しい交わりのために入れられたのである。主の園は、美しい木々の生い茂る豊かな土地であり、至福の場所だった。そこには、いのちの喜びがあり、園を潤す川が出て、四つの源になっていた。キリストの十字架の贖いによって、永遠のいのちを与えられた者の心の奥底からは、生ける水の川が流れ出る。エデンの園が回復され、神との交わりに再び入れられたからである。 |
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