エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2006年11月
11月5日 【教会の職務@監督】 Tテモテ3:1-7
 教会の成長のために、いつも心配りをし、神に責任を果たしている指導者たちの言うことを聞き、服従するように、命じられている。教会の指導者たちは、聖徒を整え奉仕の働きをさせ、教会を建て上げる務めをしている。彼らが嘆かずに、喜んでその働きができるように、協力するのでなければ、益にならない。

 御言葉の教えに骨折り、よく指導の任に当たっている指導者は、二重の尊敬を受けるにふさわしく、「働き手が報酬を受けることは当然である」と聖書に記されている。謙遜に、へりくだって指導者に従うことは、神の力強い御手の下にへりくだることである。そのように従う人は、必ず成長して祝福される。また、指導者たちが正しい良心をもって、何事についても正しく行動できるように、とりなす必要がある。神の働きを速やかになすことができるように、祈り支えるのである。

 永遠の契約の血による羊の大牧者、主イエスを復活させた平和の神は、イエス・キリストによって、御心にかなうことを私たちの内にしてくださる。そして、私たちが御心を行なうことができるために、あらゆる良いものを備えて、完全な者にしてくださる。神は御心のままに、私たちの内に働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのである。

 私たちは神の作品であり、神があらかじめ備えてくださった良い行ないをするために、キリストにあって新しく造られた。壊れたものが修理され、失われたものが回復され、キリストにある救いと永遠のいのち(愛、喜び、平安、正しさ、赦し、一致、調和、健康、安息、豊かさ、祝福、繁栄…)が与えられたのである。キリストに栄光が世々限りなくあるように。アーメン。
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11月12日 【教会の職務A執事】 Tテモテ3:8-16
 執事は、監督を補佐する補助的奉仕者であり、明敏な実務の人である。初代教会初の執事は、十二使徒がもっぱら祈りと御言葉の奉仕に励めるために、御霊と知恵と信仰に満ちた評判の良い人たち七人が選ばれ、食卓のことに仕えた。執事も執事の妻の資格も、監督と同じである。それは、きよい良心をもって信仰の奥義を保ち、謹厳で、二枚舌を使わず、全てに忠実な人である。

 まず審査を受けさせ、非難される点がなければ、執事の職につかせる。執事の職をりっぱに果たした人は、霊的に成長し、良い地歩を占め、信仰の強い確信をもつことができる。

 神の家である生ける神の教会では、使徒的権威に裏づけられて行動するべきである。その教会は、真理の柱また土台(防波堤)であり、真理を守り、支える。確かに偉大なのは、敬虔な生活に導く、神信仰の中心であるキリストである。「キリストは人間として現れ、聖霊によって正しいお方であることが証明され、御使いたちに見られ、諸国民の間に宣べ伝えられ、世界中で信じられ、栄光のうちに天に上げられた。」
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11月19日 【キリスト・イエスのりっぱな奉仕者@】 Tテモテ4:1-16
 後の時代になると、ある人たちは惑わす霊と悪霊の教えに心を奪われて従い、信仰から離れるようになると、御霊が明らかに言われる。悪霊の教えは、うそを平気で言う良心が麻痺させられた者たちの偽善による。彼らは、道徳的に無感覚となり、罪の意識がない。

 神が造られた物はみな良い物で、感謝して受ける時、捨てるべき物は何一つない。神の言葉と祈りによって、聖められ、使用にふさわしい、神からの賜物となるからである。信仰と良い教えの探求に注意を集中させ、熱心に従い、教えるなら、キリスト・イエスのりっぱな奉仕者になることができる。

 何一つ聖なるものが残らない、俗悪な空想話を避ける(有害・無益なものに対する、非常に強い拒絶)ように、命じられている。キリスト者は新しくされ、偽りを捨てて、隣人に真実を語り、悪い言葉を一切口から出さず、ただ必要な時、人の徳を養うのに役立つ恵みの言葉を語る者になることができる。

 敬虔(神を恐れ敬う信仰)のために、自分を鍛錬するように、命じられている。今のいのちと未来のいのちが約束されている敬虔は、全てに有益である。今のいのちは、永遠のいのちの始まりであり、天国への準備期間である。信仰によって、世々にわたる最高の人生を送ることができる。そのために、救い主である、生ける神に望みを置いて、労し(苦闘の連続)、苦心する(不撓不屈の戦い)のである。 
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11月26日 【キリスト・イエスのりっぱな奉仕者A】 Tテモテ4:1-16
 「主イエスの、神としての御力は、いのちと敬虔に関するすべてのことを私たちに与える」。それゆえ、神にあって、復活の望みを抱き、いつも、神の前にも人の前にも責められることのない良心を保つように、最善を尽くして生きよう。教えられた真理を実践する者となろう。

 パウロはテモテに、牧会者の聖霊の賜物を受けた者として、言葉、態度、愛、信仰、純潔において、信者の模範になり、聖書の朗読と勧めと教えとに専念し、心を砕き、自分を与えきるように命じた。そうすれば、その人の霊的成長は、全ての人に明らかになる。自分自身と教えることに、よく気をつけ、あくまで教会の奉仕を続けるならば、自分自身と教えを聞く人たちを、救いの完成に導くことになる。

 それは、五役者(使徒・預言者・伝道者・牧師・教師)によって、聖徒が整えられ奉仕の働きをし、教会を建て上げることであり、ついに、信仰とキリストに関する知識の一致に達し、かしらなるキリストに達することである。教会はあらゆる点において成長し、愛のうちに建てられ、清純な花嫁として、キリストにささげられる。 
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