エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2006年9月
9月3日 【神に喜ばれる礼拝者】 ヘブル12:25-29
 モーセに従うことを拒んだイスラエルの民が、罰を逃れられなかったとすれば、天からの神の御言葉に私たちが背を向ける時、なおさら罰を逃れられないのは当然である。

 揺り動かされない御国が残るために、全ての造られた、揺り動かされるものは取り除かれる。キリストの中に堅く根ざし、いつも主とともに生きる人は、揺るぐことがない。その人の心は喜び、魂は楽しみ、身もまた安らかに住まう。

 御国を受けていることを感謝し、慎みと恐れをもって、神に喜ばれる礼拝者となろう。それは、神から赦された憐みの器として、謙遜に教会に仕えることである。キリストの継承者とされ、神の恵みによって、祭司と王の務めをし、教会の完成のために働くのである。

 神は焼き尽くす火である。主の火は、私たちをきよめ、純粋にし、神に喜ばれる礼拝者とする。新しい契約(御霊)に仕える者として、正義の住む新しい天と新しい地を待ち望み、聖く敬虔に生きよう。その日は火とともに現われ、各人の働きを明瞭にする。キリストという土台の上に、報いを受けられるように、金、銀、宝石で、教会を建てよう。
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9月10日 【永遠の都を求める生活@】 ヘブル13:1-6
 御国を受けている生活とは、兄弟愛にとどまる生活である。キリストが私たちのためにいのちを捨てて愛されたように、兄弟のためにいのちを捨てて愛し合うのが、キリストの弟子である。それは、具体的には、旅人をもてなしたり、信仰のために投獄されたり、苦しんでいる人々を思いやることである。

 キリストのからだの中に分裂がなく、互いにいたわり合い、苦しみと悲しみ、楽しみと喜びを共有するのである。

 「配偶者以外と性行為をしてはいけない。」 同じ信仰をもった、神の御心にかなう結婚をし、三位一体の神の、互いに愛し合う関係を表わす家庭を築こう。「神は、私たちのうちに住まわせた御霊を、ねたむほどに慕っておられる。」ヤコブ4:5 「私は、私の愛する方のもの。あの方は私を恋い慕う。」雅歌7:10

 神の私たちに対する愛と情熱に目覚め、応答して、神と教会と失われた魂を愛する働き人となろう。
9月17日 【永遠の都を求める生活A】 ヘブル13:1-6
 金銭を愛する生活をしてはいけない。金銭を愛することは、あらゆる悪の根であり、お金を追い求める人は、滅びと破滅に投げ入れられる。富む人も貧しい人も、お金に拠り頼んではならない。

 それとは反対に、神の国とその義をまず第一に求め、神を愛し、神に仕える生活をし、神に拠り頼む人は、祝福される。神に望みを置いて、あらゆる富を活用し、永遠の未来に備えて、良い基礎を自分自身のために築き上げよう。世と世にあるものを愛し、執着するのではなく、神を愛し、神の御顔を慕い求めて、神の御心を行なう、永遠のいのちに至る生き方をしよう。

 今持っているもので満足しない貪欲に注意し、よく警戒して、自分のために蓄えず、天におられるキリストに心を向けて、天に宝を蓄える生活をしよう。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」と言われる、キリストの内住によって満ち足り、敬虔な心をもって生きよう。

「主は私の助け手です。私は恐れません。人間が、私に対して何ができましょう。」 主を知ることを切に追い求める人々の所に、主は暁の光のように現われ、大雨のように来られて、地を潤してくださる。
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9月24日 【永遠の都を求める生活B】 ヘブル13:7-16
 神の御言葉と生活において、キリストの福音を伝えた指導者たちの信仰にならうように、命じられている。彼らは、主のために生き、主のために死んだ。イエス・キリストは、昨日も今日も、いつまでも同じである。そして、その働きは、弟子たちに継承されている。食物によってではなく、神の恵みによって心を強めるのは、良いことである。

 私たちには、キリストの十字架の血による贖いという、「一つの祭壇」がある。イエスは、宿営の外で、十字架の苦しみを受けられた。だから、私たちも、キリストの苦しみを負って、宿営の外に出て、イエスの御許に行こう。そして、神のあわれみゆえに、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物として、自分自身(霊・魂・身体)を献げよう。

 聖霊の力を受けて、全世界に出て行き、全ての造られた者に、福音を宣べ伝えること、キリストを通して、神に絶えず賛美をささげ、善い行いと施しをすること ― これらは、神に喜ばれるいけにえである。私たちは、後に来る永遠の都を求める生活をし、この生きている時代において、神の御心に仕えよう。
 
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