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| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
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| 2006年6月 |
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| 6月4日 |
【聖なる永遠に完全にされた人々A】 ヘブル10:1-18 |
信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについての御言葉による。主の御言葉に耳を傾け、聞き従うことが、主を喜ばせる。神へのいけにえは、砕かれた魂、砕かれた、悔いた心である。主は、高く聖なる所に住まわれ、心砕かれて、へりくだった人とともに住まわれる。神への愛と従順ゆえに、神の御心で心を一新し、神の御心を行なうためにからだをささげる、霊的な礼拝をしよう。
そのためには、心の罪を取り除く、罪の悔い改めと、聖霊の満たしの祈りが必要である。新しい契約の成就と、キリストの贖いの血の効力を求める祈りである。
銀を純銀にするには、銀の鉱石の粉砕、精錬、加工の行程作業が必要である。銀は摂氏950.5度にならないと溶解せず、不純物と分離しない。釜をのぞき込んだ時、溶けた銀の表面に自分の姿がくっきりと映って輝いていれば、精錬が完了し、純銀になったしるしである。
そのように、信仰の試練(純粋さ)は尊く、不純物を取り除き、キリストのかたちと同じ姿にし、キリストの再臨の時には、称賛と光栄と栄誉に至るものである。キリストは、精錬する者の火のように、贖われた人々をきよめ、純粋にし、主を喜ばせる真の礼拝者にする。天からの知恵は、第一に純粋、次に平和、寛容、温順であり、また、憐みと良い実に満ちている。
神と人の契約関係を破るものは、罪である。新しい契約は、罪の問題を、キリストの十字架の死によって、完全に解決した上で結ばれる。私たちは、罪に対しては、キリストとともに死んだ者(解放された者)、神に対しては、キリストとともに生きた者と思い、心から神に服従しよう。 |
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| 6月11日 |
【信仰・希望・愛の教会生活@】 ヘブル10:19-39 |
あらゆる国民、部族、民族、国語の人々が、イエスの血によって、大胆にまことの聖所に入ることができる。彼らは神を賛美し、聖所で神に仕える。神は彼らの上に幕屋を張られる。イエスはご自分の肉体という垂れ幕を通して、この新しい生ける道を開いてくださった。イエスが奉献され、その身を裂かれたのである。
このことは、罪を悔い改めて、キリストを信じ、聖霊の宮とされて、キリストの御からだなる教会に所属することによって、天の幕屋に入ることができることを意味する。キリストの十字架の死と復活のいのちのゆえに、全き信仰をもって、神に近づくことができるのである。
私たちの告白する希望は、イエス・キリストの御名である。キリストの十字架と復活、この方以外に救いはないことを、いのちを惜しまず、大胆に証しするのである。私たちが自分の罪を告白するなら、真実で正しい神は、その罪を赦し、御子イエスの血は、全ての罪と悪から私たちをきよめる。キリストは、世の終わりまで、いつも私たちとともにおられる。
教会は、愛と善行が積極的に押し進められるために、互いに強く刺激し合う。試練の道で、励まし合うのである。キリストが王として支配されるところには、喜びと楽しみ、神への賛美、聖徒たちの正しい行ないがある。 |
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| 6月18日 |
【信仰・希望・愛の教会生活A】 ヘブル10:19-39 |
聖霊に満たされた従順な教会生活は、礼拝を中心に、祈り、御言葉、賛美、伝道、交わり、世の光・地の塩としての社会生活によって表わされる。御霊によって生きる時、御霊の実を結ぶ。御霊によって導かれて、前進しよう。
イエス・キリストの御名による集会は、キリストの臨在と一致のある祈りの家である。キリスト者が一つに集まることは、主イエス・キリストの再臨の時、主の御許に集められる御国の姿である。そこで主と出会い、いつまでも主とともにいて、神の栄光を誉めたたえ、主の似姿に変えられるのである。
真理の知識を受けて後、故意に罪を犯し続け、良心の呵責を覚えず、救いをいいかげんにする者は、恐ろしい裁きを招くことになる。それは、この世と調子を合わせる、自己保身的な生き方であり、安易で広い道を歩む。
神の御心を行なって、天の御国に入る道は、神への信仰と従順の十字架の道である。御国の栄光という目標に導かれていることを知って、終わりまでしっかりと救いの確信をもち続けるなら、大きな報いをもたらすことになる。
永遠のいのちとは、神とイエス・キリストを知ることである。主を知ることを、切に追い求めよう。キリストは、神の家なる教会を忠実に治められる。教会は、真理の柱また土台である。主は、暁の光のように確かに現われ、春の雨季のように地を訪れてくださる。 |
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| 6月25日 |
【神に喜ばれる信仰生活】 ヘブル11:1-7 |
信仰は、目に見えない実体を保証し、現実として確信することである。実体とは、神であり、神が御言葉とキリストの贖い(新しい契約)に基づく、新しい永遠の御国が完成されることである。この世界は、神が無から創造された。キリストは、昨日も今日もいつまでも同じである。揺り動かされない御国を受けていることを感謝し、神に喜ばれる奉仕をしよう。
昔の人々は、真実な信仰であると、神の証しを得た。主が求めておられることは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、へりくだって神とともに歩むことである。
アベルは信仰によって、すぐれたいけにえを神にささげ、その良いささげ物によって、彼が義人であることの証明を得た。神への信仰と従順により、自分の全存在を神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげ、神の御心を行なって、天の御国に入る生き方をしよう。
エノクは信仰によって、神に喜ばれる生活をし、当時の寿命の半分以下の命であったが、天に移された。宗教ではなく、信仰によって生きたかどうかが大切である。全生活をもって、神に服従する礼拝姿勢を持とう。
ノアは信仰によって、まだ見ていない大洪水に備えて、家族の救いのために箱舟を建造した。その箱舟によって、世の人々に警告を発し、御言葉を宣べ伝え、神によって救われた。キリストの再臨(救いと裁きの日)の近い今日、神を愛し恐れて、教会建設と宣教の業に励み、その日に備えよう。 |
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