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| エクレシア桜 礼拝メッセージ |
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| 2004年7月 |
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| 7月4日 |
【聖霊に遣わされて】 使徒13:1‐25 |
| アンテオケ教会には、様々な出身の人々がキリストにあって一致していた。十二使徒はいなかったが、複数の預言者や教師がいた。この教会は、礼拝と断食(祈り)に熱心であり、その中で聖霊の語りかけを受けた。それは、バルナバとサウロを神のために聖別し、福音宣教に遣わしなさいというご指示であった。この教会は神に聞き従う教会だったので、更に断食と祈りをして二人に按手し、送り出した。こうして、アンテオケ教会は世界宣教の拠点となり、バルナバとサウロは聖霊に遣わされた。初めに船で、バルナバの出身地であるキプロスに渡った。彼らの伝道の開始は、いつもユダヤ人会堂からであった。パポスで、ローマ人の賢明な総督が救いを求めており、バルナバとサウロを招いて神の言葉を聞きたいと思った。ところが、ユダヤ人の魔術師バルイエス(救いの子)が、総督の救いの邪魔をした。そこで、パウロ(ヘブル名サウロのギリシャ名)は、聖霊に満たされて、彼に対して、「あらゆる偽りとよこしまに満ちた者、悪魔の子、全ての正義の敵。主の御手がおまえの上にある。」と言った。するとたちまち、魔術師はしばらくの間、目が見えなくなった。こうして、総督は主の教えに驚嘆して信仰に入ることができた。魂の救いを障害となるものに対しては、聖霊に満たされて、イエス・キリストの御名によって、大胆に立ち向かわなければならない。主の御手は、神に従う者には救いと栄光をもたらし、神に従わない者には裁きと闇をもたらす。パウロの一行(この時には、パウロがリーダーシップをもつようになっている)は、パンフリヤのペルガに渡った。ここで、助手ヨハネは一行から離れてエルサレムに帰ってしまった。彼の無責任な行動は、宣教チームの一致を乱し、大きな痛みを与えることになる。しかし、それから20年位経つと、マルコ(ヨハネ)はパウロの務めのために役に立つ者へと変えられている。パウロの一行は、ピシデヤのアンテオケへ行き、安息日にユダヤ人会堂に入った。そこで彼らは奨励を頼まれ、パウロはユダヤ人と神を恐れかしこむ異邦人に対して、律法と預言者と詩篇から、イエス・キリストの救いのメッセージを大胆に語った。 |
| 7月11日 |
【いつまでも神の恵みに】 使徒13:26‐52 |
| エルサレムに住むユダヤ人は、安息日ごとに読まれる聖書の御言葉を理解せず、イエスを十字架につけた。しかし、神は聖なる真実で忠実なイエスを死者の中からよみがえらせた。イエスは朽ちることのない方である。キリストを信じる者には、罪の赦しと解放、信仰義認、永遠のいのちが与えられる。イコニウムの殆ど町中の人が、安息日に神の言葉を聞きにユダヤ人会堂に集まって来た。しかし、この群衆を見たユダヤ人たちは、ねたみに燃え、パウロの話に反対してののしり、パウロとバルナバを迫害して町から追い出してしまった。しかし、異邦人たちは神の御言葉を聞いて喜び、賛美した。そして、福音をその地方全体に言い広めた。その人が救われるどうかは、福音を聞いた本人の責任なのである。弟子たちは、迫害の中でも喜びと聖霊に満たされていた。キリストのために迫害される者の、天における報いは大きい。選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民として召されたキリスト者には、全ての人に福音を宣べ伝えるという使命がある。それは、どうしてもしなければならないこと、人々に負債を返すこと、また、人々に神の警告を与え血の責任を果たすことである。いつまでも神の恵みにとどまる生活とは、聖霊の恵みによって成長し、信仰の完成を目指して、日々忠実に神に従い続ける生活である。大祭司であるキリストは、いつも私たちのためにとりなしておられ、再臨の日までに、異邦人とユダヤ人の救いを完成し、教会を建て上げてくださるのである。 |
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| 7月18日 |
【神が行なわれたことを】 使徒14:1‐28 |
| ピシデヤのアンテオケ地方から追い出されたパウロとバルナバは、ルカオニアの首都イコニウムでもユダヤ人会堂に入り福音を語った。すると、ユダヤ人も異邦人も大勢救われた。信じようとしないユダヤ人たちは、異邦人をそそのかし、兄弟たちに悪意を抱かせた。そこで、二人は長らく滞在し、主によって大胆に語り、主は彼らにしるしと不思議を行わせ恵みの御言葉を証明された。町の人々は、ユダヤ人の側と使徒たちの側の二派に分かれた。福音は、人々を神の国と悪魔の国に二分させる。私たちは、この世の何よりもキリストに属し、神に仕える者でありたい。まず第一にキリストを愛し、全てを捨てて神に従うことが、祝福への道である。迫害により、パウロとバルナバは、ルステラとデルベ、及びその付近の地方で、福音宣教を続けた。 ルステラで、生まれながら歩けない男がいやされたのを見た群衆は、パウロとバルナバをギリシャ神話の神々だと言って、いけにえをささげようとした。二人は聖書を知らない異邦人に対し、偶像崇拝を止めさせようとして、自分たちは人間であり、このような空しいことを捨てて、天地と海を造られた神に立ち返るようにと、叫びながら言った。神の存在とその恵みは、被造物によってはっきりと認められる。二人はようやくのことで、群衆が彼らにいけにえをささげるのを止めさせた。ところが、アンテオケとイコニウムから来たユダヤ人たちが群衆をそそのかし、ステパノの殉教の時のようにパウロを石打ちにした。パウロは死んだものと思われ、町の外に引きずり出された。しかし、弟子たちがパウロを取り囲んでいると、彼は立ち上がってルステラの町へ入って行った。翌日、パウロとバルナバはデルベに向かい、福音を宣べ伝えて多くの人を弟子としてから、迫害されたルステラとイコニウムとアンテオケへ引き返した。それは、新しく生まれた弟子たちの心を強め、信仰にしっかりとどまるように勧めるためであった。彼らは、「私たちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なければならない。」と言い、教会ごとに長老たちを選び、祈りと断食をもって主に委ねた。キリストと苦難をともにする者は、キリストと栄光をともに受ける神の相続人である。二人はペルガでも御言葉を語り、アタリヤから船でアンテオケに帰った。アンテオケ教会は、彼らが成し遂げた宣教の働きのために、神の恵みに委ねられて聖霊によって遣わされた所であった。彼らはそこに着くと教会の人々を集め、神が彼らとともにいて行なわれた全てのことと、特に異邦人に信仰の門を開いてくださったこととを報告した。パウロとバルナバは、神に栄光を帰す働きを成し、教会は彼らと喜びと苦しみをともにする共同体であった。そして、彼らはかなり長い期間、アンテオケ教会で過ごした。キリストとともに働く者は、キリストとともに喜び、御国を相続する。“その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』”マタイ25:21 |
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| 7月25日 |
【ダビデの幕屋の回復】 使徒15:1‐35 |
| エルサレムからユダヤ人たちがアンテオケに下って来て、割礼を受けなければ救われないと教えていた。そこで、パウロやバルナバと彼らとの間で激しい対立と論争が生じ、パウロとバルナバたちは、使徒や長老たちと話し合うためにエルサレムに上ることになった。彼らは道中、フェニキヤやサマリヤの諸教会でも異邦人の救いについて証しをし、全ての兄弟たちに大きな喜びがあった。彼らはエルサレムに着き、神が彼らとともにいて行なわれた宣教報告をした。しかし、パリサイ派の信者たちが、異邦人も割礼や律法を守るべきだと言い、エルサレム会議が行なわれることになった。激しい論争の後、ペテロはカイザリヤの異邦人コルネリオたちが福音を信じて聖霊を受けた証しをし、ユダヤ人も負いきれなかった律法のくびきを異邦人の首に掛け、神の御心に反してはならないと言った。人には守りきれない律法のくびきを、キリストが負われ完全に守ってくださったのである。パウロとバルナバは、異邦人の間で行なわれたしるしと不思議を証しした。その時、エルサレム教会の長老ヤコブ(キリストの弟)が、次の内容を語った。神はペテロの言うとおり、異邦人を顧みてお召しになった。それは、アモス書の預言と一致している。異邦人キリスト者に割礼を要求してはならない。ただ、ユダヤ人をつまずかせないために、四つの事を避けるように。エルサレム教会は、パウロとバルナバと一緒に指導者たちをアンテオケに送ることに決議し、会議の内容を文書にした。そこには、エルサレム教会のある者たちが何も指示を受けていないのにアンテオケ教会の人々の心を動揺させたこと、バルナバとパウロはキリストのために命を投げ出した人たちであること、聖霊と兄弟であるエルサレムの使徒および長老たちは、ぜひ必要な四つのこと以外には、どんな重荷も異邦人キリスト者に負わせないことに決めたことが記されていた。この会議は、皆が神の御心を求め、聖霊の決定に従ったのである。教会を一致して建て上げることが神の御心であり、その反対は分裂と破壊である。一行は送り出されてアンテオケに下り、教会の人々を集めて手紙を渡した。それを読んだ人々は、励まされ喜んだ。エルサレム教会から来た預言者ユダとシラスも、多くの言葉をもって兄弟たちを励まし力づけた。パウロとバルナバはアンテオケにとどまり、御言葉を教え宣べ伝えた。アモス書には、ダビデの幕屋の回復が預言されている。ダビデの幕屋の特徴とは、1.キリストを王とする統一王国の確立 2.天が開かれた賛美礼拝(喜びと感謝とささげもの) 3.全ての民の祈りの家 4.宣教の教会である。ダビデの幕屋が回復することによって、異邦人とイスラエルは救われ、アブラハム契約は実現する。今日も、教会においてダビデの幕屋の回復を目指そう。 |
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