| バプテスマを受けた後、イエスは御霊に導かれて荒野で悪魔の試みを受けられた。神から特別な祝福を受ける時が、また試みを受ける時にもなることがある。イエスの生涯は始めから終わりまで戦いの連続だった。荒野の三つの試みの共通点は、目に見えるものを用い、思いにおいて、誘惑したことである。それに対し、イエスは御霊の与える剣である神の言葉(ここでは申命記)を引用されて、悪魔を退けられた。イエスはいつでも神の御心に忠実に従われる(十字架の道を歩まれる)ことによって、罪に勝利された。この方こそ、私たちの罪と悪魔の試みからの救い主である。イエスは御霊の力を帯びて、宣教を開始された。ガリラヤのカペナウム(慰める者の村の意)は、イエスの初期伝道の中心地であった。“異邦人のガリラヤ”と、さげすまれて言われた異邦人に囲まれた地方である。イザヤ書においては、アッシリヤに滅ぼされるガリラヤの絶望する民に、希望の光が上ると預言されていた(紀元前7世紀)。イエス時代のカペナウムの人々は、霊的、肉体的に暗黒であったが、神に対しては心開かれ、謙遜にされており、聞いたことをすぐに実行に移すことができた。それゆえ、神の祝福を豊かに受けた。イエスは、ガリラヤ湖の漁師を召して弟子とされた。イエスに全てをささげようとする平凡な人たちを選ばれたのだ。イエスに従うことは、自分や家族、持ち物、仕事以上に大切なことである。天の御国(神の支配)が、イエスに従う人々とその地域に現わされるように。 |