エクレシア桜 礼拝メッセージ
 
2002年9月
9月22日 【仮庵の祭り〜キリストの地上再臨とメシア王国の確立@】
レビ23:33-44/申命記16:13-17/民数記29:12-39
第7月の15日から7日間+1日は仮庵の祭りである。この祭りは、エルサレムで祝う三大祭りの一つであり、秋の収穫祭である。祭りの7日間、イスラエルの民は仮庵を作ってそこに住む。それは、エジプトから約束の地に向かう途中、荒野で過ごした40年間の神の恵みを覚えるためである。材料は、美しい木の実、なつめやしの葉、茂り合った木の大枝、柳など、隙間から風が通り、星が見えるような簡単な建物である。仮庵の生活から学ぶことは、第一に私たちは寄留者である〜物質主義時代にあっても金銭にや物に執着せず、神に思いを向け、神と人を愛すること。第二に信仰には柔軟性が必要である〜神が動かれる時には、私たちも動ける状態にいなければならない。聖霊の風に敏感であり、天に向かって開かれた、純粋で単純な信仰、それは、ダビデの幕屋の回復として預言されており(アモス9:11-15)、栄光の賛美礼拝と異邦人、ユダヤ人のリバイバルである。神の幕屋は、神の霊的実在、天国である(黙示録21:3-4)。第三に命のもろさを忘れないこと〜仮庵の青々とした葉はすぐに枯れ葉になってしまう。私たちの地上の幕屋(体)は壊れやすく、人生は短い。しかし、私たちの永遠の住まいは天にある(Uコリント5:1/ヨハネ14:2-3)。祭りの8日間、毎日多くの主へのささげ物がなされる。私たちも、日々主の御声に聞き従う信仰生活が大切である。罪のための動物犠牲は、過ぎ越しの祭りのほぼ二倍、非常に高価な雄牛70頭ほふられる。それは、70の異邦の民(つまり全世界の民、創世記10章)の回心を願ってささげられるとユダヤ教のラビは説明する。 
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9月29日 【仮庵の祭り〜キリストの地上再臨とメシヤ王国の確立A】
ゼカリヤ14章/詩篇118篇
仮庵の祭りは、光と水に強調される祭りである。イエスの時代の第二神殿時代、神殿では、祭壇の土台の鉢に毎日水が注がれた。水の注ぎは、雨を求める祈りを意味した。祭司はシロアム(遣わされた者の意)の池に下って水を汲み、神殿への15段の階段を都上りの歌(詩篇120‐134篇)を歌いながら一段ずつ上った。祭りの最後の日は、大いなるホサナの日と呼ばれ、水が注がれた時に大きな喜びの声があがった。民はしゅろの枝を持って、メシヤ的詩篇ハレル(詩篇113‐118篇)を歌い、メシヤが待望された。この水が注がれユダヤ人が喜ぶ姿は、終わりの時代にユダヤ人に聖霊が注がれる預言(ゼカリヤ12:10)を表した。イエスはこの日、「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」(ヨハネ7:37-38)と、聖霊のバプテスマのことを言われた。キリストが再臨される日には、エルサレムから湧き水が流れ出る。また、神殿にはランプが灯され、エルサレム中が照らし出された。神の栄光の象徴である。イエスは、「わたしは、世の光です。」と言われた(ヨハネ8:12)。ヨハネ9章の盲人が、シロアムの池で洗っていやされるのは、水と光が一つになった御業である。その盲人にとって視力の回復は、霊的暗黒からの回復であった。主の日の夕暮れ時には、光がある。ゼカリヤ14:1‐15は、キリストの再臨、16‐21はメシヤ王国の完成と仮庵の祭りが記されている。神の国では、毎年、万軍の主である王を礼拝し、仮庵の祭りを祝うために、ユダヤ人と異邦人がエルサレムに上って来る。上って来ない国々には、雨が降らず、主が打つ災害が下る。
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