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Interview with Robert Barto




エド(・ダーブロウ):略歴について、まず子供時代のこと、ご家族のことなどから、伺いたいと思います。
ボブ(・バルト):私の父が軍職にあったので、家族は何度も広い範囲に渡って引越をした。8歳になるまでは深南部、ミシシッピ、そしてアラバマに住み、その後はほとんどカリフォルニアだった。

エド:ご家庭は音楽的な環境でしたか?
ボブ:母がピアノを弾き、父は歌うのが好きな音楽愛好家だった。

エド:最初の楽器は? それは何歳頃でしたか?
ボブ:7歳か8歳の誕生日プレゼントに小さなシルバートーンのギターを貰って、幸いなことに最初からとても良い先生につくことができた。当時はミシシッピのビロクシーに住んでいて、先生の名前はカーメン・マッシーと言った。彼は当地のホテルのコンボでベースを弾いていた。アルフレッドの基礎ギター教本とアライ(フラメンコギター奏者の名前だったと思う)[訳注:『アリア』ブランドの荒井貿易のことかも知れない]の曲集から始めることとなり、曲集の最後に載っていたコストのソロの小品をデュエットに編曲したものはその後何年ものあいだ私のお気に入りの曲だった。彼は、デュエットのパートの両方ともを一緒に弾く、ということによって私に非常な達成感を与えてくれた。何年もあとに、その曲がもともとソロの曲だったことを知ることになるのだが。(その頃、私は初めて公衆の前で演奏した。カルカッシかカルリの曲を何曲かを学芸会で弾いたのだけど、一等賞を取ったのはタップダンスを踊った子か、バトントワラーの子ではなかったかと思う。今でははっきりしないけど。)

エド:そのままクラシックギターの世界に入って行ったのですか? それともなにかポピュラー音楽をその前に演っていましたか?
ボブ:残念なことにその先生には2年しかつけなかった。サクラメントに引越すことになり、そこでは年輩のバイオリン奏者を何とか見つけ出して、ギターを習うことになった。その先生のレッスンは、カルカッシとセゴビア編のソルの練習曲を使った、かなり厳格なのもだった。あの頃はカルカッシが嫌で嫌で。先生は気晴らしにと、『双頭の鷲のもとに』や『テネシー・ワルツ』、『Walk, Donユt Run(急がば廻れ)』などのポピュラーものの手書きの編曲譜をくれて、それでレッスンをすることもあった。12歳のときにエレキギターを弾きはじめ、大学に至るまでいろいろなバンドで弾いていた。学校の『ステージバンド』でギターを弾き、打楽器やコントラバスをいろいろな学校のオーケストラやアンサンブルで弾いていた。

エド:リュートに惹き付けられたきっかけは?
ボブ:短く答えるとしたら、その音楽。 長く答えるとしたら−− 大学に入って、さらにクラシックギターに熱中していった(バートラム・タレツキーによるとても良い室内楽のクラスに触発されたところが多い。現代音楽のコントラバス奏者として有名な彼は、アメリカでのリュートのパイオニア、ジョゼフ・イアドーンの弟子でもある。)お決まりのレパートリーを何年か弾いたのち、バロックとルネサンスの曲をより多く弾くようになっていった。私の最後のクラシックギターによる演奏会はヴァイスとダウランドをメインとしたものだった。大学には古いドイツ製の重い8コースリュートが所蔵してあったので、それが私の最初の楽器となった。ちょうどその頃(70年代の中頃)カリフォルニアのカーメルでドンボアが最初のセミナー(ドナ・カリーが主催したものと思う)を開いた。そこで私は、『歴史的』リュートの世界に初めて遭遇することになる。その週のうちに私は爪を切り、より軽いリュートを買い求め、親指を内側にして弾きはじめた。セミナーが終る頃には、私はかなりよいスタートを切れたと確信した。親指を内側にすることには一瞬にして慣れ親しんでしまい、実際のところ、のちに親指を外側に出そうとしても、それに何年も掛かってしまったくらいだ。私は今、バロックリュートをしっかりと親指を外にして演奏する地点へようやく到着しつつある。この奏法で弾くことは、17世紀以降のリュート演奏法が実際にどのようなものであったかという概念を持つ上で重要だと思う。

エド:始めのリュートはルネサンス? バロック?
ボブ:両方とも。

エド:どなたに師事しましたか? またそれぞれの先生方から得たことは?
ボブ:セミナーでドンボア氏から最初のアドバイスを受けてから、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)での最後の2年間を多かれ少なかれ独学の状態で過ごした。大学はとても寛大であって、私の専攻をリュートにすることを受け入れてくれ、何人もの音楽科の教授がアドバイスをしてくれた。卒業後、ヨーロッパに行きミシャエル・シェーファーに短期間師事した。彼からはリュートからどのような音を引き出すかについて、いくつかの助言をいただいたと思う。いちばん長く師事した先生はバーゼルでのオイゲン・ドンボアであった。そのときはあまり同意できなかったのだけれど、正確さとタイミングがいかに重要であるかを実感するときに、彼の影響が本当に大きなものであったと思う。大いに取り組むべきことが、このあたりに残っている。私は楽曲を出来る限り表情豊かなものとするために努めるけれど、それは形式上の時間的な構造の範囲内で、(理想を言えば)聴衆が全体を通して基礎的な拍節を把握出来るものでありたい。特に、その90%が舞曲で占められるヴァイスの音楽においてこのことは重要であると思う。バーゼルでの修行中には、ホプキンソン・スミスからもいろいろとためになる技術的なアドバイスをいただいた。

エド:カナダで録音されたディスクの録音は素晴らしいと思います。マイクの種類や位置、配置など、録音のセッテイングを少し教えていただけませんか? 
ボブ:残念ながらマイクの種類は分らない。1.5メーターほど離れたところに1.5メーターの高さで2本、もう2本がさらに1.5メーター先の非常に高いところに残響を拾うために置かれている。

エド:ヴァイスの第5集では録音場所がかわっていますが、その理由は? 
ボブ:それまで使っていた教会堂は、録音のためには深夜しか利用出来なかった。それでも雨が降りだしたり、トラックや列車が通るたびに作業を中止しなければならない。その教会堂は大きい方で、音を充たすために、自然と大変しっかり弾くこととなる。全体的な演奏解釈は、その教会堂での録音の方を私は好んでいるのだけれど、録音された音質としては第5集の方が優れているだろう。年末にリリースされるはずの第6集では、ふたつの間のまずまずの妥協案が見いだせたと思う。

エド:前もって多くのCDの計画を練ったのですか? それとも1枚ずつ? 
ボブ:1枚ずつ。

エド:各々のCDで、作品を初期と後期の両方から選んでいるように見えます。
ボブ:期せずして最初の2枚がそうなっていたので、このアイデアでその後も進めることにした。

エド:録音と演奏会では同じ弦を使いますか?。
ボブ:今までは、そうしている。

エド:お使いの弦の種類、またどのくらいで張り替えるかをお教え下さい。 
ボブ:1、2コースがナイロン。3と4がガット。5が古いサバレスの巻線。ベースは古いサバレスの銅巻線にガットのオクターブ。今はコンサートでの調弦問題解決を目指して、ナイルガットを試しているところだが、現時点ではそれほど心を動かされてはいない。私にとってガットの方がトリルがはるかに掛けやすいが、コンサートでは厄介な存在となってしまう。弦について語ると言うことは、さきほど右手の構えのところでも出て来た、『リュート演奏法が実際にどのようなものであったか』という問題に言及するということになる。言うまでもなく、低音弦が問題の中心になる。後期バロックリュートにおいては、通常のガットやローデドガットが正解とは私は言えないと思う。ピラミッドやサバレスと通常のガットのあいだの、何かが欲しい。19世紀のギター弦というものを見たことがあるが、それはかなり太い巻線が多量の絹の芯に捲かれているものであった。『ロマン派』のギターでさえ、我々が今日想像する低音弦の音色と手触りからはずいぶんと違ったものであったであろうから、私は、バロッククリュートにおいてはもっともっと多くの解決策を探る必要があると思う。残念ながら、誰かがそれをしようとしても、この探究は金銭的に充分見合うものでない。現時点では、バロックリュートに張る弦について何らかの歴史的に厳密な解法を、私は見い出してはいない。これからもいろいろと試みをしていくだろうが、それには時間(と、お金)が掛かるだろうし、またコンサートで新しいことを試す、というのも難しいものがある。質問の意図に添えなかったかも知れないが、低音弦の種類は右手の技法の全体的な概念に確実に影響するであろう、というのが私の観点でる。

エド:調弦はどのようにされていますか? 
ボブ:特別な方式はない。通常は耳だけだが、神経質になっていたり、時間に追われていたりするときには、チューナーを使うこともある。

エド:平均律をお使いのようですね。 
ボブ:その通り。

エド:その他の音律を試したことは? 
ボブ:他の方法はやっていない。いくつかの調でより響きの良い嬰へ音を得るために1フレットを少し低めに動かすことがあるけれど、通常は平均律に満足している。

エド:どのように練習しますか? どれくらいの時間を? コンサートの準備をするために何を行いますか? 
ボブ:1日に2、3時間は練習するように務めている。コンサートやレコーディングの前はもっと多くなるが。

エド:どの程度まで運指を考えますか? 運指を書き入れますか? 両手の各々の指がどう動くべきかを入念に計画なさりますか?
ボブ:左手の運指については、私は曲をさらう時点で練り上げていく。右手の運指はより直感的なものだが、もちろん難しいパッセージにおいては考えて対応する。(セズネー手稿譜には両手の運指がたくさん書かれている。)バロックリュートにおける右手の技巧は、ルネサンスのように強/弱拍を自明なものとして構築されるものではない。同じ指の連続使用を避ける考え方さえ、私は見直す必要があるように思う。中指と人指し指の交叉は明らかに使われていたけれど、今のようにあまねく普及したものでは、おそらくなかった。ヴァイスにおいては、クラシックギターの訓練を受けた者には思いもよらないところで、指の連続使用を頻繁に見かける。ヴァイスは中指と人指し指の交叉を、走句の際に使用したものと思われる。この場合も先と同様に、運指についての問題は、この楽器をどう弾くかの構想にかかわる右手の位置と弦の選定の問題と対になる。このような問題にすべての回答出来る者はいないと思う。当時の教則資料のすべてが示し、絵画が描くところは、右手をブリッジ近くに置く、というものだ。我々はどの程度このことを本気で受け止めるべきだろうか。

エド:多くの研究を行いましたか? ご自身を音楽学者的性格の持ち主だと思われますか?
ボブ:私に音楽学者的性格があるとは全然思わない。ヴァイスの原典の総ざらいを試みるということはしているが。ドレスデン手稿譜だけを解釈することが一生の仕事であったとしたら、それは難儀なものだ。

エド:ロンドンとドレスデンの手稿譜では、タブラチュアはほとんどの場所でとてもはっきりとしていて読み易いものです。リズムも複雑なものではありません。ヴァイスのソナタを活き活きと解釈するにあたって何が問題になるのですか?
ボブ:一面では、あなたの言う通り、ヴァイスの音楽は理解し『易い』ものだ。他面において、この音楽をリュートを弾くことにより解釈しようとすれば、数えきれない可能性が私たちの前に現われてくる。強弱は? 音色の幅は? テンポは? 修辞法的な要素と、望み得る最大の情感をどのようにして引き出すのか? 技巧的な難題は言うまでもない。後期のヴァイスにおいては、16分音符の連なるプレストを6分間弾き続ける、というようなことと当り前に遭遇する。ギターやリュートのレパートリーで、ほかにこのような曲が見付かるだろうか。また、いつになったら本当のプレストとして演奏されるのだろうか。リュートの世界が、強いて言えばコンサートピアニストの技術レベルに迫るような日が来るまでには(もしそのようなことがあるとすれば)、まだしばらく時間がかかるだろう。

エド:私は、ヴァイスが自分の音楽を隠し保護していたように思っていましたが、そうだとすると、長い時代を経てこんなに多くの楽曲が残されたのはどうしてなのでしょうか?
ボブ:このことは私の領分を越えている。主なふたつの手稿譜が保存され、今日我々の前にあることの幸運に、ただただ思いを巡らすだけ、どのような経緯があろうとも、だ。 ヴァイスの音楽のうち、どの位を我々が手にしているのか、または失ってしまったのかを言うことは、本当に難しい。しかしながら、ロンドンとドレスデンには彼の作品の大半は含まれているのだ、という感覚を私は持っている。ブライトコプフのカタログを検討してみると、10から40%の彼の作品(主要なもののいくつかも含めて)、が失われてしまったのではないかという印象をおぼえる。これは想像に過ぎないことだけれども。私の見当違いということもあり得る。彼が通常の調性でパッサカリアを書かなかったのかどうかも、考慮して良い事柄かも知れない。

エド:お好きな作曲家の、一番目と二番目を教えて下さい。
ボブ:もう少し答え易い質問を。

エド:私は今回の日本での演奏で、あなたの弾くバッハを初めて聴きました。バッハの編曲物や、当時から残るリュート用の手稿譜についてどのようにお感じですか?
ボブ:バッハ演奏の是非については、私は疑問を感じている。私が歴史的な楽器を弾くのことが好きであることの大きな理由のひとつに、その音楽が演奏技術と楽器に(少なくとも原理的には)完全に合致するから、ということがある。私は、ピッタリと来る、少なくとも可能性くらいを感じられるような曲でなければ、演奏する気が起らない。バッハでは、リュートで演奏しようとするとき、解決策がないのではないかという場面に何度でも出くわすだろう。リュートのために書かれた音楽を、先ず演奏して行こうという方向に、私は心をほぼ定めている。今日ほとんどまったく知られていないリュート音楽が多大にあり、私はむしろこの方面に 専念したい。何年かしたら、この考えが変るかも知れないが。

エド:ゴーチエなどのフランスものに興味はありますか?
ボブ:基本的には、ある。特にドイツの流派の基礎を提供したという流れにおいて。いくつかの曲(例えば、アンソニー・ベイルズが何年も前に録音したゴ−チエのニ長調の作品)は極めて美しいが、この分野の多くの曲は和声進行に面白みを欠き、私にとって感動を呼ぶものではない。ただ、ド・ヴィゼーはリュート、ギター、テオルボのどれをとっても好きであるが。

エド:なぜヴァイスは前打音の記号を分りきったところにまで振るのでしょうか? 基本的な相違が何かありますか?
ボブ:私にはそれが大きな問題だとは思えないよ、エド。

エド:彼の作品が即興演奏を反映したものと、どの程度まで思いますか? どの程度、即興演奏が進行したものだと思いますか? どのような種類の即興でしょうか?
ボブ:ヴァイスの音楽を検討してみると、通常彼は、プレリュード、ファンタジア、パッサカリアを即興演奏していたと考えられる。興味深いのは、彼のシャコンヌやパッサカリアがあまり残されていないことだ。私は彼が場合によっては組曲を即興演奏したかと思うが、それは本質的にかなり単純で基本的なものだったであろう。ここでもまた、私は見当違いをしているかも知れない。

エド:私たち(リュートの世界全体として)と、あなた(個人的に)が、実際にバロック時代に演奏されていたように再現出来ているかを、どの程度真実味を持って捉えていますか?
ボブ:さて、本当のところ、どうなんだろう。最終的には音楽の感動的な内容がもっとも大事だと私は思う。歴史的な取り組みを通して、この内容をより明晰に説得力のあるものに出来れば、その結果はさらにより良いものとなるだろう。現在の聴き手が何百年前の人々と比べて異なった感動を覚えるなどとは言い難い。

エド:音の減衰時間によってテンポを判断することが可能であると言及されていましたが、現代の弦が減衰時間が長くなっていることによって、間違ってしまう危険性はないでしょうか?
ボブ:もちろん、その通り。私はおもに緩除楽章における高音弦のスラーについて話したのだが。

エド:テンポを判断するときに、ほかに手掛かりとするものは? そこにどれだけの自由があると思いますか。
ボブ:これは難しい問題だ。歴史的情報。演奏技術。日々の体調。会場の音響。かなりの自由は確かにある。リュート以外の楽器によるバロック音楽の演奏を聴くとき、しかしながら、急速楽章ではずいぶんと速いテンポが取られることが多いのが普通であろう。

エド:クラシックのギターやピアノの奏者が通常暗譜で弾くのに、ほとんどのリュート奏者はそうしないのかを、なぜだとお考えですか?
ボブ:はっきりとしたことは言えない。様々な調弦が存在することが原因かも知れないし、ロマン派の伝統と無縁なことによるのかも知れない。私は楽曲を習得するときは暗譜することに努めるので、必ずしも楽譜を必要としない。このことが大事なことなのかどうか分らない。ステージでは楽譜を目の前に置いておくことで、確実にプレッシャーを軽減することが出来る。またもう一方、アメリカでの言い回しで暗記のことを、『心で(by heart)』学び取る、と表現するということが興味深い。

エド:日本と、日本でのリュートについての印象は?
ボブ:今回の日本への短い旅は、私の経験した中でもっとも楽しかったもののひとつと言ってよい。お世話になり、案内もしてくれた日本リュート協会の人々には、どんなに感謝しても足りないぐらいだ。日本の社会は魅力的で、特に食べ物には目を見張るものがあった。優秀な演奏者や製作者も多いようで、大勢のバロック音楽の熱心な愛好家と、しっかりと確立されている日本のクラシックギター界と同じように、この楽器に対する興味を末永く持続させることにリュート協会がこれからも貢献して行くことを願っている。

エド:どうもありがとうございました。
ボブ:どう致しまして。 [インタビューはEメールによる質問集にバルトがまとめて答える、という形で行われた。]
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