「だとしても」

どこから来て
どこに消えてくんだろうね
僕らは

いろんな人と出会って
同じ数のいろんな人が去って

外的要因と内的要因の
孤独を繰り返して
みんなも自分も
うつろいでは揺れてきたのに

その存在感だけは
揺れもせずに
いつもそこにいた

つついてみたり
うれしくなる
そっと触れてみたり
うれしくなる
いじわるしたり
反省したくなる
忘れてみたりしたのも束の間
あいもかわらず
体の真ん中にいるその存在感
大空を自由に羽ばたいたり
泥の中で嘔吐したり
向日葵みたいに輝いたり
月のように静止したり
病気じゃないのに薬のんだり
想像もつかない楽観的自虐型自由主義
誰かのそばにいてもいなくても
あいもかわらず
何があっても何も変わらないその存在感

気を抜くと溢れ出てくる存在感

もう逃げる気力はなくなったみたい
その存在から

距離が離れていても
互いがどんなふうでも
いつも近くに感じてる
大切にしたい存在

気がついた孤独にさみしくなって
自分で選んだ孤独に安らいで
孤独の単位がふたりになるなら
それはひとつになれたってことになるかな

ひとりでできなくなった世界への接触が
ふたりならいっしょにできるかな
どこから来て
どこに消えてくんだろうね
僕らは

もう気合入れなくていいんだよ
もうりきむ必要はないんだよ
もういろいろ気苦労なんていらないよ
もう互いにけんかしてもいいんだよ
もうずるくてもいいんだよ
いつサメてしまってもいいんだよ
今のままでもいいんだよ
自然に出てきた鼻歌でも唄いながら

だって
これまで感じた事もなかった
最大級の存在感はもういつまでも変わらない
プロセスにも
選択にも
結果にもよらずに
もう僕らは不幸には縁がないっていう確証

いつまでもそばにいたい
10代目の自覚

どこから始まって
どこにたどり着いたのかな
僕らは