「南風が春をつげる晩」

何の理由もなくて
返答に困ったり
ご飯を食べることさえ
忘れてたり
そんなふうにして
生きてる彼ら

南風が春をつげる晩
薄汚れた灰色のビルの9階で
彼らは結ばれた
いつまでも帰って来ない彼女の
赤い髪をそっとなでながら
窓をあける
なまあたたかい風がおしよせて
あっという間に
彼女の香りが部屋を満たした

谷底からクラクションが止まらない

谷底のノイズの中では
批判されたり
否定したり
誰かが可哀相とか
誰かがうらやましいとか
結局ひとりの道の上
みんなで自分を嘆きあってる
本当は
いつだって
理由もあったし
事実も真実もあった
自由もあった

理由のある部分はいつだって
言葉にできないままいつも
感覚の闇に隠れてしまう

事実は公然と民衆の前に立ちはだかり
ロケットから覗いても
一つしか見当たらない

真実は10人の胸に
10人の立場で
10個用意されている

彼の真実は
彼の調子の良いときに
良質な言葉であらわされなければ
彼女にもわからないし
まして
知り合いにはさっぱりだ
彼はその事実を知っていた
それで
街のノイズには
耳をかさなかったし
無口でその場を
しのぐ自分を止めなかった

帰ってきた彼女は
寝返りをうって
目を開けずに微笑むと
ほっぺにキスして
そのままスースー
眠りの国へ

安心感とぬくもりにつつまれて
彼もあとを追った

何の理由もなくて
返答に困ったり
ご飯を食べることさえ
忘れてたり
そんなふうにして
生きてる彼ら

南風に抱かれながら
眠るふたり