My Scribbling Corner : Part9

中日新聞夕刊に「この道」というコーナーがあります。
現在はバス歌手の岡村喬生氏が、書いておられますが、
その中から特に印象に残った、第83回目のお話です。
特に最後の部分には、感動してしまいました。
( いずれは本となって出版される事を願っています。)

 第 9 回 ( 26 / May / 2000 )

 

    中日新聞夕刊連載 「この道」 岡村喬生著 (第83回) より

      オペラとは、「音楽を主にして、最初から最後まで一つの物語を演じる舞台劇」なり。
      故に歌舞伎も能も、人形浄瑠璃も、京劇もオペラである。
      演技しない浪花節、物語になっていない手品やコントのショー、
      音楽を主にしない演劇はオペラとはいえない。
      たった一人の女性が電話で男と話すだけのプーランクの「声」も、
      上演時間十分ちょっとのヒンデミットの「行き戻り」という変わった舞台音楽劇も、
      オペラのレパートリーである。
      そして、ミュージカルはマイクを使うところがオペラとは異なっているが、
      立派な「現代のオペラ」である。

      今から二百五十年ほど前に始まった産業革命の結果、
      人間の生活は驚くべき革新を遂げた。

      オペラの舞台にもガス灯、続いて電気照明が登場し、それまでの、
      暗いろうそく、オイルランプ照明の下で使われていた、
      幕などに絵を描いた書き割りの大道具はウソが見えてしまい、
      立体的な大道具を製作せざるを得なくなった。

      ごく近代になり、発泡スチロールの登場でその大道具が軽くなって
      製作が容易になり、さらに舞台転換が電動で素早くなった。
      最近では舞台が上下両側と後方、そしてせりで下から上がってくる
      四面舞台が登場し、昔は人力で一時間もかかって転換した舞台が
      数十秒で変わってしまう。

      一番の革新は、前世紀初めのマイクの登場である。初めはスタンドに仕込まれて
      舞台に出ていたマイクは、今では髪の中に仕込まれ、舞台床に組み込まれ、
      客席からは使用していることが分からない。
      オーケストラボックスにも電気拡声技術は導入され、楽員は十分の一ほどに
      リストラされ、シンセサイザーがいくつもの楽器を掛け持ち演奏する。
      小さな声の歌手の歌は拡大でき、舞台はるか後方のささやき声が、
      もっとも客席に近い役者の声より大きくできるようになった。
      それがミュージカルである。

      ミュージカルは、生の声が大会場に届く歌手でなくても歌え、
      高低の少ないよりポピュラーな歌唱になり、バレエと芝居の部分が拡大し、
      歌と同じくらいの配分となった。
      かくて、コストをオペラよりぐんと下げたミュージカルの入場料は下がり、
      大衆動員を可能にした。質はともかく、量においてオペラを凌駕したミュージカルは、
      現代の舞台芸術の主である。

      成熟過程にある日本のオペラは、上演する側の理屈でなく、
      ミュージカルのようにもっとお客の方に顔を向けなければならない。
      ミュージカルも、利潤追求のために楽員をリストラし過ぎたり、
      オーケストラをカラオケにするなどの手抜きをしてはならない。

      日本語で歌われ、日本の音楽語法を使って日本人が書いた国民オペラと、
      高額の著作・上演権料を払わないで済む、日本人に身近な物語の和製ミュージカル。
      ともに世界のレパートリーとなるようなものを創造することが、今一番必要である。

      日本では両方を歌い、ヨーロッパではオペラ出稼ぎ人だった者として
      痛切に感じるのだ。

 

 

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