金融とお金
1972年から73年にかけての世界経済は景気の著しい拡大とともに、インフレ間題を共通の課題として浮び上がらせてきました。これと平行して、国際通貨情勢もスミソニアンの合意によっては改善されるところがなく、逆に悪化の一路をたどってきました。つまり72年の6月には、ポンドが投機対象となりEUの適貨同盟から脱落し、変動相場を採ることになりましたが、次いでイタリアのリラが同じ運命に見舞われるようになりました。リラは各国の協力によって一時は窮地を脱したかに見えたが、1973年に入ると、二重為替市場の創設を余儀なくされました。しかし、イタリアのこの決定は直ちに隣国スイスに飛び火し、スイス当局は一時的措置と称して、フランの自由変動を認めることにしました。しかし地滑りはこれだけでは収まらず、今度は再びドイツ・マルクに対する投機が始まりました。日本のお金円もまた例外ではなく、またしても全面的通貨危機が再燃するに至り、ドルは無造作に10%の再切下げを断行し、この結果円は、いわゆるIMF方式の変更率で2.2%の対ドル再切上げとなったのでした。円、リラはこれを機に全面的フロートに転じました。ところが危機はこれでもなお収まらず、各地でまたもや大量のドル売りが発生し、各地の為替市場がまたまた閉鎖されるという事態となりました。そしてブラッセルで開かれたEC蔵相会議は、イギリス、イタリア、アイルランドを除く六力国の通貨をドルに対して共同してフロートさせることを決議しました。またアメリカは、必要とあらば自らも為替市場に介入してドルを買い支える約束を行いました。しかしぞの後も事態は改善されず、アメリカにおけるウオーターゲート事件の審査進展と絡んでドル不信は止まるところを知らず、加えて、アメリカが口約束だけで市場介入をいっこうに実施しなかったことに対する不信感も手伝って、6月には、またもや危機的様相となりました。この結果マルクは、3月の共同フロートの際の3%切上げに続き、6月29日、5.5%の再切上げに追い込まれました。この間にもインフレ進展の度合いも、ますます急ピッチとなっきました。アメリカでは、家計消費者物価の上昇が、47年8月は前年同月比2.9%であったものが、48年5月には同じく5.1%となり、卸売物価は同じく4.4%であったものが、48年5月には12.9%の急上昇となりました。日本でも、7月中旬の卸売物価は、前年同月比15.5%と朝鮮動乱の混乱期を除く、最大の上昇記録となりました。その他諸国の情況も大同小異であって、いまや制御し難いインフレが止まるところを知らず世界を覆っていました。このような情勢に6月6日からバリで開かれたOECD間僚理事会は、インフレ間題を最優先の議題として取り上げましたが、結局は需要抑制策を中心に各国政府がインフレ抑制を優先させる必要があるという趣旨の共同声明を採択したに止まり、なんらかの妙案も思い浮びませんでした。各国の対策は主としして、金融引締めによっで総需要を抑制するという、正統的な政策を出ることはありませんでした。この結果金利は、世界的規模で急上昇するに至りました。アメリカでは73年に入ってから7月末までに、実に6回にわたる公定歩合の引上げが行われ、遂に7%という、1920年当時と何水準に達し、さらに、預金準備率も最高18%にまで引上げられた。また、大手商業銀行のプライム・レートは8.75%という記録的水準に達しました。イギリスでは、イングランド銀行最低貸出金利が同じ日、9%から一挙に11.5%に引上げられ、西ドイツではコールの金利が30%という異常高となり、連銀の手形再割対率は7月23日、15%に引上げられた。こうした点では日本もまた例外ではなく、公定歩合と預金準備率が、6月末までに3度にわたって引上げられました。しかし、このような稀れにみる厳しい引締めにもかかわらず物価の高騰は止まず、その一方において景気を押し殺す効果だけが現われようとしていました。アメリカにおいてはすでに、第24半期の成長率は前朝の3分の1弱の2.6に落ち込んでおり、インフレ倒整も次第に増加しようとしていました。日本ではまだ景気鈍化の兆しは現われていませんでしたが、原材料品の市況は過熱状熊となり、供給は需要に追い付かず、中小需要家は次第に苦境に追い込まれていきました。この上秋口から景気鈍化、消費滅退が重なれば、急成長をして材務内容のわるいところから倒産が続出する怖れもありました。西ドイツでも7月初めに至って、大手建築会社と、それと深い関係にあった銀行の道づれ倒産が明るみに出て、産業界に大きなショックを与えた。1973年の状況は、戦後初めて主要先進国の景気が一斉に拡大しているところありました。、アメリカの景気の拡大テンポが鈍化するにつれて、他国もこれ一斉に追随し、世界的不況に陥る公算が大きく、その間にも、インフレ倒権の激増から信用恐慌を沼く怖れもなしとしない状混でした。
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