「ものは相談だが古市くん・・・・怒らせた相手の機嫌ってどうすれば戻るもんなんだ?」 人は変るものなのです 穏やかで天気のいい昼下がり。 屋上で昼食をとっていた最中、前触れもなく男鹿が口にした科白に古市は大きく目を開いた。 危うく齧りかけのパンを落としそうになってしまって、慌ててしっかりと持ちなおす。 動揺しているのが自分でも解った。何と答えて良いものか。 なぜなら彼の吐いた言葉は、彼が口にするなど「絶対にあり得ない言葉」だったからだ。 科白から男鹿が誰かを怒らせてしまった事が解る。誰かとは聞かなくても十中八九あの男だろう。 普段なら誰を怒らせようが、例え悪魔を怒らせようがきっと「そんなもの知ったことか」で済ませるはず。 そんな男鹿が、だ。怒らせた相手の機嫌を戻したいと相談してくるなんて。 古市とて付き合いは長い。だがこの数年に渡る付き合いの中、謝ってもらった事など一度もないのだ。 と、口にすればそれこそ自分など「古市だから」で済まされてしまうのが落ちだろうけれど。 午後から大雨、もしくは雪でも降るんじゃないか―・・・いや最悪天変地異の前触れではないか。 古市は興味半分、怖さ半分な気持ちで、ベル坊を膝に抱えてミルクを与える男鹿に質問を返した。 「・・・・・えと、男鹿・・・・・怒らせた原因とかって聞いてもいいか?」 「知らねぇ、気づいたらなんか怒ってた」 けろりとそう言い放つ男鹿は少しも悪びれていない。 「知らないって・・・何かないのかよ、それが解んなきゃ謝る事もできねーだろ」 「謝る気なんてねーよ。ただアイツの態度が気にくわねぇから・・・あークソッなんでもイイから早く考えろっ」 「なんでもってお前なぁ、んー・・・原因は解らない、でも非は男鹿にある事は間違いないのか?」 「だと思う。アイツここ2、3日連絡も寄こさねーし口聞きもしねー」 「マジで!!マジでお前何しでかしたの!!」 本日二度目の動揺が古市を襲う。 今度こそ食べるタイミングを失って半分ほど残っていたパンを手元から落としてしまった。 男鹿が怒らせた相手―・・・恐らく本人ははっきりと言わないが恋人である東条に違いないだろう。 だが彼が男鹿に対して怒りを露わにするなど信じ難く、考えにくい。 今までも喧嘩の原因になりうる出来事は多々あったが、一度として喧嘩に発展した事など無かった。 ひとつは東条の、見た目を裏切る大らかな性格がそうさせているのかもしれないが、それ以上に東条の 男鹿への惚れこみぶりが半端ではないからだ。 古市からすれば「俺もアナタも趣味、悪いよね」な訳だが、兎に角傍目に見ても解ってしまうくらい半端ない。 それ故、傍若無人な恋人であっても彼が口を聞かぬほど一方的に怒るなど―・・。 「取りあえず話合えよ、解んねーなら直接聞け」 「もう聞いた。聞いたけど解んねーならもういいって・・・・」 初めてその時、男鹿の表情が歪んだように見えた。 珍しく少し戸惑ったようなそれは滅多にみれるものではないもの。なんだかんだと気のない素振りを していてもちゃっかりしっかり両想いなのだ、古市は今更当てられたことに気づいてため息を付く。 そうして男鹿のズボンのポケットから覗いていた携帯を事もなげに取り出して、着信履歴を開きだす。 「おい何勝手に」 「電話かけるんだよ、東条さんに。で、言え。会いたいですって」 「・・・・はぁ?!会いたくねーよ別にっつか掛けるな!」 言いあっている内に無機質なコール音が僅かに携帯から漏れ始めた。 ギクリと男鹿の身体が揺れ、手渡された携帯を恐る恐るといった形で耳に当てる。 ちなみに古市が見たところ、発信履歴には誰の名前も残っていなかった。実質これが初めての履歴。 思っている事を口にするのが下手くそで、勘違いされやすい事を古市は知っている。 強引にしすぎたかもしれない、とは思ったがこれくらいしないと男鹿からのアクションはきっと・・・ 否、限りなくゼロに近い割合で無い。 東条は待っているはずだ、男鹿からのアクションを。 「・・・・・・・・・繋がったか?」 「出ねぇ」 「え」 「・・・・・・・あのヤロー・・・」 ミシ、と携帯の軋む音とともに勢いよく立ち上がった男鹿は踵を返して屋上のドアのほうへ歩き出す。 タイミング良く昼休憩終了のチャイムが校舎に響き渡った。 「ベル坊、行くぞ。しっかり捕まっとけ」 「ダ!」 「ちょ、男鹿っ?!」 チャイムの鳴り終わりる瞬間はまるで試合開始の合図のようで。 走りだした男鹿にはもう、古市の声は聞こえてはいなかった。 ********* 軽快な音楽を奏でながら震える携帯をじっと見つめる男の姿は、傍から見れば異様である。 教室の片隅に座り、画面を見据えて親指がボタンに触れるか触れまいかの処で 電話に出るのを押しとどめているのか、何かに耐えているようでもあった。 「あのー・・・東条さん、何やってんすか?早く取らないと切れちゃいますよ」 見かねた相沢が声を掛けるも聞こえていないのか返事はない。 そうこうしている内に東条お気に入りの着メロが途絶え、手の中の携帯はまた静けさを取り戻した。 だが、なおも携帯を見つめてため息をつく彼はここ2、3日ずっと浮かない顔をしている。 正直大きな男が落ち込む姿など鬱陶しく思えたが、下手にその話題を振ればいらぬとばっちりを 食らいそうで相沢はずっと黙視していたのだ。 原因は痛いくらいに解っている、解っているからこそ巻き込まれたくないというか。 「・・・・切れちゃいましたね・・・・掛けなおさなくていいんすか」 「・・・・・・・・・・・・・・男鹿からだった」 「あ、良かったじゃないですかぁ。アイツから掛ってくるなんて初めてっ・・・・・と」 余計な事を口にして慌てて手で口を押さえる。 「そう。初めてだったんだ今の・・・・だから余りに感動しちまって―・・・」 「出れなかったんすか!?バカかアンタぁあああ!!今頃怒りまくってますよアイツ!!」 仲直りしたいんじゃなかったんですか、と捲し立てる相沢に軽く左手での鉄拳を見舞って 東条はのそりと席を立ち、教室から出ていく。 「仲直りするチャンス」そんなことは百も承知の上。 携帯に出なかった理由は嬉しさ故、だけではない。確かめてみたいという気持ちもあったからだ。 初めて掛けてきた電話に出なかった己に対する男鹿の反応を―・・・。 教室でると同時に鳴り響いた昼休憩終了のチャイム、騒がしかった廊下に人気が少なくなる。 男鹿専用に設定した携帯のメロディはあれきり流れてこない。 やはり今度も自分が折れるべきなのだろうか。 喧嘩のきっかけは些細なことだ、しかも一方的なもので恐らく男鹿には原因など解りはしない。 仕方ない、と誰にも聞こえないほど小さく呟いて、東条は鮮やかに脱色させた髪の毛をガリガリと掻いた。 その時だ。 廊下の反対側から走ってくる1人の生徒の姿があった。 それはどんどん近付いてきて、背中に緑色の髪の毛をした赤ん坊を担いだあれは間違いなく。 「お・・・・」 「っらあああああああぁぁ!!」 飛んだ。と、東条が思った瞬間は顔面に男鹿の足蹴りがヒットした瞬間でもあった。 数メートルは吹っ飛んだのではないだろうか、大きな音と共に廊下を転がった巨体に男鹿は 間髪いれずに乗りあがってマウントポジションの姿勢をとる。 「・・・お、がっ・・・お前、オレを殺す気か・・・・」 「おーおー死ねば?人のこと無視しやがって何様だテメーは」 「なら、解ったんだなオレが怒ってる理由・・・・ちゃんと反省したのかよ」 「あぁ?テメーの怒ってる理由だぁ?」 見下げてくる男鹿の表情は読み取りにくい。ただはやり相沢の言う通り、先ほど携帯に出なかった事を 随分怒っているのか、ドス黒いオーラのようなものを纏っているかに見える。 もう一発くらい食らうか、と来るべき衝撃に身構えた東条にふと影が覆いかぶさった。 ふわりと漂うのはミルクの匂い、口唇に触れる感触は実に3日ぶりのもの。 ぬるりと口腔内をひと舐めして出ていった男鹿の舌が名残惜しくて、追いかけたが逃げられてしまう。 それでも至近距離で見つめてくる彼はいつものようなふてぶてしさはなく、何処となく弱くも見える。 「ん、なもん知ったことじゃねー。だけどオレが悪かったならー・・・謝ってやる」 「ほんっとお前って・・・・・素直じゃないな」 「うるせーバカ東条、でもよ、悪かった、から・・・」 もういいとか、二度と言うな。 耳元で呟かれたそれは東条が喧嘩の最後、投げやりになって言った科白だった。 言った事など忘れていたが男鹿はその言葉に多少なりとも傷ついたのだろう、改めて考えれば 売り言葉に買い言葉とはいえ酷い言葉だ。よく嫌われなかったものだと東条は思う。 再び降りてきた柔らかな感触に、今度こそ舌を絡めた。 余すとこなく舐めて絡めて、味わって。 久しぶりの感覚に此処が学校で廊下だという事も忘れて行為に没頭してしまいそうだった。 引き戻してくれたのは男鹿の背中に乗っかったままのベル坊で、不思議そうに二人を見つめる 純粋無垢な瞳に居たたまれなくなったからだというのは大人の事情である。 「アウー・・・」 「おっと、ベル坊すまねぇ暫く辰巳借りてもいいか?」 「ダ」 「・・・・勝手に決めんな・・・・それより東条、機嫌なおったのか」 「機嫌?・・・・―あ、そうそう機嫌なぁ」 「はっきりしねーなオイ」 「いや、あともうちょっとで治りそうでな。協力してくれるよな?」 グッと腹に力を込めてマウントポジションの体制から上体を起こし、後ろに転がりそうになった 男鹿の身体を抱えてそのまま立ち上がる。軽々と抱えられた男鹿は少し驚いているようであった。 「コラッ離しやがれ!つか協力ってなんだよっ」 「んー?きっと“英虎大好きにゃん”っつってベッドで可愛く誘ってくれりゃー治るさ」 「へ」 目を見開いて驚く男鹿に、軽いキスを送りながら歩く東条の爆弾発言に。 「変態かコノヤロオオオオォォオ!!」 2発目の痛恨の一撃がヒットしたのは言うまでもない。 END |
結局喧嘩の原因は解らずじまい(笑)いいんです、彼らがイチャコラしてくれればいいんです。
ウチの男鹿さんは一切気持ちを言葉にしませんからね、可愛らしくさせるには根気がいります。
いつかはちゃんと「好き」だって伝えさせてあげたいんだけど・・・遠い。
苦労しますな東条さん・・・・。