自分には一生無縁の場所だと思っていた。

色とりどりの華やかな衣服に着飾られたマネキン達が立ち並ぶ、豪華なショーウィンドウ。

女性の視線を惹きつけるディスプレイ、大きく掲げられたセールの文字も魅力的だ。

今デパートまさに夏のクリアランスセール真っ盛りの時期にあった。

見渡す限り男性の姿はほとんどなく、流行りのブランド服を買ってもらおうと甘える彼女につき従う財布男が

ちらほらと見えるだけ。明らかに浮いているのではないだろうか?

そう、大型デパートの婦人服売り場など、男鹿 辰巳――・・・自称“男”には15年の人生経験の中で、

足を踏み入れた事など皆無に等しかった。

居心地の悪さにキョロキョロと辺りに視線を泳がせる。


「おい・・・・・」


出来るなら今すぐにでも逃げたい。逃げ出したいが、右腕をガッチリとホールドされた状態では

いくら男鹿とて難しい。何故ならその腕をホールドしている人物が男鹿の唯一頭の上がらない、姉の

男鹿 美咲その人であるからだ。

己の腕を引っ張って人の波を逆らうようにデパートの中を歩く美咲は非常に楽しそうで、男鹿は機嫌を損ね

無いように控えめに声を掛けるが反応がない。


「おいって言ってんだろ。こんなとこ連れてきて何しようってんだ」

「煩いなー、何って買い物じゃん?見てわかるでしょ」

「・・・・じゃなくてよ、アネキの買いもんなんかにオレが付き合っても何もわかんねーって」

「誰が私の買い物なんて言った??」

「・・・・あぁ?」

「喜びなさいよ、あんたに服をプレゼントしてやろうって言ってんだから」


このお姉さまが、と。

瞬間、男鹿の身体が固まる。

誰が誰の服を買うって?オレの服?このキラッキラしたフリフリしたスカスカの?


「は?!ちょ、いらねーよこんな服!ってかオレは男だ・・・・て、おいアネキ!!」


目的地に着いたのか「まずはここね」と声を弾ませながら、美咲は慌てふためく自称“弟”を店の中へ

引き摺って行く。その行動は強制で命令。


「まずはって何だまずはって・・・・!」


こうなってしまっては何を言っても聞かぬ事は血の繋がった姉故、嫌なほど解る。

店に入ったとたん満面の笑みで迎えてくれる若い女性店員達。一斉に揃っての「いらっしゃいませ」の

甲高い声に、男鹿は後ずさりしたかったが逃がすまいと腕を掴む美咲の力は緩まない。

その気圧されそうな店の雰囲気に呑まれながら、男鹿は美咲の選ぶフリルだらけのそれに

気が遠のくのをギリギリの処で踏ん張るのだった。












             辰巳ちゃんの憂鬱   − カレカノ番外3 −












「あー、楽しー。私ずっと妹が欲しかったからさ。ほら辰巳、今度はこっち着て!今着てるのと
 比べて可愛い方買うから」


女の買い物とは恐ろしいものである。

そのバイタリティや否や、体力に自信のある男鹿でさえも辟易するほどだ。

彼これ広いデパートの中を行ったり来たり、階段を上がってはあれやこれやとすでにこの店で5件目。

買い物袋はいつの間にか両手に余るほど。妹が欲しかったと言う美咲の言葉は、自分では絶対に

着ないような可愛らしい服を持ってきては男鹿でファッションショーを繰り返すあたり本音だろう。

下に産まれたのが弟だったが為に潰えた夢が、その弟が突然妹になったことによって現実となったのだ

つい財布の紐が緩んであれこれ買ってしまう美咲の浮かれ具合も無理はない。

ヒルダが持ってきた魔界の怪しげな薬を飲んだ所為で男鹿 辰巳は現在女性化中である。

彼自身認めていなくても身体は正直とはよく言ったものだ、同性ならば誰もが羨む豊かなバストと

相反して引き締まったモデル体型はどこからどう見ても女であった。

男鹿の今の格好は男の時と変らないTシャツにジーンズといったラフな服装だが、如何せん男物故に

サイズが合っていない。しかも合う下着が無い、との理由でノーブラ状態。

それを見かねた美咲が形が崩れる!と叱咤して、渋る男鹿を連れてデパートにやってきたのが発端である。

丁度いつも傍に居なくてはならないベル坊もヒルダと共に里帰りしている最中であったので

こんな人混みの中での買い物にはうってつけであったのだ。


「それにしても、ほんっとムカつくくらい良い重量してるわ・・・形も最高だし」


新しく持ってこられた服を着るために試着室で脱ぎ始めた男鹿の胸を、何時の間にか一緒に入ってきていた

美咲が背後から両手で持ち上げてふにゅふにゅと揉む。

先ほど買ったフリル付きの可愛らしいブラジャーに包まれた実は掌では収まりきらない。

その羨ましいほどの大きさに、フツフツと怒りが込みあがってきたのか美咲の眉間に皺が寄る。


「・・・・・このまま握り潰してやろうかしら」

「やめい!お前が言うとマジでしそうで怖いわっ!!もういいから出てけよ、これ着るんだろうが」

「大きい割にはブラ付けなくっても垂れないし・・・・喧嘩売ってんの?」

「知るか!!」











********










結局、男鹿がデパートから出てこれたのはそれから2時間も経ったあとであった。

服にスカート、靴に鞄。

一通り上から下まで、それこそ中まで美咲の好みに仕上げられた男鹿は、疲れ果てた表情を隠しもせず

2歩ほど前を歩く姉の後ろ姿に大きなため息をついた。

上体を締め付ける下着が息苦しい、短いスカートに足が落ち着かない。

履きなれないヒールのある靴にしてもそうだ、先ほどからよろよろとふら付く姿は危なっかしい。

実は買い物が済んだ後、化粧品売り場でメイクまでもさせられたのだ。


「アネキ・・・・もう帰れるんだろうな、いや、何と言われようと帰るからな」

「だらしないなー、このくらいでバテてちゃバーゲン初日なんて乗り切れないんだから」

「バーゲン行かねーし」

「バーゲン舐めてんじゃねーよ」

「舐めてねーよ!もう主指が違ってんだろーがソレっ」


街中で言い合いを繰り返す姉妹はとても目立つ事を知らない。

男鹿の声の大きさにもよるが、その二人の見目麗しい容姿が人々の視線を釘付けていく。

そんな中、勇気ある男2人組が言い合いながら歩いていく姉妹に声を掛けようと少しづつ近づいていた。

もう背中数メートル後ろまで近付いていた男達は呼びかけようとして――・・・。


「ん?あれって虎じゃん、おーい!」


本当に偶然だったのだろう、美咲が見つけたのは派手な金色に近い髪をした大柄な男。

虎と呼ばれたその人物は呼ぶ声に気づいたのか美咲と男鹿の方を見やった。


「げっ」

「あ。向こうも気づいたみたい、こっち来てるよ辰巳」

「・・・・アネキ、荷物は任せた」

「は?・・・こらっ辰巳?!何処行くつもりよアンタの彼氏でしょーがっ」

「彼氏じゃねーですううぅ!!」


突然荷物を押しつけて走り出した男鹿に、美咲は「逃がすか」と言わんばかりに持っていた空の

缶ジュースを思いっきり投げつける。自称“弟”の頭にヒットさせる筈だったそれは、ちょうど声を掛けようと

真後ろにいた男二人組の片割れの額にクリーンヒット。


「そんなとこにつっ立ってると危ないけど?」

「・・・・はい・・・・すみません・・・」


何が危ないのか、もしかすると例えば目にも止まらぬほどの早さで空き缶が飛んでくるかもしれないから

だろうか――・・・彼らには解らなかったが、取りあえず捨てといてねと言われた空き缶を拾うのであった。











一方その頃、男鹿は慣れない靴で全力疾走した所為か足首に小さな靴ズレを起こしていて、痛みの

煩わしさに腹を立てて裸足で歩いていた。

ひょこ、ひょこ、と数歩歩いて持っていた靴を道端に放り投げる。

逃げ出したのは、こんな可笑しな格好をした自分を見られるのは耐えれないから。

身体が変っても男である男鹿にとって、女物の服を着る事は女装となんら変わりない。


(よりによってアイツに会うかよ、このタイミングで・・・)


そういえば朝から携帯に、今日は街へ買いたいものがあるから行ってくるとメールが入っていたのを

思い出す。一緒に行かないかと続けてメールが来たが、美咲と用事があるからと断ったのだ。

もともと会う確率は高かった。

追いかけてこないで欲しい、出来ればこんな姿をした自分を見逃して欲しい。

例え、先ほど美咲に言われたような関係であっても、だ。

けれど。


「お前なにやってんだ裸足で・・・・あー・・・ったく、ンな靴で走るから怪我すんだろ」

「ほっとけ。こっち見んな帰れ」

「解った解った。見ないから行くぞ、担がれたいのか?」


息も切らさずに追いついた大柄な男――・・・東条 英虎は転がっていた靴を拾って男鹿の腕を掴む。

そっぽを向いて目を合わせようとしない態度に苦笑しながらも、出来るだけ負担を掛けなように歩かせて

くれる優しさに、男鹿は気恥かしさからギロリと遥か上に位置する男の顔を睨みつけた。






「お、メイクもしてもらったのか?可愛いな」

「・・・ッ!・・・見るなっつったろーがバカ東条!」







顔を赤くして怒鳴る男鹿の、淡いピンクに色づいた口唇に一瞬だが掠めるように合わせる。





目を見開いて固まった彼女が、更に顔を赤くして男の横腹に重い一撃を与えるのはそのすぐ後の事。






























― おまけ −






恐らく怒り狂っているであろう姉の携帯に謝罪のメールを入れた男鹿は、ひりひりと痛む足首を

摩りながら、出されたコーヒーに口を付けた。

あれだけの荷物を放り出してきた代償はきっと大きいだろう。正直自分の家に帰るのが恐ろしい。

鬼の形相をした美咲の顔が脳裏に浮かんで、思わずフルフルと頭を振った。

出来ればほとぼりが冷めるまで此処で厄介になりたいくらいだ、そう思ってチラリと家主である

男の方を見やる。しかしこの男の元で厄介になる代償も、小さくはなさそうで。


「男鹿、服そのままでいいのか?これでいいなら着替えろよ」

「おう悪ぃな」


受け取ったTシャツは大きすぎたがこの際、今着ている服を脱げるならなんでも良かった。

徐にその場でスカートと上服を脱ぎ始めた男鹿に、ギョッと東条が驚いたのも無理はない。

たゆん、と服の下から現れた胸が揺れる。

上下セットで美咲に買ってもらった下着は派手すぎず厭らしすぎず、男鹿に良く似合っていて。

初めて目にする下着姿に釘付けになるのを抑えられず、東条の喉がコクリと鳴った。

彼女にそんなつもりはないと解っていても、元男ゆえの恥らいの無い行動なのだと解っていても。


「人の目の前でイキナリ着替え出すな。襲っちまうぞ」


東条から手渡された服を着ようとしていた男鹿の腕を引き寄せて、正面から抱きしめる。

柔らかく温かな身体に、彼女の匂いに煽られながら、白く美しく浮き出た鎖骨の上に口付けた。

咲いた真紅の花弁の上にも、もうひとつ、もうひとつ。


「・・・・もう襲ってんだろ・・・・エロ虎め」

「お前限定でな」






首元に回された猫のようなしなやかな腕に答えるよう、細い腰を更に抱きよせて。

不敵に笑みを浮かべる男鹿の、綺麗に弧を描く口唇へと影を落とす。

すぐさま滑り込んできた東条の熱い舌に、彼女もまた行為に没頭するよう静かに目を閉じた。

















END














番外編その3。姉、美咲と買い物へ行くの巻(笑)
良く考えたら女物持ってないだろ男鹿さん、と思って妄想が膨らみました。
下着姿の男鹿さん・・・・誰か描いてくんないかな・・・・。
彼は小さな頃から姉に女物の着せ替えで遊ばれていた人なので慣れてはいますが、慣れているゆえに女装なんです。
彼に、女だという意識はありません。
きっと意識するのは虎さんに抱かれてる時くらいなんじゃないでしょうか。