それはある晴れた、日曜の昼間のこと。
男鹿 辰巳は満面の笑みを浮かべて友人宅へと足早に向かっていた。
なんでも人気パティシエの新作を食べさせてやるから家へ来いと朝一番に友人―・・・
古市 貴之からメールが届いたのだ。
ここ最近友人宅を訪れるのはご無沙汰になっていたので、久しぶりにゆっくりと
美味しいケーキをよばれながら、古市が入れた紅茶とともにあの空間で寛ぐのもいいかもしれない。
付き合いが長いせいか、部屋にしみ込んだ古市の匂いが何故かとても落ち着く。
常に己の傍にあるものだからだろうか。
中でも男鹿のお気に入りの過ごし方は、ベッドに寝転びながらダラダラ雑誌を流し読みすることだ。
「俺の部屋なんだけど」と古市は咎めるが、実のところ怒っているのは素振りだという事をしっている。
彼女が、デートが、と捲し立てるが結局は己を最優先に動いてくれることを
長年の付き合い上確認したわけではないが理解しているのだ。だから少々の我儘も言う。
いや、少々どころではないかもしれないが。
擦り込みとは恐ろしい、と、いつか何処かで古市が呟いていたが、それだけが唯一、
男鹿の知らぬことろであった。
ほら、あの曲がり角を曲がってまっすぐ進めばもうすぐ見えてくる。
通いなれた道は意識せずとも目的地まで導いた。
普段無表情に近いほど口元を一文字に閉ざしたそこが綻んでいく。
彼は今、とても上機嫌であった。
そんな男鹿の機嫌の良さを察したのか、背中にしがみ付いているベル坊も嬉しそうにキャッキャと
はしゃいでいる。一応暴れて落ちるなよ、とだけ制しておいた。
「ふっるいっちくーんあーそびーましょー」
世界は希望に満ちている
「・・・・・・・で?これはどういうコトですかな古市君」
「俺に聞くな。俺は被害者だ」
美味しいケーキに美味しい紅茶。
確かにそれらは古市の部屋に用意されていた。人気パティシエの新作ともなるとそれはもう美味だ。
遠慮もなく柔らかな生クリームに包まれたスポンジにフォークを突き刺して食べる。
何も不満はない、ケーキに罪はないのだ、不満があるのはこの状況だ。
「被害者たぁ酷くね?俺は別にお前に用があってきた訳じゃねーし」
「ちなみに俺ら二人はただ着いてきただけだからお構いなく」
「悪いな、そこでばったり会ったものでな」
三者三様、言い分は違えど招かれざる客だということを解っているのか、いないのか。
ベッドサイドに凭れかけてケーキを突く男鹿の横に、当然のように座る東条の姿があった。
プラスさりげなく腰に腕を回して引き寄せている事に誰もが気づいていたが、突っ込みはしない。
二人の間に挟まれてミルクを飲むベル坊はさながら夫婦の愛の結晶のようで。
(よそでやってもらって、いいですか)
悲しいかな、古市の心の声は届かない。
その邪魔にならぬよう、しかし遠慮など無きにしも非ずといった態度で居座る相沢に陣野。
律儀に彼らにも紅茶を出したのか、その手にはティーカップが小ぢんまりと持たれていた。
揃うはずのないメンバーが自分の家に、此処に集まっている。
その状況を古市はあり得ないと思いながらも、きっちり客人を持て成すところを見れば余裕があるのか、
今まで男鹿の破天荒さ故に、散々非現実的な事を見てきた彼にはまだ受け入れられる
キャパシティが残っているようだ。
「じゃ、お前ら一体何しに古市んトコヘきたんだよ」
あたかも邪魔だ、と言いたげな男鹿の不機嫌な発言。
せっかくリラックスタイムを満喫しようとして訪れた彼にとって、それを崩された恨みは大きい。
「何しにってお前に会いに来たに決まってるだろ。ケータイ繋がんねーし家にかけたらダチのとこだって
親御さんが言うからよ。ほら男鹿、口にクリームついてんぞ」
「ん」
「で、俺とコイツは東条さん見かけたから着いてきたってワケ」
くい、と親指を向けて陣野を指さす相沢。それにコクリと頷いて紅茶を啜る陣野。
生クリームのついた男鹿の口元を舐める東条の行動については、こちらもまた誰もがスルーの方向だ。
認めているわけでも諦めているわけでもなかったが、人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られるどころか
手のつけられなくなった虎に叩きのめされてしまう。触らぬ神になんとやら、というもの。
事実、東条の執着したものに何かをしようものなら全力での制裁が落ちる。
可愛らしい動物然り、男鹿然り。
「どーでもいいけど、俺は今からゴロゴロするんだよ。邪魔すんなら帰れ」
「相変わらずひでぇ奴だな、折角会いに来てやったのに。寝るなら俺んとこ来いよ」
「嫌だ。安心して眠れねーだろソレ」
「あのすいませんがココ俺ん家なんでイチャつくなら出てってください」
自分の部屋のようにベッドに上がって寝転んだ男鹿と、追って覆いかぶさろうとした東条に
さすがの古市も止めに入る。こんな処で始められたら堪ったものではない。
この二人はあまり他人の視線というものを気にしないのか、学校でも外でも・・・・他人の家だろうが
ギャラリーがいようが関係なくその気になってしまえば平気で絡み始めてしまうのだ。
男鹿に至ってはこういう性的行為に疎い所為もあってか、基本嫌だと感じなければ拒みはしない。
貞操観念が欠けているとは思いたくもないが。
許した人間は驚くほど自分の懐に入れてしまう。古市もその事は身をもって解っているのだ。
昔の苦い思い出が脳裏に蘇るようだった。
そんな折、ポン、と思い出したように手を打った相沢に全員の視線が集まる。
「そうそう!イイもの持ってきるから皆で見ようよ」
「庄司?」
「東条さん家に持ってこーと思ってたんですよ。コ・レ!秘蔵モンらしーっすよ」
「これって・・・・・」
これ。
袋から取り出されたのは一枚のDVD。
タイトル≪放課後の教室 乱れた課外授業≫。
「・・・・・AV?」
寝転んでいたはずの男鹿がいつの間にかベッドから身を乗り出すようにして取り出されたそれを見つめ、
ぽそりとそう呟いた。表紙をみて相沢以外が身を固まらせたのは言うまでもない。
何故このタイミングで、このメンツでAV。しかも今は日曜の真昼間。
「庄司、お前何考えてるんだ?虎が好んで見るのは子猫物語やワンワン物語・・・」
「それも怖いななんだか!」
しまった、ツッコんでしまった先輩に。古市は慌てて口を手で塞いだが、言われた陣野は
気にしていないのか相沢に向かってため息をついている。
そんな古市の目の前に突き出された、一枚のDVD。色っぽく学生服の上着を肌蹴させた女子高生らしき
少女の写真が表紙のそれは紛れもなくAVだ。確かに多感な時期であるこの年頃の男であれば
一度や二度は目にしたことくらいあるだろう。厭らしい雑誌だってそうだ。
学校などクラスで回して見たり読んだりすのは基本中の基本。だが今は状況が違う。
思わず受け取ってしまってから、とんでもない事態になっていることに古市は気づくのだった。
「まーいいじゃん。ほら古市クン、それセットして。この部屋テレビないけどノートパソコンくらいあるでしょ」
「うぇっ?!ま、マジですか・・・・」
「おい庄司、やめとけよ古市クンが可哀想だろ。俺がやってやる」
「・・・あんたがすんのかい!!!」
何処から見つけてきたのかしまってあったノートパソコンが、いつの間にやら東条の手元にある。
楽しそうにコンセントを繋ぐ彼らに、最早「他人の家ですよ」とは言えない古市であった。
DVDを取り出してセットすると、画面が切り替わる。
「俺はパス。この赤ん坊と一緒に隣の部屋にいる」
「ダッ」
呆れた様にそう言って、陣野は男鹿の膝に座っていたベル坊を持ち上げて部屋を出て行った。
残ったのは男鹿に古市、東条に主犯である相沢の4人。
映し出された映像は学校の教室のようで、そこで複数の先生と思われる男性教師と女子生徒が1人。
嫌がる少女を無理矢理押さえつけ、行き成り服を脱がす場面から始まると言ったストーリーも何もない、
まさに“それ”専用のAVといった感じのものだ。
「この主役のレイカちゃんが今イチオシの女優らしいですよ、ショートカットで猫目がちで
ボーイッシュな分こーゆー無理矢理系が多いみたいですね」
「・・・・・・これ、誰からの回し物だ?」
「夏目ってヤツです」
見たら絶対気に入るから、といわれて借りたものだが確かにこの女優は相沢のそそるタイプだ。
チラリと東条と、古市と呼ばれている後輩に視線をやったが恐らく同じ思いなのだろう、少し困惑した、
それでも興味はあるといった表情で画面を見つめている。
つまり彼らの心境を語ると、この女優が知り合いに酷似している事に一目見て気づいて、
それが誰だか瞬時に気がついてしまって、その人物が今まさにこの場にいる人物だという事態に
さらにうろたえまくっている、と言ったところだろう。
― 言ってしまえばレイカと言うAV女優の顔が男鹿 辰巳に酷似している、という事だ。
相変わらずの無表情でそれを眺めているのはこの状況下では当の本人くらいで。
頬を赤らめるでもなく、食い入って見ているわけでもなく、まさかこの場にいる男共に、
女優と自分を入れ替えてみられているなどとは知らず、ただ画面を見ている。
「男鹿クンはこーゆーの、キライ?」
「嫌いも何も見るの初めてだし。つっかオモシロイか?こんなの」
音量は控えめにしていたが、少女の甲高い悲鳴が部屋に響く。
丸裸にされた少女が大人たちに良いように嬲られていく様が繰り広げられていくのに、男鹿は
不愉快そうに眉を顰めた。内容がどうのという訳ではなさそうだ。
あまりこういった物が好きではないのかも知れない。免疫がないとはいえ明らかに嫌悪を催している。
「・・・・・この女、ホントに気持ちがいいのか?」
「どうだろうな、でもお前だってああされるとイイだろ?女も一緒だろ」
しゃぶられるの、好きな癖に。と耳元で東条が囁く。聞こえてますからとは誰も口にはしなかった。
だがその科白が聞こえてしまって、不運にも想像してしまった古市はご愁傷様と言うべきか。
只でさえ映像の中では想い人である男鹿に良く似た少女が、大勢の男たちに弄ばれているのだ、
視界に入ってくる映像と、東条の科白が余計リアルに“その光景”を脳裏に想い描かせてしまう。
(うわー!うわー!!俺のばかああぁぁっ)
男として当然の反応とはいえ、今の状況では死んでも見せられない。気づかれたくない。
想い人とその彼氏とその彼氏の部下がいる最悪の中で、想い人に良く似た女優主演のAVで勃起。
なんたる悲劇、間違いなく殺される。彼氏に。
「古市、何か挙動不審な行動してるぞお前」
「ううううっさい!放っとけよ」
「・・・・・・あぁ、もしかして勃ったのか?」
「だからお前もうバカ野郎!空気よめやホント放っといてえぇぇ!!」
「あはは古市クンてオモシロイなぁ、ね。東条さん」
「いや全くだなー。面白すぎてなんか殴りたいかもなー」
顔は笑っているが目が全く笑っていない東条が手をバキバキと鳴らす様は、今までにも何度も
見てきた光景だ。しかし今回ばかりは洒落にならないだろう。
自分の恋人をオナニーのオカズにされたとあっては黙っていられる訳がない。
まさに東条自身が古市と同じ視点であのAVを見ているものだから、相手がどんな事を想像して
いるのかなんて手に取るように簡単に解ってしまったのだ。
相沢までもがそうだとは、気づかなかったようだが。
これはもうAV鑑賞など悠長にしている場合ではなさそうだ、自分の家にいながら逃げ場所を探さなくては
ならないなんて。理解できる事はとにかく古市にとって味方は誰ひとりいない、ということ。
そんな切羽詰まった空間に、男鹿の一言がさらに亀裂を入れることになろうとは。
「抜いてやろうか?久しぶりだしよ」
ベッドに上がっていた男鹿は逃げ腰になっている古市の傍まで歩み寄り、こう言ったのだ。
どれくらい前だったかな、なんて首を傾げながらわずかにジーンズを押し上げる古市のジッパーを
下げにかかる手は躊躇いも恥らいもない。
「お、男鹿!ちょっ待て!東条さんいるのにおまっ・・・・」
「なんだよ別に普通なんだろ、男同士で抜きあうくらい。何度もやったじゃねーか」
「それ、はあの・・・・」
「キモいから遠慮とかヤメロ。解ったら手ぇどけろって、出せねーぞ」
少し屈んで見上げてくる男鹿の上目づかい。不機嫌そうに眉を顰めるそれが相まって見る者を誘う。
余りにも自然で、それでいて不自然な展開に、東条も相沢も起こった事実を最初は飲み込めずにいた。
遅い速度で伝わった先ほどの科白を脳内に取り込み、反芻し、ようやく理解した。
「待て待て待て!何を羨まし・・・いや!取りあえずなにやってんだ?!」
なにって、ナニだよ。
こう、と東条に向かって右手で上下に擦りあげる素振りをしてみせる。
卑猥な仕草に誰もが息を詰まらせが、男鹿はにっこり清々しい笑みを浮かべてそれが何かと問う。
微妙な空気が流れる中、BGMは少女の悲鳴に近い喘ぎ声。
色々聞きたいことはあったが取りあえず今は阻止せねばなるまい、男鹿の行動を。
「そーゆーことは友達同士でもしちゃいけません。するなら俺にどーぞ!」
「あっテメー何すんだよ、離せ!」
「・・・・・おたくら変った関係してんね、ホント友達同士な訳?」
相沢の呆れたような科白に、古市は答える事が出来なかった。出来るはずがなかった。
暴れる男鹿を後ろから羽交い絞めにして抱き締める東条から、隠しようのない殺気が
ざわりざわりと立ち始めているのが古市には「感覚的」に見えているたからだ。
今ほど過去の自分を呪った事はない。
ふいにニヤニヤと笑いながら近づいてきた相沢に、古市が身構える。
丸いグラサンに覆われて見えない目がキラリと光ったように思えたのは、疚しい過去があるからだろうか。
そしてボソリと耳元で囁かれた、暴かれた真実に顔を真っ赤にするのだった。
「暑っ苦しいっ、腰をひっつけんな当たってる!」
「男鹿が抜いてくれるんだろ?」
カプリと食まれた耳たぶに、頬を朱に染めて言葉を詰まらせる。
だが負けん気の強さは折り紙つきの彼の事だ、渾身の肘鉄を後ろから抱き締めて離さない
東条の腹に喰らわせたのは言うまでもない。
「あ、これオムニパスだ。どーりで終わるのが早いと思った」
いつの間に山場を終えたのか、皆の意識から忘れ去られているうちにすっかり終わってしまったDVD。
それに気づいた相沢がパッケージを持ち上げて裏表紙を見つめている。
「どーでもいいです、そんなこと・・・・」
「そ?まぁこれからホンモノのAV見れるかもよ」
あれ。
と指をさした方向は戯れ始めた虎と竜。
― 男鹿にオナニー教えたのってもしかして、古市クンだったりする?
先ほど言われた言葉がリフレインする。
押し当てるだけのキスを繰り返す東条と男鹿を咎める気力もない。もう、好きにすればいいんじゃない?
きっとこの後問い詰められるのだろう、疲れきった表情で古市はゆっくりと立ち上がった。
「紅茶のお代わり、いかがですか」
「うん、頂戴」
ついでに隣にいる陣野と赤ん坊も呼んできて、と出ていく背中に声が飛ぶ。
「俺、これからどうなるんだろう・・・・・」
せめて戻ってきてドアを開いた光景が、ピンクのオーラで充満していませんように。
力のない足取りで階段を下りていく彼の願いは果たして叶うのだろうか。
行方は何だかんだで両想いな恋人たちにしか、解らない―・・・・・・・
END
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