Yuki.



〜   1   〜
寒い雪の日に、魂がひとつ天に昇って行きました。
魂が宿っていたものは、地面に倒れていました。
それは、空から落ちてきてあっという間に命を散らせました。
まるで、雪のように。


〜   2   〜
柏原祐斗は死んでしまった。
寒い雪の日に。
彼に死ぬ理由なんてひとつもなかったのに。
誰にも心を開かなかった彼の心は誰にもわからない。
そう、彼が自殺した原因は彼にしかわからない。
唯一、少しばかり心を開いてくれた僕にも。
もし、神様と言うものが存在するのならば、
彼以外に彼の心がわかるのは、神だけだ。
彼はよく僕に言った。
「なあ、貴一。人間は存在する価値があると思うか?」と。
僕はいつも曖昧に答えていた。
昨日も同じ質問をされた。
僕はいつも通り曖昧に答えた。
いつもと同じだった。
それが最後だった。
たった1日で、変わってしまう出来事があるなんて。
今まで共有してきた時間が無くなってしまうなんて。
・・・信じられなかった。
この時は永遠に続くものだと無意識に信じて、
そして、全て終わってしまってから
間違いだと気付いた。
永遠に続くものなんてなくて、
永遠に広がるものなんてなくて、
僕らは永遠に迷い続けるのだと言うことを。
僕が僕であるうちに、
彼についていきたいと思う。
僕が僕であるために、
彼と共に行きたいと思う。
そして二人で続けようと思う。
理由と目的のない、永遠の迷いの旅を。


〜   3   〜
塩沢貴一は学校の屋上にいた。
冷たい夜風と雪にさらされながら、ある一点を見つめていた。
『柏原祐斗が自殺した場所』だ。
やがて、貴一はゆっくりと歩き始めた。
右手には遺書、左手には柏原祐斗の遺品のオルゴールを持って。
貴一はフェンスに向かって歩いてゆく。
それも『柏原祐斗が自殺した場所』の真上、つまり飛び降りた場所だ。
まず遺書を置き、風で飛ばないように遺品でおもしをする。
フェンスに手をかけ、下をのぞき込む。
生々しい血の色と、白線の跡が遠目にも見えた。
貴一はフッ、と自嘲気味に笑った。
どんな馬鹿げたことをしようとしているのか自分で分かっていたから。
結局のところ、彼の可能性にかけたいのだ。
貴一はフェンスを器用に乗り越える。
眼下に見えるのは、今日死んだばかりの祐斗の血の跡。
貴一は心の中で祐斗に願っていた。
おまえの心を俺が分かろうとしたように、俺の気持ちに応えてくれ。
俺はこれから何かを成そうなんて思っちゃいない。
お前と共有出来る時間さえあればそれでいい。
だから、俺を置いて行かないでくれ。
俺の気持ちに、答えてくれ・・・


〜   4   〜
『それはできない』
不意に僕の後ろで声がした。聞き覚えのある声。
「祐斗!?」
そんなはずはないと思いながらも僕は振り向いた。
そこにいたのは、紛れもなく『死んだ』はずの祐斗だった。
「何でここに・・・?おまえは・・・」
ありえない事が起こって、僕は混乱した。
『確かに彼は死んだ。人間だからな』
目の前の祐斗は僕の言葉を読んで言った。
祐斗が死んだのなら、目の前にいるのは幻だろうか?
『ここで何をしている?死んでも私の所へは来れまいよ』
目の前の者は僕の心を読んでいた。途端に込み上げてくる、嫌悪感。
「・・・お前は誰だ?祐斗じゃないんだろう?」
僕は前を見据えた。
祐斗の姿をした何者かは、しばらく黙っていたが口を開いた。
『確かに私は柏原祐斗ではない。柏原祐斗の身体を借りているだけだ』
その言葉を聞いて、僕は頭が混乱してきた。
身体の貸し借りなんて普通の人間にはできない。
「あんた一体だれなんだ。借りているというのなら本体がいるだろう?」
僕の問いかけに、そいつはあきらめの表情を見せた。
『お前たち人間は信用せんだろうが、問いには答えねばなるまいな。
 私は「神の遣い」だ。お前たちの言いかたで言えばな』
「え・・・?」
僕は耳を疑った。
「神の・・・遣い?・・・一体何をしに?」
そう言った僕の言葉に、そいつは反応した。
『ほぅ・・・お前のような反応は初めて見るな。
 なぜ私に問う?私の正体を知った人間は大抵あざ笑うというのに』
そいつは悲しむ素振りすら見せずにさらりと言った。
それを見て、逆に僕はとても悲しくなった。
そんな事を「神の遣い」に言われるほど人間は薄汚いものなのか?
そこまで人間は堕ちたのか?
それほど人間は愚かなのか?
『・・なぜ、私に問う?』
再び同じ問いを投げ掛けられる。
「・・・興味本位」
自分の思った通りの事を僕は答える。
『そうか』
そいつは抑揚のない声で言う。
「さっきの質問に答えてくれ」
僕の言葉に、そいつは無表情で答える。
『人間がどの程度まで堕ちたのか、実際に確かめるのが私の役目だ。
 必要とあらば人類に制裁をくわえるつもりだと主は言われた』
そいつの淡々とした言葉に対し、僕は驚きを隠せなかった。
「・・・制裁?」
僕は言葉を繰り返した。
『そうだ。これまでの人間の行なってきた所存は目に余るものがある。
 このままでは全ての秩序が乱れる。そうなる前に現状を把握し、
 対処せねばならないのだ。そのために、主は私をお遣わしになった』
僕には到底ついていけそうにもない。
問題が脳の許容範囲を越えている。
でも言いたい事は分かる。
確かにそうだと思う。
僕がそう考えるくらいだから、神はもう人類を見限っているだろう。
残されている時間はあとわずか。
人類の終わりが、迫っている・・・。


〜   5   〜
多くの魂に、終わりが近づいています。
幸多き魂にも、罪深き魂にも。
全てが一瞬にして消えて・・・


〜   6   〜
僕は話の展開の混乱して、危うく手を放しそうになってしまった。
手すりを乗り越えた事などすっかり忘れていたのだ。
「それで、答えは出たのか?」
一番聞きたくて、一番答えにくい事を敢えて聞いてみた。
そいつは少しためらったようだが、答えてくれた。
『調査期間の5年間、いろいろ見てきて人類は滅びるべきだと思った。
 今の状態であれば放っておいても自滅するだろう、そう思っていた。
 ・・・昨日までは』
「 昨日までは・・・って、どういう意味だ?」
『今お前に会って、少しだが可能性が見えてきた。人類の可能性が』
そう言った彼は、微笑んでいるように見えた。


〜   7   〜
さっきまで降っていた雪は、雨に変わっていた。
少しばかり積もっていた雪も、雨で流されてしまった。
『・・・そろそろ行かねばなるまい』
そいつは決心したように言った。
「どこへ?」
分かっているのに、思わず聞いてしまった。
神に報告をするためだ。そのための遣いなのだから。
そいつは僕の言葉を聞いて、一瞬呆けたがそのうちふっ、と笑った。
おそらく、僕の真意が分かったのだろう。
・・・僕はこいつともっと話しがしたくなってきていたのだ。
『あまり我々のような者とは関わらない方がいい。我々はお前たちに、
 良くも悪くも影響を及ぼす。やめておけ』
きっぱりと、優しいけれど厳しい言葉をかけた。
「わかった。素直に帰る事にする」
僕はフェンスを再び乗り越え、屋上に戻った。
そいつが何を言いたいのか、なぜ延々と喋っていたのかが分かったから。
「死ぬのはやめる。それでいいんだろう?」
そいつはうなずいた。にっこりと微笑みながら。
「じゃあな。俺は現実へと戻る事にするよ」
遺品を拾い、遺書を破りながら僕は言った。
それを見てやっと安心したのか、そいつが僕の方に近付いてきた。
僕がそれをボーッと見ているうちに、
そいつはフェンスを乗り越えて屋上の縁に立っていた。
「おい、一体何する気だ!」
自分でも驚くような大声で、僕は叫んでいた。
『私の役目は全て終わった。これより主の元へと戻る』
そいつは振り返って淡々と話す。さっきの笑みが嘘のような真面目な顔。
こうなってしまっては、黙って見送る事ぐらいしか僕にはできない。
でも、あと少しでいいからそいつと話しがしたかった。
「名前を聞かせてくれ!」
もはや天使の羽すら生えてきたそいつに、僕は聞いた。
『ラハマイエルだ』
少し驚いた顔したが、そいつは微笑みながら答えてくれた。
その時、突風が吹いた。
目を覆ったほんの一瞬で、『ゆうと』は消えてしまった。
雨はいつの間にかやみ、空が白み始めていた。


〜   8   〜
雪が雨に変わり、雨がやんで晴れになるように、
未来は常に変わります。
消えゆくはずの魂が、浄化される事もあるのです。
全てを根本からやり直すために。
その魂はとても綺麗で、とても脆いものです。
まるでそれは、雪の結晶。
Fin

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