Strange Chronicle (temporarily)

1 [16月3日の風の音]

「・・・?」
朝起きると、何もかもがおかしかった。
全ての色が失われ、時間は狂い、生き物の気配が無かった。
簡単に言えば(言えるのかどうかは判らないけれど)、
目に見える全てがモノクロで、カレンダーの日付が滅茶苦茶で(因みに今日は16月3日だそうだ)、
俺以外に動いている物は無かった(時計とかの機械系は動いていた。狂っていたけれど)。
「・・・何なんだ・・・一体・・・?」
問い掛けたって、誰もいないから返事は返ってこない。

とりあえず何かしなければならないような気がしたので、着替えを始めた。
見た感じで行くと、多分季節は秋。
(恐らく)黒いセーターに、(多分)クリーム色のコットンパンツを穿く。着心地はいつもと一緒だ。
「・・・水、出るかな・・・。」
顔を洗いに洗面所へ。ちょっと心配だったが予想に反してちゃんと出た。
一応顔を洗って少しはさっぱりしたけれど、やっぱり変な気分は完全に拭い切れるわけが無くて、
ある種の現実逃避として「モノクロの方がかっこよく見えるって言うけどホントなのかな」とか考えてる自分が妙におかしかった。
キッチンへ行って、腹の足しになりそうなものを探す。
なんだか大した物を作る気力も無くて、かといって冷蔵庫には大したものは入っていなかったから、
フランスパン(駅前の「レッド・ブーツ」のやつで俺のお気に入りだ)に少し焦げ目をつけたベーコンとレタスを挟んで、
昨日少し作りすぎたシチューの残りを暖めて食べる事にした。

食べながら、これからの事について考える。
さしあたって家の中には誰もいない(もっとも居たらいたで泥棒としか考えられない)が、
外に誰もいないと言うわけではない。
窓の外に見える景色の中に相変わらず動くものはないけれど、探してみる価値はありそうだった。
それに、このままここにいたからと言って寝て起きたら戻ってました、なんて事になりそうもないし、
夢なら夢で探検してみるのも面白そうで、本音を言えば何かしていないと落ち着かないというか、発狂してしまいそうだからだ。
大きめのバックパックに食料(フランスパンの残り、さっき作ったサンドイッチ、豆の缶詰、マッシュルームの缶詰、
固形スープの素・・・大事に食べなければ)、懐中電灯と単3電池(ランプがあったら雰囲気が出るだろう)、マッチ、小さな鍋、
固形燃料(友達が「地震の時とか便利だよ」と言ってくれたものだ)、軍手(何となく)、簡単な救急道具を詰める。
これぐらいで何とかなるだろうか?
何となくもうここには戻って来ないような気がしたから、家中のコンセントのプラグを抜き回り、ガスの元栓を締めた。
寒いといけないので、(確か)黒いコートを羽織り、(記憶の上では)茶色いマフラーをしっかりと巻きつけた。
手袋も一応つける(これも確か黒だ)。とりあえず、準備は終わった。


2 [大ウサギのニンジンの消費量]

家の前には都合よく大きな道が通っていた(これは現実にはない道だ)。
右の方向を見ると、並木の綺麗な(と言っても色はない)道で、遠くの方に山が見えた。
左の方向を見ると・・・並木の綺麗な(と言っても色はない)道で、遠くの方に同じように山が見えた。
因みに真正面は林らしい。並木の落葉樹と同じような木が奥にもたくさん見える。
多分あれはイチョウだと思うけれど、そういうのは小学校の理科でやった以来だし、色がないので何となくしか思い出せない。
「さて、と・・・。」
とりあえずどちらかに歩き出さなければ始まらないのだけれど、何せ同じ景色しかないから選びようがない。
どちらも一緒で、決定的なものがないからだ。
「・・・こっちか?」
何となく、その時の気分で右へ進む。
並木からはまるで雨のように葉が降り注いでくる(葉はやはりイチョウだった。形に見覚えがあった)。
風が結構な勢いで吹いているから、バラバラと落ちてくるのだが何かがおかしい。―――――葉が減る様子が全くないのだ。
おまけに、落ちた葉はまるで地面に溶け込むように消えていった。
「・・・変な所だ・・・。」
分かっていながらも思わず呟いてしまう。
「・・・まぁ、いいか・・・。」
変な所だから変な事が起こるんだろう、きっとココではそれで普通なんだ、と妙に納得して先に進む。

30分ほどだから、2キロ近く歩いた頃だろうか。
ずっと同じ景色(モノクロの並木道)を歩いてきて少し見飽きた頃に、この場に全くそぐわない物が前方10メートルほどの位置に立っているのが目に飛び込んできた。
「・・・ウサギ?」
耳の長いヤツが、道の真ん中に立って(そう、後ろ足で立っているのだ。何かの絵本に出てきたウサギのように)ニンジン(色付き)を食べている。
更に、そいつは回りの景色とは違って色が付いていて、白い体毛に赤い目と言うスタンダードなヤツだった。
すぐそばには大きな白い袋があって、中身はどうやら全てニンジンのようだ。
近づいてみると結構でかくて、俺と同じぐらいの背丈(170センチくらい)だった。
そんなやつがバリボリと大きな音を立てながらニンジンを食べているという姿は、何となくここの景色とマッチしていて笑えた。
「アンタどこ行くの?」
脇を通り抜けようとすると、不意にウサギが滑らかなバリトンで喋った。
「・・・え?」
かなり驚いた。一般的な人間の反応として。
「いや、だからアンタどこ行く気なの?こっちにゃなんにも無いよ。」
バリボリとニンジンを貪りながら、こっちに見向きもしないで質問するウサギ。
「え、なんにも無いって・・・?」
「言葉どおりさ。もう2〜3キロも進んだらそこで道は途切れるよ。
 その先もなんにも無いし、まぁ山はあるけど、町を探そうってんなら逆だね。」
相変わらずこっちには関心がないらしい。次のニンジンへ移った。
「あ、そうですか・・・どうもありがとうございました・・・。」
取りあえず来た道を戻る事にし、方向転換する。
「あぁ、そうだ・・・アンタに用があるって言ってたヤツがいたよ、多分そのうち会えるだろう。」
「・・・どうも・・・。」
俺は、その場を離れた。
またこの並木道を戻っていくのかと思うとちょっと気が滅入ったが、
行き先が決まっただけでも儲け物だと思うことにして、
俺に用があるって言うのはどういうことなのかを考えながら、歩いていった。
この先どうなるかは分からないけれど、きっとどうにかなるだろう。


3 [S.C.]

「・・・あれ?」
俺は今まで歩いてきた道を、そう、一本道を引き返してきた。
途中でどこか脇道にそれるとか、道に迷うなんて事はありえない。
なのに。
「・・・家がない・・・。」
俺の家があっただろう場所は、全くの更地になっていた。
ところどころに染みのあった白壁(どうあがいても染みは落ちなかった)も、
ありきたりの茶色い(ここではモノクロだった)屋根も、
先週磨いた(雑巾一枚ダメにした)ばかりの台所の窓も、何もかもが跡形なく消え去っていた。
「・・・なんで・・・?」
呆然としていた俺に、更に呆然とさせるような事態が起こった。
「?」
今まで何もなかった更地に、驚異的な繁殖力で雑草が生い茂っていく。
「・・・へ?」
雑草の丈が俺の膝を越えたあたりで、ざわざわと奇妙な音がし始める。
次の瞬間。
「ぅわぁあ・・・っ!!」
モノクロの巨木が姿をあらわした。小さな頃に見たアニメーションの映画のように、
突然巨木になったのだ。もっとも、その映画のように森の精霊みたいなものはいなかったし、
朝起きたら芽が出ていたなんて事もありえそうになかったけれど。
「・・・どうなってんだ・・・一体・・・?」
「教えて差し上げましょうかぁ?」
背後から、間延びした甲高い声が聞こえてくる。
「・・・え?」
振り返ると、そこにはウサギがいた。
さっき会ったヤツとは違って、かなり小型のもの(俺の膝ぐらい)で、
体の色が紫色と言う、またしても変な生き物だった。
「あなたの質問にお答えしますよぉ?」
「・・・。」
力の抜けるような喋り方をするウサギを、俺はしゃがみ込んで観察した。
見かけは普通のウサギだ。耳が長くて歯がちょっと出ていて、尻尾が丸くて毛がふさふさしている。
色は・・・多分、スミレ色ってヤツだろう。薄い、どことなく上品な感じがする紫色だ。
俺が色々と観察して思案している間も、ウサギは喋り続けている(もっとも俺はよく聞いちゃいなかったけれど)。
「――――とまぁ、そういうわけでぇ・・・聞いてますぅ?」
「・・・え?あ、悪い、聞いてなかった。もっかい言ってくれると嬉しいんだけど・・・。」
「えぇえぇぇぇえぇ〜?また説明するんですかぁ?良いですけどねぇ〜もぉ〜・・・。」
・・・なぜだか知らないけれどムカツク・・・。
「えぇと、ワタクシはStrangeChronicleと申しましてぇ。
 通称S.C.と呼ばれていますぅ。あなたもそう呼んで下さいねぇ?」
「・・・はぁ・・・。」
・・・どうも気に食わない・・・。
「それでですねぇ、私はあなたのお力添えをさせて頂こうと思いましてぇ。
 こうしてここにいるわけなんですよぉ。」
伸びる語尾が、俺の神経を逆撫でする。
「とりあえずぅ、ワタクシの家でゆっくりとお茶でも楽しみながら聞いて下さいぃ。どうせ長くなりそうですからぁ。」
そう言って、S.C.は俺にくるりと背を向けてゆっくりと歩いて(直立二足歩行)いった。


4 [ムラサキウサギの肉の色と食欲]

ゆっくりゆっくりと歩いていくウサギ・・・。
時速何キロくらいだろう?取りあえず、このウサギと共に無理なく歩いていけるのは、ハイハイで移動する赤ん坊くらいしか思いつけない。
「・・・どこまで・・・行くの・・・?」
炎天下の中、恐ろしくゆっくりとしたペースで歩くウサギに訊く。
「もうすぐですよぉ。すぐそこですからぁ・・・我慢が足りませんねぇ〜。」
・・・絞め殺したい。
「一時間くらい前に、同じ答えを聞いてるんだけど・・・。」
俺のつぶやきは、どこか遠くへ消えた。

「とりあえずぅ、ワタクシの家でゆっくりとお茶でも楽しみながら聞いて下さいぃ。どうせ長くなりそうですからぁ。」
そう言って先導を始めたウサギに、俺はどうしたら良いのか分からず取りあえずついていった。とは言ってもその速度では見失いようが無いので心配は無い。
右、左、左、左、右、右、左――――――。
幾つもの十字路や別れ道を迷い無く進んでいくウサギ。そのおかげで、26番目の曲がり角辺りで分からなくなってしまい、家のあった場所には永遠に戻れなくなってしまった。
「・・・ところで、どこまで行くの?もうだいぶ歩いてるような・・・。」
「大丈夫、心配しないでくださいぃ〜。もうすぐつきますからぁ〜。」
・・・もうすぐ?
辺りはあのきれいなイチョウ並木から既に外れて、いかにもウサギの好みそうな大草原が広がっている。向かって左手のほうには樹の群生地帯があった。ひょっとしたら俺の家のあった場所かもしれない。もっとも、それは遥か遠くに見えているだけで確認する事はできないし、全く違う場所なのかもしれない。それに、あそこがその場所であったとしても俺の家は既に無い。いつのまにか更地になって、木が生えてしまったのだから。
右手には高層ビル群のようなものが見える。感覚としては、トウキョウとか、ニューヨークとか、高層ビルが所狭しと立ち並んでいる・・・コンクリートジャングルだ。でも、それらもまた遠く離れた場所にあったし、こっちはスモッグのような淀んだ空気で霞んでしまって、はっきりと確認する事はできなかった。
俺とウサギは大草原の真ん中を通る、舗装されていない一本道を歩いている。おそらく一面濃い緑色で、とてもきれいなのだろう。目に映る風景は相変わらずモノクロだけれど、そんな風に思った。草の香りが心地いい。こんな所で昼寝ができたら気持ち良いだろうな・・・。
草原は緩やかな上り坂で、ウサギと俺は黙々と上って行った。
・・・本当にもうすぐなんだろうな・・・。

そして、最初の部分に至る――――――。
俺とウサギはまだ草原の真っ只中にいる。周りの景色に変化は余り無い。コンクリートジャングルが住宅密集地になったくらいだ。
・・・ここはどこなんだ・・・?
俺の腹は食事時だということをアピールしている。
目の前をすたすたと歩く鮮やかな紫色のウサギを絞め殺して喰ってみようか、でもこの色だと食欲無くすなぁ、色的にものすごく毒っぽいし、皮剥いでも紫色だったらどうしようと言う様な事を考えている俺の方をウサギは振り返った。
「着きましたぁ〜。ここですよぉ。」
得意げな顔(のように見える)のウサギ。
「・・・は?どこ?」
そこには相変わらずの大草原。
「よく見てくださいよぉ。ここですぅ〜。」
「・・・穴・・・?」
「はいぃ。気をつけて降りてくださいねぇ?」
・・・ウサギ・・・だもんな・・・。
諦めモードに入った俺は、促されるままに穴の中へと入っていった。


to be continued...

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