A note

雨だ。
細かく、体中を刺すような、その勢いで辺りが白く煙るような…雨。
僕は雨に打たれている。
打たれ続けている。
僕のしてしまった過ちを洗い流す為の、空から零れ落ちるシャワーに身を預けている。


僕には好きな人がいた。
僕にとっては特別で、他の人から見たら普通の子だった。目立つことをするでもなく、特別控えめでもなかった。本当に普通の子だった。僕はそれが好きだった。
僕はクラス替えで同じクラスになって、一目ぼれして、彼女はそれに気がつかなかった。彼女はクラス替えで同じクラスになって、僕に気がつかず、僕の友達を好きになった。
僕は特別邪魔をしようとも思わなかったけれど、応援しようとも思わなかった。
「俺、佐々木が好きなんだけど全然反応ないしさ、菊池にしようかなぁ。」
「悪くないんじゃない、菊池なら。」
平気なフリはしたけど、そう言える友達がすごくうらやましかった。
それから三日くらいして、彼女がちゃんと告白して、友達がなんとなくOKして、二人は付き合いだした。
僕はその十倍の時間をかけて、彼女を諦めて、友達を認めて、今まで通りの関係に戻す事ができた。
ただし、僕と彼女が前より話せるようになった事は別だ。
彼女は僕の気持ちなんか知らないから、時々それが怖かった。
「植本君て、なにが嫌いか知ってる? 」と、友人に弁当を作る約束をした放課後にたずねてきたり。
「わたし、水色のニットの帽子買ったんだけど、植本君に似合うと思う? 」と、友人の誕生日の前日に電話で相談されたり。
色々複雑ではあったけど、ちゃんと返事をしないことは彼女に対して不誠実だと思ったから「大丈夫だよ。」とだけ、いつも言っていた。


二人が付き合いだして半年くらいたった頃、二人の仲に翳りが見えてきた。大抵の人間はそれを「倦怠期」と呼んでいた。「恋に恋してたのが、目が覚めただけだよ」。
確かに二人は、いろんなものから目が覚めた。
彼女はどことなく大人びて、自分が他人からどう見られているかをとても気にするようになった。
友達はそれまであったイタズラっぽいところが消えて、いつも何かに焦っているように見えた。
二人はお互いを見ているように見せかけて、お互いに目をそむけるようになった。
僕は最初、それがいけないことだと思った。
「二人は恋人同士だから、お互いを見なくちゃいけない」。
そして暫くして別の考えを持つようになった。
「二人の関係がなくなれば、彼女は僕を見るようになるだろう」。


それから二ヶ月ほどして、二人は別れた。
僕は別に何もしなかった。というよりも、何もしないことを選んだ。
僕をお互いのクッション代わりに使っていた二人は、僕がクッションをやめる事で簡単にコミュニケーションが取れなくなった。
二人が別れた事で彼女は僕に頼ったりはしなかったし、友達も僕に頼ってはこなかった。彼女は別の男に、友達は楽をする事に逃げた。


また時が経って、みんな受験に忙しくなって、他人に無関心になっていった頃、彼女が死んだ。
通夜の席ではいろいろなうわさが飛び交っていたけれど、気にする余裕が僕にはなかった。
僕は知っていた。
彼女は友達の事をあきらめていなかった。
別れてからも好きだった。
僕が彼女を殺したようなものだと思った。
友達は通夜には来ていなかった。

      ・
      ・
      ・

僕は今、彼女の墓前にいる。
朝から曇りがちだった空は泣いてしまっている。
まるで彼女の涙みたいに。

僕は雨に打たれている。
打たれ続けている。
僕のしてしまった過ちを洗い流す為の、空から零れ落ちるシャワーに身を預けている。

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