ドミノ

「ひとつ。」
ゼンはドミノ牌を一つ重ねた。
特別な作りのドミノ。漆黒に白の彫り。
それをざっと眺めやるレイの眼には怒りが見えている。
「面白いだろ、それ。君にも一つやろうか?」
ゆっくりと首を振るレイ。!のドミノ牌を上に重ねる。
満足そうにゼンは笑って応えた。
「ふたーつ。」

よく晴れた日曜日の朝。
レイは近所の古本屋へ向かった。ミミズ文字の本を集めるために。いわゆる古書。
店内は湿っぽい香りと冬のツンと来る空気に包まれていた。本の管理に悪いからと、エアコンは付いていない。
白いマフラーと白いコートと白い手袋に埋もれても冷気はどこかからか侵入してくるようだ。
雨月物語の写本を手に取った時に左側から顔を覗き込まれた。
無遠慮な視線。
黒いテンガロンハットに黒いジャケットに黒いブーツの男。外見は17、8歳位に見えた。
レイより頭一つ分高い身長で、腰を折って覗き込んでくる男が鬱陶しい。
軽く睨んで本に目を戻した途端に、男はレイの手を取って店の外へ彼女を強引に連れ出した。
───幸い、本はその拍子に落としてしまったから万引きにはならなかったけれど、レイはキレた。
その男を引っ叩いてやろうと、両足で踏ん張って何とか立ち止まった。
「どうかした?」
振り向いた瞬間に平手打ちをお見舞い───するはずだったのに、いとも簡単に止められてしまった。
「もしかして怒ってんの? 何か言ったほうが良かったか。いつも忘れるんだ、済まないね。
君は高校生だろ?」
男はベラベラと喋り続けた。
「君となら面白い『ゲーム』が出来そうだと思ったんだ。あれだけ失礼に見てやったのに何もなかったことにしようとしたし。
大好きだね、そういうの。」
レイは更に混乱してきた。状況を整理しようとしても、本当にどうでもいい事しか出てこない。
「ちょっと強引だったのは謝ろう。でもその辺の喫茶店で『ゲーム』に付き合ってくれたっていいと思うね。
少なくとも自分では連れて歩いて恥ずかしいような人間のつもりはないし。奢ってあげるよ、じゃあ行こうか。」
「ちょ・・・ちょっと!」
「あ、そうそう。それから、」
レイの制止を全く無視して男はニッコリ笑って言った。
「俺の名前はゼンね。全知全能の『ゼン』。」

もう何でもいいや、と、オレンジタルトとアールグレイを目の前にしてレイは思った。
とにかく強引に連れて行かれて、男の───ゼンの言った通りに喫茶店に入った。
そして「君はこれっぽい」と言う理由でオーダーを決められ、勝手に『ゲーム』の説明を始めた。
「ドミノは知ってるね? ドミノ倒しのドミノ。
元々はダイスから転化した物らしい。そしてこれは、俺専用のドミノ───。」
腰元に付けていた小さな皮の袋から、テーブルの上に牌をバラバラと落としていく。
「・・・変な模様」
「普通のじゃ味気ないだろ? だからさ、こうして色んな記号を彫り付けてある。
で、ここには今、13個のドミノ牌がある。OK?」
頷くレイ。目で追うと丁度13個揃っていた。
「先攻か後攻か決めて、牌を積んでいく。1回に付き3個まで積めるよ。交互にやって最後の1個になった方の負けだ。
余り長考が続いても詰まらないから、1回のリミットは3分としよう。
ペナルティがあったほうが盛り上がるから、俺が勝ったら君と友達になることにする。」
「・・・は?」
「君が勝ったら何がいい?」
「あの、友達って、」
「じゃあ君が勝ったら君の言うことを聞くことにするよ。先攻と後攻を決めよう。じゃんけん、」
レイはグー。
ゼンはパー。
「俺の勝ち。まずは───。」
テーブルを見渡してゼンは牌を選ぶ。☆。
「ひとつ。」
ゼンはドミノ牌を1つ重ねた。
特別な作りのドミノ。漆黒に白の彫り。散らばる表面には、#&★!☆!#@…。
それをざっと眺めやるレイの眼には怒りが見えている。
「面白いだろ、それ。君にも1つやろうか?」
ゆっくりと首を振るレイ。!のドミノ牌を上に重ねる。
満足そうにゼンは笑って応えた。
「ふたーつ。」
カラカラと音を立てながらゼンが牌を3つ持つ。
「いつつ。」
友達? 変な人とは係わり合いになりたくはない。
レイが素早く#の牌を積み重ねた。
「むっつ・・・。」
「やっつ。」
あと5つ。レイが3つ出すと負け。レイが2つ出しても負け。レイが1つでも───。
「さ」
「ん?」
「詐欺じゃない、こんなの。」
「詐欺?」
「アンフェアよ!」
レイは積んだドミノ牌を乱暴になぎ倒し、店を飛び出した。
全速力で駆け出す。
でも、すぐに追いついたゼンが肩を掴んだ。
「放して下さい、大嫌い。」
鋭い目でゼンをレイは睨んだ。涙を浮かべながら。
それを見てゼンの顔色は曇った。
ゆっくりとゼンの左手が帽子に伸び、それから彼女に被せる。
「あの・・・。」
レイが『言い過ぎてゴメン』と言おうとした瞬間、ゼンは走り去ってしまった。

帽子を手に取る。
リボンテープの部分に挟まった紙。
『090−△△△△−××××  永遠全』
レイはふっ、と笑った。

Fin.


素咲佑「素の花に咲く」内コンテンツ、[ショート小説or詩]投稿作品です。

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