政治的に正しいおとぎ話
ジェームズ・フィン・ガーナー
DHC出版
以前、懺悔室の方でチャレンジ系の話をしたんですけど、その元ネタとでも言うべきものがこの本。アメリカで実際に起こったPC論議というものを背景に書かれた『おとぎ話』です。
PCってのは Politically Correct の略語。この本の訳では「政治的に正しい」となってます。ま、詳しい意味は辞書でも引いて調べてみて下さいな。
で、このPCですが、要するに日本語で言うところの差別語、放送禁止用語みたいなもんです。ほら、アメリカって男女平等や障害者擁護、幼児権運動、人種差別みたいな諸社会問題に関する議論がいろいろてんこもりなお国柄でしょ? ですから、日本の部落差別問題でもあったような、差別語、自主規制用語に関する議論も当然ながらあるわけでして。そしてそこは、ほれ、なんでも徹底的にやってしまうお国柄。なんとデブとかチビとかハゲといった言葉まで「それを聞いて傷つく人がいるであろう事が予想される以上、その様な言葉は出版・放送を問わず規制すべきである」っていう、日本人からすれば信じられない様なことになっちゃったわけ。まあ、今はどうなってるか知らないけど、この本が出た当時はそうだったみたい。
もちろんアメリカ人全員がそう考えていたわけじゃなく、当然ながら反対意見の人も大勢いたわけで。この本の作者であるジェームズ・フィン・ガーナーもその一人。彼は、行き過ぎたPC規制を逆説的に笑い飛ばすために、この『政治的に正しいおとぎ話』を書いたんですな。
この本で紹介されているおとぎ話は、白雪姫や赤頭巾ちゃん、ジャックと豆の木、シンデレラといった、どれも皆さんお馴染みの童話ばかり。でも、すべてPC用語で書かれてるってのがポイント。例えば、白雪姫に出てくる「七人の小人」は、けっして小人でもチビでもなく、垂直方向にチャレンジされている男となっています。白雪姫は「雪のように白い」という有色人種差別的な名前の王女ですし。ジャックと豆の木の物語で、貧乏だったジャックの家を表現する言葉は通常の経済活動圏から完全にはじき出された家庭だし。んで、雲の上の巨人はたまたま偶然巨人に生まれてきた巨人。赤頭巾ちゃんがお婆さんの家にお使いにいくのも、それが女性の仕事だからではなく、とても親切なことだし、共同体感覚も生んでくれるからという説明つき。また、三匹の小ブタの話では、最後にオオカミがやっつけられるのは周知の事実ですが、この本ではさらに「物語中のオオカミは隠喩的表現です。また、この物語の制作中に、どのような実在のオオカミも傷つけられた事実はありません」という注意書きが追加されています。さらに皇帝の新しい服(裸の王様)は知的にチャレンジされている皇帝のために光明を得た人にだけ見える服を作った礼儀作法が不自由な仕立て屋の話になってるし。面白すぎ。笑いすぎで腹痛いッス。うーん、すごいぞ、PC!
だいたいさぁ、婉曲な表現ってのも一歩間違えばヤバいんですよね。例えば「知能や大脳に障害がある」こと、つまり知能障害のことをPCでは「異なった能力を持つ」って表現するんだけど、なんでそう言うのかって理由は、「限られた範囲の社会における平均的な多数の人々と違い、知性が一定の範囲を超えて別の分野で別の方向性をもって働くから」っつーのよ。これってさぁ、「お前は知能障害だ!」って直接的に言うよりもずっとひどい意味を内包していると思いません? 近視、遠視あるいは盲目のことを「視覚的にチャレンジされている」って言うのもさ、日本語的にはかなり茶化した印象を与えると思うんだけどなぁ。英語だとどうなんだろうなぁ。
と、まあ、そんなわけで、この本は当結社のコンテンツを楽しめるような、人間として大切な何かをどこかに置き忘れてきてしまったような人には文句無しにオススメです。これを読んで差別や言葉の問題を真面目に考えるも良し。アメリカ人の性癖を笑い飛ばすも良し。純粋に物語りとして楽しむのも良し。ともかく、いろんな意味で面白い本であることは間違いありません。ぜひ読んでみて下さいませ。つーか、読め。すぐ読め。明日にでも読め。
あと、「〜にチャレンジ」というPC的文法を当結社では推奨しています。我々もアメリカンPCスピリッツを完全に消化し(間違った方向に)、日常会話でPC用語を使いまくってやろうじゃありませんか。さあ、皆さんもLet’s PC!!!