猫のゆりかご
カート・ヴォネガット
ハヤカワ文庫SF
この作品は早川のSF文庫シリーズとして刊行されています。たしかに物語のキモとして《アイス・ナイン》なるガジェットが登場しますし、ラストの展開もSF的な必然性を感じさせるものです。ですが、それはこの作品の表層にすぎません。実際の内容は極めて精神的、哲学的です。物語中で使われている小道具は、世界を滅亡させることが可能な兵器とインキチ宗教。それで描かれているのは、人間の切ないまでの悲しさ、愚かさ、救われなさ。ハッキリ言って、テーマはかなり重いです。しかし、本書は読者にその重さを意識させません。卓越したストーリーテリングとたっぷり山盛りのユーモアで、読者をスンナリと、また飽きさせることなく物語の世界へと惹き込みます。テーマが重いとはいっても、読んでいるのが辛くなってくるような三流小説とは違うのです。
さて、拙者がこの作品を高く評価しているってことは、上記の紹介文だけで十分皆さんにも伝わっていることと思います。しかし、上記の紹介文で書いている内容なんざ、実はどうでもいいのです。当結社の宰相として、拙者がこの小説の中で皆さんにご紹介したいのはボコノン教だけなのです。ブッちゃけた話、ボコノン教こそがこの小説の本体であり、他のものはその付属物にすぎないのです。つーか、ボコノン教さえ抽出すれば小説本体の方はぜんぜん必要ないのです!
ボコノン教とは、この物語に登場する人為的に作られた宗教です。長い時間をかけて歴史的に作られたのではなく、ボコノンという人物が短期間に一定の意図をもって作った宗教、それがボコノン教です。なぜ宗教を人為的に作ったのかってくだりは、実際に小説を読んでみて下さい。ここら辺だけでもかなり面白いですよ。
とにかく、ボコノン教はボコノンによって人為的に作られました。そーゆー設定であるため、その内容が実に面白いものになっています。例えば、ボコノン教の聖典である『ボコノンの書』はこんな書き出しから始まります。
「わたしがこれから語ろうとするさまざまな真実の事柄は、みんなまっ赤な嘘である」
いきなりこれです。しかしこれだけではなく、聖典の『第一の書』の扉にはさらにこーゆー警告が続けて書かれています。
「馬鹿なことはやめろ!
すぐこの本を閉じるのだ!
<フォーマ>しか書いてないんだぞ!」
ちなみに<フォーマ>とは嘘っぱちを意味するボコノン用語です。この<フォーマ>を使って、ボコノンは聖典が嘘っぱちであり、そしてそれが宗教のキモであることを強調します。
「<フォーマ>を生きるよるべとしなさい。
それはあなたを、勇敢で、親切で、健康で、幸福な人間にする」
これだけだと「ボコノン教って要するに既存宗教に対する皮肉なのかな?」と思われるかもしれませんけど、いや、実際に皮肉でもあるんですけど、しかし同時にこれらはボコノン教が成立するために必要な教え≠ナもあるんです。そう、ボコノンは真面目に「この聖典は嘘っぱちだ」と読み手に忠告しているのです。そう忠告することで始めて成立する宗教なんです、ボコノン教ってのは。
ボコノン教のこのスタンスが拙者はいたく気に入りました。なんか当結社と通ずるものを感じます。なんとゆーか、真面目に不真面目しているとゆーか、ノリが近いとゆーか、精神的に貴族に属しているとゆーか。そんな感じ。
拙者のボコノン教傾倒を決定的にしたのが、ボコノン教における讃美歌・・・みたいなものである「カリプソ」なるものです。正確には歌ではなく詩なんですけど、これは実物を見てもらうのが早いですね。えー、それでは拙者が一番気に入った「カリプソ第五十三番」をご紹介しましょう。
おお、セントラル・パークで
居眠りしている酔いどれも
昼なお暗いジャングルで
ライオン狩りするハンターも
それから、中国人の歯医者さん
イギリスの女王様――
みんなそろって
おんなじ機械のなか
ナイス、ナイス、ベリー・ナイス
ナイス、ナイス、ベリー・ナイス
ナイス、ナイス、ベリー・ナイス――
こんなに違う人たちが
みんなおんなじ仕掛けのなか
いやぁ、これを見た時は拙者も「宗教作りてぇ!」って思いましたね。だって、ナイス、ナイス、ベリー・ナイスなんですよ? もう、なんつーか、拙者の感性にビンビンとクるものを感じましたよ。「当結社で宗教作るならこの路線しかない!」って。
そーゆーわけで、さっそくパクって作ってみました。秘密結社KIO社歌第五十三番です。どうぞ。
おお、人通りの多い街中で
勧誘している某信者も
昼なお暗い路地裏で
宗勧狩りするあいつらも
それから、宇宙人のファーザーさん
SMの女王様――
みんなそろって
おんなじ組織のなか
イッヒ、イッヒ、ベリー・イッヒ
イッヒ、イッヒ、ベリー・イッヒ
イッヒ、イッヒ、ベリー・イッヒ――
こんなに違う人たちが
みんなおんなじ仕掛けのなか
元歌はそこはかとなく哲学的なのに、当結社風にアレンジすると途端に電波っぽく見えるのは拙者の気のせいでしょうか? 気のせいですよね? 気のせいだよ、やっぱ。あー、ビックリした。拙者が電波発してるのかと思った。
それにしても、やっぱりボコノン教は良いです。素晴らしいです。ぜひ皆さんも一度この本を読んでみて下さい。そしてボコノン教に改宗して下さい。さらに当結社が宗教化したあかつきには、こちらに改宗しなおして下さい。おお、なんて遠大な結社拡大計画! 問題は当結社が宗教化するかどうかだけど。いや、一応、教皇様って地位の人はいるんですけどね。