団長のひとり言



5月12日(土)
今年は、いよいよ武藤理恵さんとの共演が実現する。今日はその練習日。ピアノのある練習室を借りての
合奏。ピアノが入ると弾きやすいのは当たり前だが、合奏における弦楽メンバーが不安げに入ってくる部分の指摘もあり、さすがプロ。自分が弾く音だけでなく、周囲の音も敏感に聴いていらっしゃる。
ふと考えてみれば、指揮者の青山さんと武藤さんは、当然ご夫婦でいらっしゃるわけだが、どんな風に接するのかと興味があった。合奏中の武藤さんの演奏に対する発言につれないものを感じ、我が家と同じなんだ!

練習の打上にもお二人共ご参加して戴き、愉しいひと時だった。特に武藤さんは、人の話を真剣に聞かれる方で、口数は多くもなく少なくもなく、本当にコミュニケーションの上手な方だと感心した。一つだけ驚いたのは、楽譜を作成される時は、パソコンに向かって鍵盤キーボードではなく、普通のパソコンキーボードで入力されているとのことだった。私らがパート譜を作成するのと同じ作業で入力されているようだ。ギター譜は、早く入力する秘訣があるのか質問するのを忘れたが、次回お会いしたら聞いてみよう。 

3月21日(水祝)
今日の練習には3人の見学者が来られた。二人は徳島県から、もう一人は滋賀県の中部から。皆さん、練習場まで2時間以上かかるらしいが、練習後に、「ご遠方からですし、交通費もかかりますし、本当に大丈夫ですか?」とこちらもかなり心配したが、そのうちの二人は、頑張って来ますと言うことで、二人の入団が決まった。
さらにギターにも1名友情出演者が加わり、久々に大賑わいの練習日だった。
いよいよ当面の目標だった30名に到達です。ここまで来るのに10年かかったのか。

2月22日(木)
1月19日に梅田でNHKカルチャー教室にて「N響コンマスマロさんのヴァイオリン名曲の旅」講師: NHK交響楽団コンサートマスター篠崎史紀(マロさん)の講演に参加して来ましたが、この感動を何かに残したくて考え付いたのがこのページ。80名ほど入れる教室に1番前に並んで、2mほど目の前でマロさんの講演とバイオリン生演奏を聴くことができた。お話は期待通りでTVでは喋れないような内容も。演奏は予定時間を超過して聴かせてくれるサービス振り。本当に幸せなひと時だった。

先ずは、「マロ」というニックネームの由来を含めた自己紹介に始まり、「皆さん、何か質問は無いですか?何でもお答えしますよ。」ということで、華美な花柄の楽器ケースについての質問があった。「そのケースは特注でしょうか?どういう経緯でそのような柄にされたのでしょうか?」

話は、ウィーンにいた時に遡る。現地の友人が、「マロ、お前の国のI・K・Iが新聞で話題になっているぞ」。「I・K・Iって何だろう?」よく読めば、I・K・IではなくIKI(粋)ではないか!「粋ってどういう意味だ、教えてくれよ」と言われたものの、残念ながら英語で説明はできなかったそうです。そんなことがあって後、ある日、日本料理店で黒塗りのお椀に吸い物が運ばれてきたが、お椀のふたを取ると、内側は見事な花柄が描かれており、「これが粋だ!」と気づいたそうです。マロさんは、その後、「もったいない」という日本人の精神とを重ね合わせ、家にあった古い着物の帯を使い、これを楽器ケースに貼り付けて表面をコーティングしたそうです。外人さんと楽器ケースの話題になったら、日本の文化だということで粋、もったいないを紹介するのに使っているそうです。「N響の団員にも勧めているんですけど、誰もやってくれないんですよね」と悔しがっていました。

他の質問では、「どんな演奏家を目標にされてましたか?」ということで、マロさんが何名かのバイオリニストの名前を挙げましたが、私は、聴いたこともない人名ばかりだったので、今日この場にいらっしゃる方々はきっとご存知なんだろうなと思っていましたが、「皆さん、ご存知ですか?ご存知じゃないでしょう?」と仰るので「???」となりましたが、というのも、これらの人々はSP盤レコードの時代のプレーヤーらしいのです。

マロさんのお宅には、未だにCDプレーヤーやDVDプレーヤーというものはなく、SP盤の蓄音機しかないそうです。「我が家にはCDを聴く道具がないものですから、CDを買いに行ったこともないんですよ」だそうです。

ここからが大事なところですが、「私らが若い頃は参考音源などというものはなかったんですが、ライブかSP盤だけが参考音源だったんです。それに引き換え今は、いくらでも音源がありますよね。良いことか悪いことかわかりませんが、皆さんしっかり真似して弾かれるので個性がなくなってきているんです。私もコンクールの審査員を務めたこともあるんですが、目を瞑って聴いてみると、『これは○○先生の弟子だ、こちらは△△先生の弟子だ』と全部わかってしまうほど、先生の真似ばかりで個性がないのでつまらなくなって審査員を辞めてしまいました。しかしSP盤位しかない時代は、みなさん本当に個性がありましたよ」確かに音大あたりでも、ある時期からはライブは聴いても良いがCD・DVDは禁止している先生も増えてきているらしい。

他には、「なぜバイオリンを始められたのですか?」

親が音楽家でしたから、ヨチヨチ歩きの頃からバイオリンのおもちゃは与えられていたようです。自然に音楽家を目指すように育てられたので、ピアノもやりましたし、ある頃からはチェロもやっていました。チェロも良かったんですが、チェロって重たいでしょう?運ぶのが大変で、「お前にあげるよ」と言って弟さんに楽器をあげたそうです。現在、その弟さんはチェリストです。

楽しいトークが1時間半ほど続き、いよいよ演奏へ。曲は「愛の挨拶」「ウィーンわが夢の町」など。マロさんが立ち上がり、私の目の前1mのところで演奏。フォルテよりもピアニッシモの音にしびれてしまった。ピアニッシモってこんなに小さい耳元で囁くような音で弾くんだ。弓を弦の上に置くというという感じでもなく、弓を浮かせて弦と触るか触らないかというぎりぎりのところで弾いている。1mのところにいても聴こえるか聴こえないかのぎりぎりの音もある。

「『演奏する』というのは単に音を弾くのではなく、メッセージを伝えなくてはならないんです」というお話が強烈に印象に残りました。

これからは、この言葉を意識して演奏してみよう。次の合奏が楽しみになってきた。

2月3日(日)
ようやく戦力が揃い、青山先生の合奏レッスンを受けることができた。
割りと快調に合奏が進み、細かいところはともかく、まあまあの出来かなと
思っていたら、先生のFBに「皆さん、大変良く練習してくれていて、
合奏がすごくはかどりました。」と書かれていた。
こんな丸が三つくらいのコメントは初めてのこと。 ちいさくガッツポーズ。
また今日は、「脱力」のステッカーをみんなに戴きました。
早速携帯に貼りました。


2018年
1月21日

2ndマンドリンに23歳の見学者がやってきた。入団するかどうかはわからないが、もし入団したら、ベースパートに
続いて、二人目の20代。今の年齢構成からすると奇跡のようなことだ。奇跡が起きてほしい。
ことしから、部費は20代は半額にすることにした。
3月には徳島から見学者が来るらしい。

2017年
12月10日

 ようやく先生に合奏練習をみて戴ける日がやってくる。9月からの7回自主練習に励んできた。
 リブレは、東京から先生に来ていただくために、まだ弾けていないうちから来た頂いたのでは、レッスンの効果が
 出ないので、ある程度のレベルまで弾けるような状態になってから先生のレッスンを受けることにしている。
 これは愚痴になるが、下振りの指揮が重要になる。下振り指揮を始めてもう6年目くらいになるだろうか?
 指揮は好きなように振れば良いというものではなく、しっかりと譜読みをし、テンポ、強弱の変化はもちろん
 のこと、イタリア語で書かれた指示まで辞書で調べなくてはならない。複雑なリズムも正確に取れるようにして
 いないと間違いを指摘できない。
  先生はどんな振り方をするのだろうか?曲想についても、先走って勝手に曲想まで指示してよいものか?と
 悩みつつ、勝手に表情まで押し付けてしまって後で違ったら団員が混乱するので、あまり先走った
 練習もできない。下振り指揮者としては、もうやり場のない状況に陥るのがこの時期である。
 ここで先生ご登場である。本来なら、先生のレッスンで、テンポや曲想が理解できるので、次からはそれを
 再現する下振り指揮になっていくわけであるが、次回は所用のため練習に出れない。
 考えてみれば、こんなに勉強ができて有難いことではあるが、最終的には指揮はせずに奏者として演奏会に
 出るのだから、この役目はかなり負担が大きい。


9月30日
 練習も実質2回目。まだ聴けるレベルではないが、2回目にしては思った以上に音が取れている。
 今日は所用があって来れないと言っていた人も、予定を調整して遅れて練習に参加してくれた。みんなモチベ  ーションが上がったな。嬉しい!
 嬉しい出来事がもう一つ。 なんとベースに22歳の女性が入団したのです。社会人1年目ですが、音楽を続け たいと思ったようで、楽器を新調して参加してくれました。「これからも続けて来ます」と言ってくれました。
 50代、60代のリブレの中に20代がひとり。小柄で可愛いけどかなり根性ありそう。「リブレに入って良かった」と  言ってもらえるように頑張ります。まずは新入団員誕生に乾杯!