目を開けると最初に飛び込んできたのは土の天井だった。
体を起こすとあちこちが痛んだが、それは自分の寝ている場所の所為だとすぐにわかった。
でこぼこの地面が剥き出しになっているところに、軽く落ち葉が敷き詰めてあるだけ。
しかし、この痛みには毎晩のように野宿するオレはとっくに慣れてしまっていた。
ぐるりと辺りを見渡すとすぐに今いる場所が洞窟だとわかった。

 いつかもこんな調子で起きたような気がした。
いつかのようにいくら待っていても銀色の毛並みの狼など来やしない。
その狼の名を叫びたかったが、いくら思い出そうとしても名前が出てこない。
夢でも見ていたのだろうか。
 ふと、自分の足元を見る。
町を出たときからずっと履きっぱなしだった、革靴だ。
そこに見慣れない染みがついているのに気付き、指で擦ってみても落ちる気配はなかった。
どうみてもそれは血痕でしか無く、急に気味が悪くなる。
 なんだってこんなところに血痕だなんてついているんだ。
歩きなれない森を歩いて、動物の亡骸でも踏んだ時にでもついたのだろうか。
まさか、いくら目が悪いと言ったって動物が群がっていて気が付くはずだ。

 「雨もすっかり止んだみたいだし、出発するかな」

 次の町までの近道をするべく、この森を通っていたら急な雨降りに合ってこの洞窟に逃げ込んできたのだ。
疲れていたのか、すぐに眠りに落ちたらしく、次に目が覚めた時は朝だった。
洞窟の入り口まで歩いて行って、大きく伸びをする。
人工太陽がいつものように無機質な輝きを放っている。

 キャスケット帽を被りなおし、腰のショートソードを確認した。
このショートソードは、自分の町から出てくる時に親父から譲り受けたもの。
あまり親父とは仲が良くは無かったけれど、これを貰った時はなぜか涙が出そうになったっけか。
まぁ、そんなことどうだっていいんだ。
 今は次の町へ向かわなければならない。
この旅に目的などは一切無い。
ただ歩きつづけているだけ。
それでも、一人旅というものは楽しいものがある。
そりゃ、夜盗に襲われたりする時もあるけど、なんだかんだ言って上手くやっていっている。

 暫く森の中を街道に出るために歩いていると、前の草むらが不自然な動きをした。
それに気付いて、帽子の中から電熱器兼スタンガン兼ショットガンの自作秘密機器を取り出す。
草むらに照準を合わして、何が飛び出してきてもいいように備えた。
こう見えても、学校での射撃の授業は学年で上位5名に入るほどの腕なんだ。

 と、銀色の塊が飛び出してきた。
オレはそれを目で追うのに精一杯だった。
照準を合わせていたのにも関らず、引き金はひけずに銀色の輝きに見とれていた。
地面に綺麗に着地したそれは、普通の狼より一回り程大きい銀色の毛並みの狼だった。
この森に入って最初に出会う狼であるはずなのに、なぜか懐かしさを覚えた。

 狼は威嚇で唸っていた。
目は殺気に満ちている。

 「なぁ、お前の縄張りに入ったことは謝るよ。
 でも、この森を抜けたいだけなんだ。わかってくれよ」

 何故かオレは銀色の狼に話かけていた。
噛み殺されるかもしれないと言うのに。
次の瞬間、オレは驚いた。
 「ありがと」

 目の前の銀色をした尻尾が横に揺れた。

 しばらく後ろについて歩いていくと、森の末端に来たらしく木々がまばらに生えていた。
視線を落とすと、草花が風に揺れている。
心和む風景。
 オレは歩き出して森の出口へと向かっていく。

 「ありがとな、お前」

 振り返って大人しく座っている狼に言った。
見れば見るほど綺麗な毛並みをしている。
こんな狼にオレは生まれて16年間逢ったことはない。
年がら年中旅している親父ならわからないかもしれないけど。

 「オレはメイファ。お前とは初めて会った気がしないんだ、不思議だよな」

 狼は首を少し傾げた風だった。
オレは笑うと手を振りつつ、  「ホントにありがと。幸せに暮らせよ」

 森を抜けると木々の枝によって遮られていた太陽光が一気に降り注ぐ。
眩しさに耐えかねて、帽子の上に掛けていた水色の色眼鏡をかけた。
こうやって、金色に光るヒトと違う瞳を隠すんだ。
別に自分自身は気にしてはいないけれど、親父が小さい頃からうるさかったから、今でも癖のようになってしまっている。
どうせなら、度付きの色眼鏡にすれば視界もはっきりとして良いのだろうけれど、視力の事で気にした事は無い。
前に一度、眼鏡を掛けたけれど、はっきりと見えすぎて逆に気持ちが悪くなったんだ。

 もう一度だけ、森を振り返ると狼が奥に帰っていく後ろ姿が見えた。
狼は群で行動するはずなのに、あの銀色の狼は一匹だった。
酷く疲れた風で痩せこけていたように見えた。
仲間はいないのだろうか。
オレは一人で旅をしているけれど、独りじゃない。
帰るべき場所があるし、頼れる仲間もいる。
人間でも動物でも、独りの辛さは同じなんだろうな。
 そんな考えを振り払うかのように、オレは街道を町に向かって一気に走りだした。
風が強く吹いて、帽子が飛ばされそうになって慌てて押さえる。
その時、森の中で銃声と獣の声が聞こえた様な気がした。
たぶん気のせいだ。
森で出会った狼の姿を思い描きながら、町を目指してオレは走った。


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