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気が付くと朝が来ていた。 人工太陽が昨日と同じように光りだしている。 小鳥たちが昨晩の騒ぎなど知らなかったかのように、心地よい歌声を自慢し合っていた。 いつもと変わらない森。 オレは、木々の間から僅かに見える空を見上げていた。 「ありがとう、メイファ」 グレースの声がしたので、視線を戻し後ろを振り返る。 銀色に光っているグレースが凛々しい姿でそこには居た。 「オレは大したことしてないって」 「貴方は群の者、全員を助けてくれました」 真剣な顔をしてそんなことを言われたから、少し照れた。 照れ臭くてパーカーのポケットに両手を突っ込んでみたりした。 「なに言ってんだよ。グレースがいてくれたからだろ」 ゆっくりと近付いてきて、頭を足に摺り寄せてきた。 その姿は町で見かける犬そっくりで、微笑んでしまう。 手をポケットから出すと、頭を優しくなでてやった。 気持ち良さそうに目を細めて喉をならしている。 オレはあの後、錯乱状態から抜け出して、密猟者を縛り上げ、森を抜けて街道のよく見えるところに置いてきた。 どうやら商人の言っていた事は正しいらしく、街道の先にはまだ眠っている町が見えた。 次はあそこを目指して一人で歩いていく。 そう考えると少し寂しくなったけれど、横にグレースがいたから目を擦る振りをして涙を拭いたんだ。 その後、森に戻って一眠りしていた。 結局、靴についた赤黒い汚れは泉の水ですぐに流したけれど落ちなかった。 次の町で買い換えよう。 「メイファ、狼王の話を知ってますか?」 「狼王?誰だい、それ」 グレースが伏せたので、オレはその隣に腰を下ろした。 「遠い遠い昔に、動物だけが住む国にとても賢い狼がいました。 それは、狼王と呼ばれ他の動物たちからも慕われていました」 母親が子供に本を読んで聞かせるような優しい口調。 オレは一言も聞き逃しまいと、グレースの方を向いて集中していた。 「狼王は闇より暗い毛並みをなびかせて走ります。狼王の瞳は、光り輝く太陽の様に雨の日も光っていました。 しかし、視界がどんどん悪くなる病気を持っていたのでモノを見る事は殆どできません。 そのかわり、ぴんと立った耳は風の囁きを聴いたり、隣の森で起きている争いを聴いたりすることもできます。 でも、狼王も群の狼たちも他の動物たちもそんな事全然気にしませんでした」 なんだか自分と重なる。 日々悪くなる視力、そして反比例するように鋭くなる聴力。 「そんなある日、国の中に人間が迷い込んできました。 人間たちは最初弱っていましたが、動物たちが助けてあげるとすぐに元気になりました。 それからは、動物たちと共に生活をして様々な知恵を身につけていきました」 そこでグレースは一度切った。 目が合って何が言いたいのかわかったような気がした。 真っ直ぐに見つめてくる。 全て見透かされている気分だ。 「動物と人間は平和に暮らしていたのに、人間は知恵を十分身につけたかと思うとすぐに動物の国から出ていってしまいました。 動物の国から人間が一人もいなくなったのです。暫く経つと、また人間たちが戻ってきました。 今度はたくさんの道具を持って動物の国を攻めにきたのです。 動物たちは人間たちから必死に逃げ回りましたが、人間の知恵には適いませんでした。 捕まえられると人間たちに、声を取られてしまいました。 狼王は最後まで人間を信じて話し合おうとしていました。 けれど、狼王の反乱を恐れた人間たちは森の奥で、とうとう狼王を殺してしまいました」 全身の肌が泡立った。 毛が逆立ち、突然胸が苦しくなる。 そっとグレースが寄り添ってくるのが分ったのでなんとか気を保っている。 「戦っていた動物たちも狼王の死を知って、自ら捕まりにいきました。 人間の知恵と道具には適わなかったのです。 声を失くしてしまった動物たちは、人間の言う通りにしなければなりませんでした。 不平や不満など言えなかったのです。それからは、ずっと苦しみに耐えなければなりませんでした」 何故か涙が頬を伝い落ちていた。 別に拭わずただグレースの話を聴いていた。 「しかし、一部の人間は同じ人間のやり方に疑問を抱いていました。 そっと狼王の亡骸を保管していたのです。 そういった人間たちと動物たちは、手を取り合って声を奪った人間たちを殺してしまいました。 動物たちは声を取り戻して、人間たちとまた一緒に暮らし始めました」 「うそだろ、殺したの?」 グレースは黙って頷くと、続きを話し始めた。 「しかし、動物たちの声は人間に二度と届くことはありませんでした。 人間が動物の言葉を忘れてしまったのです。人間は人間の言葉しか理解できなくなっていました。 動物たちは哀しくなって人間に話すことを止めてしまいました」 そこでグレースの話は途切れた。 どうやらそこで終わりらしい。 こんな話があったなんて知らなかった。 「それで、狼王の亡骸はどうなったの?」 「今も残っていると聞きます」 「本当に?」 頷く。 「狼王の遺伝子を持った人類が生まれたと風の噂で聞きました」 「それがオレとでも言いたげだね」 真っ直ぐと顔をこちらに向けて、 「違いますか?貴方は賢い、それに狼王の容姿にそっくりだ」 黒い髪、金色に光る瞳、原因不明の眼の病、異常なほどに発達した聴力。 どれもが当てはまっている。 けれど、どこかおかしい。 偶然の一致だろう。 「貴方の中には狼王がいる。だから、さっきだって」 グレースの言うさっきとは、密猟者を半殺しにしてしまった事だろう。 だったら尚更おかしいじゃないか。 「狼王は、最後まで話し合いで解決しようとしたんだろう? あんな無意味な暴力なんて、好まなかったんじゃないのか?」 「先ほど話したのは、おとぎ話です。事実を捻じ曲げている」 「じゃあ、なに?」 なんでそんなくどい事をするのだろう。 少し苛ついているのがわかる。 グレースは視線を外す事無く、こちらを真っ直ぐ見ていた。 そして、静かに言った。 「狼王は人間に殺されては無かった。 生き延びて、声を取り上げた人間を全て殺したのです」 声が出なかった。 目の前が真っ白になった。 たぶんそこで意識が飛んだんだ。 |