人工の太陽はPM500を過ぎると照明を次第に落としていく。
そして、月が地上のライトで照らしだされる。
 その月が丁度、頭の上に昇ってオレたちは、子オオカミが昼間捕まっていた罠の場所で待っていた。

今ではタダの匣になってしまった電子罠の中に、グレースが静かにして入っている。
それをオレは少し離れた草むらから見ていた。
周りに飛んでくる虫を払いのけもせずに、密猟者がやってくるのを待っているわけである。
 授業でならった限りでは、野生の動植物を人間が故意に捕まえたり殺傷してはいけない事になっているはずだ。
捕まえて生物実験にかけたり、遺伝子を摂取して高額な値段で科学者どもに売りつけると聞いた。
まったく馬鹿らしい。
昼間までは、野生の子オオカミが捕まっていたので、その時点で法律違反を犯している。

政府に見つかったらどうなってしまうんだろう。
あまり興味は無い。
でも密猟者たちはグレースを狙っているらしいけど、どうしてだろう。
雑技団にでも入れるつもりなのだろうか。
こんなに頭の良いオオカミなんて珍しいだろうからね。
別にそんなことどうだったいいんだけれど、人間以外の動物を物や道具みたいに扱うヒトは嫌いだ。
どんな理由があろうとも許せない。
 「なんで?」
 自問はできても自答はできない。
物心ついた時からそういう風に育てられてきたし、周りもそんな考え方を持った人たちばかりだったから。
それに、動物はオレにとって兄弟みたいなもん。
人類皆兄弟と言うけれど、オレはごめんだね。
すぐ殺し合ったり、傷つけ合ったりする人間とは兄弟なんて嫌だよ。
だからといって人間が嫌いなわけじゃない。
そこが難しいんだけど。

 暫くすると、向こうから数人の影が話し声付きで現れた。
腰からぶら下げた電気銃や超繊維でできた鞭を見る限り待っていた密猟者だとわかった。
 それにグレースも気付いたのか、ちらりとこちらを見やる。
目が合い、オレは帽子から取り出していた、ニクロム線を使って自主制作した小型電熱器を取り出した。
普段は野宿などで、体を温めたり料理をしたりと使っているのだけれど、少し接続部分を変えると手の中に収まる程度のスタンガンに早変わりする。
この制作方法は、絶対に誰にもばらしてはいない。
勿論、担任にも。
しっかし、電熱器がスタンガンになるなど誰が考えよう。
もともと違うモノ同士を一緒に付けようなど誰が考えよう。
さっすが、オレ。
しかし、更にこれには仕掛けがあるのだ。

 檻に目をやると迷彩柄の上下を着た3人がグレースに歩み寄っていた。
グレースは相手を睨みつけ威嚇として喉を鳴らしている。
3人の手には電気銃が握られていた。
見張りとしてだろうか、残りの2人は視線を注意深く辺りに配らせていた。
しっかし、迷彩ルックだなんて軍隊でも今は着ないぞ。
本人たちは格好良いとでも思っているのだろうか。

 電気銃を持った1人が、匣に回り込み磁石を手にしてそれを開けていた。
すぐに異変に気付いたのか仲間を呼んでいる。
匣の電源は予め切らしてもらっているから、それに気付いたんだろう。
すぐ気付いたのは褒めてやる。
さすがプロだ。
でも、オレ達を舐めてもらっちゃ困るよ。

 「グレース、今だ!」

 檻の中で唸っていたグレースが檻を飛び出し3人に飛び掛った。
電気銃を構えようとしているが、グレースの風のような動きについていってはない。
その隙にオレは異変に気付いた見張りの背後に回り込んで、首元にスタンガンをそっと当てる。
電圧の変化は手元で操作できるけれど、最弱のものにしてやった。
死なれちゃ困るからね。

 「このガキ、何をしているかわかっているのかっ?とっ捕まえてやるぞ!?」

 グレースに噛まれたのか、左手で右肩を押さえていた男がオレに気付いて叫んでいた。
顎の周りが黒いから、髭でも生やしているのだろう。
着ている迷彩シャツの胸元には幾つモノ勲章だろうか、輝いている物のが見える。
その中に一つだけ見知った輝きがあった。
目が悪くて絶対に見えていないはずなのにそれだけははっきりと分った。

 どうしてこいつらがしているんだよ。

 「少なくとも法律違反を犯しているのはそちらでしょう?」

 横目でグレースを見ると、残りの2人の上に乗っていた。
そのうちの1人は、失神してしまっているようだった。
オオカミ一匹にも勝てない奴らが、あんなものをしているはずがない。

 「そんなこと言いやがって、これが見えないのか?」

 髭の男が胸の勲章を指差した瞬間、オレはそいつの頬を素手で殴っていた。

さっきまでは5メートル以上も離れていたのに、気付いた時には目の前に立っていたのだ。
頭に血が上ったというかなんというか、気付いた時にはもう相手を殴っていた。
嫌な音が相手の頬からした。

 「メイファ!?」

 グレースの声だ。

 「なっ、こいつ・・・」

 目の前で腰を抜かしている男の声。

 「ふざけんじゃねぇよ」

 たぶん、これはオレの声。
不思議とオレは落ち着いていた。
夜で昼間より見えにくくなっているはずなのに、男の顔も向こうに立っている木々の葉の一枚一枚さえも見えている。
ような気分だった。
 いや、見えている。
あそこの木の枝には、ナナフシがぶら下がっているぞ。
辺りは月の光しか無い筈なのに、なぜこんなに見えているのだろう。

 逃げようと後ずさりをしていた男のみぞおちに思いっきり蹴りを入れている自分を認識するのに、一秒はかかった。
なんだか、自分を一歩下がって見ているかのような気分だ。
こんなこと前もあったような気がする。
何が原因だったんだっけ。

 「やめるんだ、メイファ!」

 グレースが叫んでいた。視線を下に落とすと、男がぐったりとしていた。
オレの皮の靴は、赤いもので汚れていた。
それが、男の吐いた血だと理解するのにおよそ2秒かかっただろう。
こんなになるまで、オレは蹴っていたのだろうか。
 全く記憶が無い。
急にとてつもなく恐くなって、この場から逃げ出したかった。
でも、逃げ出せなかった。

 「グレース・・・オレ」

 足元にいた2人に一度だけ唸ると、こちらに駆けてくるグレース。
月明かりに照らされて毛並みが銀色に光っていた。
とても綺麗だと思った。
なのに、オレの足元には血にまみれて倒れている男が。

 「なにが起きた?」

 自分の呟きが頭の中を空回った。
グレースの瞳は憂いに満ちているようだ。
オレは立っている事ができずに、膝から崩れ落ちていた。

 「大丈夫だよ、メイファ。やったのは君じゃない」

 「じゃあ、誰が?」

 「それは後にしよう。こいつらの事が先だよ」

 両腕の中のグレースが小さく震えている。
いや、違う。
自分自身が震えているんだ。
何がそんなに恐いのだろう。
あぁ。


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