「さて、どうしたものかな」

 檻の中の子はすやすやと吐息をたてて眠れるまでに体力が回復したようだ。
さすが、野生の力と言ったところだろう。
次に目を覚ました時には両親と檻越しではなくちゃんと会わせてやりたい。
だから、ちゃんと働くんだ。
なにかしら閃け、この頭脳。
頭を思いっきり掻いた。

 ふと、匣の上に出しっぱなしだったスパナに気付き帽子に仕舞おうと、手を伸ばす。
簡単に取れると思っていたそれは、匣にぴったりとくっついたようにビクともしなかった。
こんなに重かったかしら。
もしかして、

 「磁石!?」

 地面に臥せっていたオオカミの両親が何事かと思いっきり首を伸ばしてこちらを見ていた。
そうか、やっとわかったぞ。
いや、思い出した。
担任の教師がある日、繋ぎ目の全く無い匣を土産だと称してクラスに持ってきたのだ。
その開け方がわかったものに、1ヶ月の昼食代を出すと言っていたっけか。
ああ、また奢る話か。
あの時の勝者は、クラス委員の逆三角形(もちろん仇名だ)だったような気がする。
喜びと自信に満ちたあいつの顔を見た時、あいつは手にU字の磁石を持っていた。
そして、担任はこう言った。

 「反発力と連動して、素材自体も反発する素材を使った匣だ」

 心の中で担任にありったけの賛辞を言いたかったが、顔を思い出そうとして親父の時みたく顔がぼんやりとして霧散した。
やけに似合わない黒ぶちの眼鏡を掛けていたことしか思い出せない。
まあ、いいか。
 しかし、そんな不思議な素材がある事などオレは大して興味を示さなかった。
だから、あまり覚えてはいなかったんだ。
その時のオレは、1週間後に迫った学力テストのことが気になってそれどころじゃなかったはずだ。
 
 「お願い、グレースを呼んできて。あと、磁石が無いか聞いて欲しいんだ」

 1匹のオオカミが風より早く走って消えた。
それは父親が見せる雄姿だと思った。
親父の背中と何故か重なった。
慌ててオレは打ち消した。
 この場に残ったもう1匹は母親なのだろう。
檻のぎりぎりまで近づき息子(勝手に息子にしているけれど)の名前を呼ぶかのように喉をならしている。
そんなことお構いなしかのように息子は変わらず寝息をたてている。
親の心、子知らず。
まさにこのことだろう。
となると、オレもそうなのかもしれないな。

 すがる母親の腕を振り解いて家出同然に飛び出してきた者がここにいる。
家から遠く離れても何とかやって行っているし、暗い夜に独りでも夢見心地で居るよ。
胸の中で母親に向けて言葉を放った。
親父は、まず問題無いだろうな。
 それから間も無くグレースと父親オオカミが戻ってきた。
グレースの口には一塊の黒い石が咥えられていた。

 「磁力を帯びた石です」

 オレはそれを受け取り、頭を撫でてやる。
すぐさま檻に近づいてちっぽけな匣に手を伸ばした。
手に強い反発力を感じたかと思うと、匣の上部があっさりと開いてしまった。
接合部分を指でなぞってみても滑らかで、さっきまでびくともしなかったとは思えない。
全く誰がこういう物質を作ったのだろう。
今日までに科学は偉業の進歩の歩みを留めていない。
それは人間にとって素晴らしい業績と言えようが、同じ星に住む他の生命体の事を無視して進んでるとしかオレには思えて仕方無い。
だから、それを手放しで肯定はできない。
とにかくそんな考えを持っているオレである。

 匣の中を覗いてみると、そこには授業で習ったとおりの電子機器が入っていた。
これは、楽勝。
とにかく接続ケーブルやらを、あれこれしてただの檻にしてしまえばいいのだから。
自分でも惚れ惚れする手付きで次々と配線をいじっていく。
3分もしないうちに、檻はただの檻になった。
その檻に手をかけゆっくりと上に引き上げていく。
 横でじっと作業を見ていたオオカミの両親は目を輝かせ、檻が全部取り終わる前に我が子へと走り寄っていた。
感動の親子の再会である。
涙ぐましい光景だけど、まだオレにはやることが残っていた。
工具セットを帽子に戻すと、立ち上がって一つ伸びをする。

 「ありがとうございます、メイファ」

 前にグレースが立っている。
後ろを少しだけ振り返ると、親子がしっかりと抱き合っているのが見えた。
正しく言うと抱き合えはしないのだが、オレにはそう見えた。
視線をグレースの方に戻すと、にやり笑って、

 「さて、もう一仕事あるんだけど手伝ってくれる?」

 グレースはその仕事内容を言わずとも解ったらしく、緑がかった瞳をきらりと妖しげに輝かした。
やはりグレースは頭が良い。
少なくともそこら中にはびこる人間たちよりね。

 「でも、メイファ、群の者を…」

 「巻き込みたくは無い、だろ?」

 オレは、自分でそこらの人間たちと同じだとは考えてない。
相手の考えてる事ぐらい考えようとしている。
またにやりと笑い、グレースと視線の高さを合わせ声を小さくし言った。

 「オレら二人で十分さ。ちょっと懲らしめてやるだけなんだから」

 そう言って立ち上がると木々を見上げた。
枝の間から太陽の光が差し込んでいる。
それに反応するようにオレの瞳は金色に光っているのだろう。
小さい頃からそうだった。
それ故、忌み嫌われた事もあったけれど別に気にもしなかった。
親が気にしていないというのもあったし、オレ自身この変わった瞳を好きだったから。
要はあれだ。
モノは捉え方次第。
良いように考えるか、悪いように考えるか。
本人次第ってこと。

 グレースの視線を斜め下から感じて、視線を絡める。

 「なに?」

 「メイファ、貴方は人間なのですか?」

 急に突発的な事を言われてオレは普段以上に目を開いた。
しかし、それを言ったグレースは至って真面目な顔を崩しはしていない。
本当に心の底から思っているんだろう。
 どんなに記憶を巡らしてみても、両親は真人間だしアンドロイドでもクローンでも無い。
ということは、オレは真人間の間に生まれた真人間だと言う事だ。
人間か、と聞かれたのは生まれて初めての経験で少し驚いている。

 「なんでそんな事を聞くんだい?」

 「すみません。いいんです、聞き流してくださって」

 そう、と口の中で呟くと続けた、

 「あとさ、その堅苦しい言葉遣いやめようよ。なんか苦手なんだ」

 「そうですか?」

 「だから、それを止めて欲しいんだよ」

 少しグレースは考えるように下を向くと優しく微笑んで、

  「わかったよ、メイファ」

「うん、それでいい」

グレースの頭を撫でると、ゆっくりとこの場から離れることにした。
親子水入らずってね。
後ろから子オオカミの声が耳に入る。
なんとも人間に限らず誰かに良い事をした後は気持ちがいい。
後ろを振り返ると3匹がこちらを向いていた。

 「人間は酷い事しかしてないかもしれないけど、絶対仲良くできるようにしていくからさ。
 だから、もう少しだけ待ってて。人間を嫌いにならないでおくれよ」

 オレの言ってる言葉の意味をわかったらしく、子オオカミは大きく鳴いた。
あの子はきっと新たな代で群を支えていくだろう。
なんとなくオレの勘がそう言ってる。

 「ありがと。もう罠に嵌らないようにな」

 信じている奴がいるのだから、そういう奴らを裏切るような真似を人間はしてはいけない。
オレは少なくとも裏切るような人間にはなりたくないんだ。
しかし、なっているのだろうか。
自分の描いた理想像に。
不安だけがひたすら降り積もる。

 「メイファは大丈夫。本当に未来の事を考えているってわかるよ」

 心中をそのまま読まれたらしいその言葉にオレは驚いたが、すぐに照れ臭い気持ちが湧いてきて照れ隠しついでにグレースの頭を撫でる。
自分の気持ちをわかってくれている奴がいるというのは悪い気持ちはしない。
ってか、照れる。
ああ。

 「ありがとな、グレース」

 胸の中でこんな出会いをくれたあの胡散臭い商人に感謝した。
さぁ、最後の仕事だ。
グレースと共にオレは走り出した。


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