長らしきオオカミの後を追って10分は走っただろう。
時々後ろを振り返りオレのペースに合わせてくれた。
なんとも心優しきオオカミかな。
しっかし、森の中で慣れていないと言っても、こうもペースダウンするものなのだろうか。
体力の低下か?
ああ、まだ若いのに。

 「さあ、ここです」

 呼吸と一緒に合わせて上下する肩を無理矢理、両手で押さえ真っ直ぐに前を見た。
オレの移動する視線を導くかのようにオオカミは道を明けた。
その先には草むらがあり、そこから微かに鳴き声が聞こえてくる。
どうやらすっかり弱っているようだ。
これは一刻を争う事態だと察知して、すぐさま草むらに駆けつけた。

 草むらを掻き分けると、森の中には似つかわしき金属の光を見つけた。
これは確か、何年か前に使用を禁じられているタイプの狩猟用の檻型の罠だ。
目的以外の動物を傷つけてしまう為だとか言っていたような。
 思った通り中に捕まっている子オオカミは弱々しい声をあげるだけでピクリとも動かない。
よくよく見れば体中に火傷の跡があるみたいだ。
もしかしたらと、オレの頭の中に一つの可能性が浮かび、その場にあった枝を檻の鉄格子に投げつけた。
当たったと思った瞬間に青白い光が走り、枝は白い煙を出して地面へと落ちていた。

 「檻に電流が走っていて、手が出せなかったわけだね」

 後ろでその様子を見ていたオオカミが黙って頷いた。
人工種のクリーチャー達は知能が高い。
人間と同じように考える事だって可能だ。
だから、こんな原始的な罠だったらその頭脳を生かし壊す事だって簡単なはず。
それができないとなれば、人間にしか解けない何かがあるはずなんだ。

 「すぐに解放してやるさ。その前にこれに水を入れてきてくれないか?えーと、」

 「グレースです」

 「ああ、グレース、頼むよ」

 笑うと腰差しから水筒を取り出しグレースというオオカミの長に渡した。
それを器用に咥えると風のように走り出していった。
あっという間に見えなくなる。
オレがもう少し目が見えているならば、点として見えたかもしれないがね。

 「機械工作を選択していて良かった。こんな時に役立つなんて」

 独り言を呟きながら檻と向き合う形で腰を下ろす。
オレの気配に気付いたのか子オオカミは耳をぴんと立てると顔だけこちらに向けた。
最後の力を振り絞ったような声で鼻を鳴らしたのが聞こえた。
たぶんオレの聴力が良いからこそ聞こえたのだろう。

 「早く助けてやるからな」

 オレの言葉の意味がわかったのか、子オオカミは安心して笑みを見せたような気がした。
この子は人間を知っているんだ。
だから、こんな酷い事をされても憎しみという感情を抱かない。
もしくは、人間を見極める事ができるのかもしれないな。
なのに、人間は平気な顔をして動物たちに酷い事をし続ける。
なんとも不条理ではないか。

 いつも被っているこのキャスケット帽には、オレの秘密道具がたくさん隠されている。
その多くの用途は名前の通り秘密なのだが、スパナや螺旋回しなど小型工具セットも含まれているのだ。
収納方法はもちろん秘密である。
 そんなのものを頭に乗せているお蔭でいつも肩こり気味。
最近は麻痺したのか、慣れてしまってきているけども。
 慣れた手付きで帽子から工具セットを取り出すと、もう一度檻に向き直り解体作業を始めようと思った時、

 「おかしい。繋ぎ目が何処にも無いぞ」

 檻の後ろにオマケのようについている匣に、大抵は電源やら発信機やら電力発生装置などが入っているはずなのだ。
しかし、あるはずの繋ぎ目が全く無い。
獲物を檻から出す時には必ず電源を切る必要があり、それを操作するスイッチなどが一緒にあるはずなのにそれすら見当たらない。
これはいくらなんでもおかしいぞ。
 いつの間にかオレの後ろには2匹のオオカミがやってきていた。
たぶんこの子の両親なのだろう。
心配そうな顔をしてオレを見ていた。
こいつらには通信機器が無いので言葉としてはわからないが、きっとこう言いたいに違いない。

 「子供を助けてください」

 振り返り2匹の瞳を交互に見ながら、

 「絶対助かるさ」

 しかし正直これからどうするか検討もつかない。
繋ぎ目の無い匣だなんて学校の授業ですら見たことがないし、聞いた事だって無いんだから。
どうすべきだなんだ、一体。
誰か教えてくれ。オレはスパナを匣の上に放置した。

 そんなオレの心の中の不安を感じ取ったのか2匹が両脇から擦り寄ってきた。
グレースのように銀色の毛並みではなく灰色に近い白をしていたが、とても心地よい温もりは一緒だった。
2匹の頭に手を置いて、良い閃きが出るように集中をした。
こんなに集中したのは、半年分の昼食代をかけた担任の教師との神経衰弱大会の時以来じゃないかな。
と、頭の中に浮かんだ瞬間にオレは肩を落とした。
なんでそんな時にしか集中してないんだよ。
思わず溜息が漏れる。

 「どうですか?」

 「名前言ってなかったっけ、メイファだよ」

 「メイファ、水を汲んできました」

 首に掛かっている水筒を受け取ると、試しに繋ぎ目の無い謎の匣に水をかけてみた。
ほんの少しの期待を込めてかけたのだけれど、そんな小さな期待はあっさりと裏切られるしかなかったみたいだ。
水はそのまま地面へと染み込まれていく。
それを黙って目で追ってみた。
 どうやって電源を切るのだろう。
熱であぶる?
まさか、薪程度の熱で開くとも思わない。
水をかけても何も変化はないし、

 「ねぇ、グレース。この子は捕まって何日が経つ?」

 「確か、3日目です」

 目を細め記憶を辿っているようだった。
グレースはそのまま続ける。

 「子供たちでこの辺りで罠があるのも気付かずに遊んでいたようです。もっと私が注意をしておけばよかったのに」

 「グレースの所為じゃないでしょう。これを仕掛けた人間が悪い」

 「いえ、人間たちは私を狙っているのです」

 オレが言い終わる前にグレースは言い放った。
真っ直ぐとオレの方を見ている。
何故か目が離せなかった。

 「無関係な子供たちを危険な目に合わせてしまっている。私は近く群を離れようと思っています」

 今度はオレが口を挟む番だった。

 「そんな考えやめろよ。この群の皆はお前の事慕っているぜ。
人間のオレにだってそれはわかるよ。なのに、途中で仲間を見捨てるみたいな言い方は無いんじゃないの?」

 「しかし、私がいなくなれば群にはまた平和が戻ってくるのです。人間の襲撃に恐れなくていい」

 ああ、わかったぞ。
オレが最初に襲われたのは、人間に対する恐怖からの行動だったのか。
人間を知らない奴なら人間を恐ろしい存在だと記憶したっておかしくないな。
全て人間が引き起こしたことじゃないか。
 「人間を絶対的な存在だと思うなよ。お前らと同じように見ればいいじゃないか。
 縄張りを荒らして、しかもお前たちを捕まえようとしているんだぞ?その事は目を瞑って尻尾を巻いて捕まる?ばっかじゃねーの?」

 一気に言った為、口が渇いた。
汲んできてもらった水筒の水を一気に喉に流し込む。
冷たくて美味しかった。

 最後にもう一つだけ言いたい事が残っているのに気づき、

 「自分を犠牲にして仲間を助けるのは、自分の押し売りみたいだよ。
残された仲間の事少しは考えた方が良いんじゃないでしょうか」

 グレースはそのまま来た道を戻ってしまった。
いつかの自分と後姿が重なった。
今、言った言葉は担任に言われた言葉そっくりそのまま言っただけ。
あの時のオレも今のグレースのように、何も言わずに教室を出て行った。
あれは、何が原因だったんだっけ。
思い出せないな。

 軽く首を振って帽子からストローを取り出す。
水筒の中に栄養剤を数滴垂らしその水を軽く口に含み、檻の中でぐったりとしている子オオカミの口にストローを近づけた。
すると微かに舌を出すのがわかり、ゆっくりとストロー伝いで水分を補給してやる。
水筒の半分近くをやり、これで衰弱死の恐れはなくなったよと草むらに隠れてしまっていた両親に告げた。
しかし、時間は無い。
どうにかしてこれを壊さなくては。
忌々しい機械の匣。
軽く蹴ったら思いのほかそれは重くて堅く、爪先が痛んだ。


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