目の前には合計8つの滲む光がこちらをじっと凝視していた。
どういうわけか体が思うように動かず、冷たい汗が頬を伝り落ちていくのが自分でもわかった。
同時に、恐怖心が一握りさえも無い事もわかる。
なんだろう、視線の主達の向こう側の木々の葉もくっきりと見えている感じがする。
しかし、それは無いだろう。オレの視力は1メートル先の人物の輪郭さえボヤケて、知り合いかどうか認識するのに最低4秒は掛かる。
要するに目が死ぬほど悪い。
別に死にやしないっつーのに。
 自分で自分に突っ込めるほど落ち着いていた。
それに少し驚いて笑みを少し零す。

 8つの光は、喉を鳴らしながらじりじりと近づいてきた。
月夜に奴らの輪郭がボンヤリと映し出されて、予想していたようにそれがオオカミだとわかる。
しかも、人間の手を加えられているらしい。
モンスター用に造られ用が済んだと同時にこの森に捨てられたか、逃げ出してきたのだろう。
すっかり野生化して鋭い牙をこちらに見せ付けているじゃないか。
喉を鳴らして近づいてくるのは良いが、どの声も友好的ではないのに苦笑する。
護身用に常時、腰にぶら下げているショートソードに手を伸ばした。
こんなもので野生化したアーティフィシャルウルフに適うなんて微塵も思っていないが、抵抗もしないで胃袋に収まるのも嫌だ。

 その時、風向きが変わったらしい。
前髪がうざったらしく額に張り付いてくる。
ここ何日髪を切っていないのだろう。
そろそろ切りたい時期だな。
でも、ここで死ぬならそんなこと気にしなくても良いのか。
なんて思いながら、剣を構える。
これでも、剣術は親父に幼い頃から無理矢理教え込まれた。
あの時は嫌々だったが、今は少しだけ感謝している。
ふと、ぼんやりと髭面の親父の顔が輪郭を留めないまま浮かんで消えた。
ああ、思い出せない。まだ若いはずなのに、ニューロンが消えてしまったのだろうか。

 そんな老化現象に悩むオレの耳に、乱雑にリズムを鳴らす金属音と悲痛に彩られた獣の声が聞こえてきた。
おそらく、その獣の声は目の前で対峙しているオオカミ達の子供だろう。
そして、人間の仕掛けた罠にかかっている。
おお、まだ脳は死んでいないな。
自分でもにんまりしたくなるほどの名推理に頷き、手に持っていたショートソードを腰差しに戻した。

 そして、

「お前達の縄張りに入った事は謝るよ。だが、オレはこの森を通って隣の町に行きたいだけなんだ。なんなら、その後ろにいるガキを助けてやってもいい。どう?」

 生まれてきて齢16年、すでに世渡り上手。
自分の子供が可愛くない親がいるものか。
そして、一度は人間に造られ育てられた奴らなら人間の言葉がわかることをオレは知っていた。
全ては経験から言える。
ああ、オレってすごいな。

 と、右足に激痛。
脛が燃えるように熱い。
突然、頭の中が白くなって立っていられなくなったとわかった瞬間に全てわかってしまった。
 もしかしなくても、右足喰われた?

 目を開けると最初に飛び込んできたのが土の天井だった。
体を起こすとあちこちが痛んだが、それは自分の寝ている場所の所為だとすぐにわかった。
でこぼこの地面が剥き出しになっているところに、軽く落ち葉が敷き詰めてあるだけ。
しかし、この痛みには毎晩のように野宿するオレはとっくに慣れてしまっていた。
ぐるりと辺りを見渡すとすぐに今いる場所が洞窟だとわかった。

 なんでこんな場所にいるのか俺は記憶を辿ることを試みることにした。
道ですれ違った商人に次の町までの道を聞き、森を抜ける事が一番の近道だと言われたのでそのルートを通る事にしたのだ。
そして、数匹の人工オオカミ達に出会った。
交渉を試みて、そして、、

 慌てて右足を見たが、ちゃんと足の先まで附いていたのでホッとした。
しかも、ご丁寧に薬草で傷の手当てもしているらしかった。
そのお蔭か、右足の痛みはちっともしない。

 だが、誰がオレをここに運んで、しかも手当てをしてくれたのかがわからない。
倒れているオレを見つけて誰かがここに運んできた?
まさかな。
あんな夜中に人が森の中を出歩くわけがない。

 ふと商人の顔が浮かんできた。
父親の顔を思い出すのは難だったのに、こちらはしごく簡単だった。
そうだ、こんな森を通るのが近道なものか。
お蔭でオレは右足を喰われたじゃないか。
あの野郎、騙しやがって。

 「もし見つけたらシメてやろうか」

 同じ商人ともう一度巡り合うなんていう運命な的なことは体験したくは無いが。
すると、光のする方から声が聞こえてきた。
正しく言うと頭の中に直接言葉が飛び込んできた。
この感覚は知っている。

 「目覚めましたか?」

 逆光で見えないが、声の主はオオカミだろう。
やはり人工知能を備えていて、しかも通信機器を附けていたのか。
それは、人間の言葉を理解し、自らの意思を言葉として人間の脳に直接伝えられると言った人類の発明品であった。
人工知能と通信機器を備えられた動物たちは、人間たちと良き交流を果たすようになったと言われているが実際の処はどうなのだろう。
以前よりもっと人間自身が自然界の王者なんだと言い張っているような品々ではないか。
どれも人間をベースにして・・ああ、悲しきかな。

 「ああ。これは君がやったのかい?」

 と、オオカミに体の向きを変えて右足を指差した。
近づいてくるオオカミは、驚くほど真っ白い毛並みだった。
いや、銀色と言ったほうが正しいかもしれない。
逆光の所為もあるだろうが、本当に光って見える。
オオカミは悲しげに笑った。ように見えた。

「貴方を襲ったのは人間を知らない若者でして、誠に申し訳ないことをしました。彼を許してやってくださいませんか?無知から起こった悲しき事なのです」

 最初からそんなことわかっていた。
人間の手によって造られたクリーチャーは、遺伝子に人間を襲うなという絶対的な命令があると聞く。
全く馬鹿げていると思うが、それは遺伝を繰り返していくうちに薄れていくという欠点がある。
つまりは、人工種と自然種が混ざって混種が生まれた。
それを何度か繰り返していくと全く人間を知らないものが生まれる。
そいつにオレは襲われた。
なんとも言えぬ。

 しかし、このオオカミは群の長なのだろう。
威厳というか、本当に群の仲間の事を思っている。
動物の仲間意識というものは、人間のそれを上回っているとオレは思う。

 「別にいいよ。手当てもしてくれたわけだし。それより、あの子は助けたの?」

 黙って首を横に振った。
悲しげに目が光り、オレを見上げる。
 「どうか助けてくださいませんか」

 「うん、いいよ」

 二つ返事でOKをした。
困った時はお互い様だろ。
種族なんて関係ない。

 「ありがとうございます」

 擦り寄ってくるオオカミの体毛は思ったよりごわごわしていたが、とても温かく気持ちが良い。

オレは無意識のうちにぎゅっとそいつを抱き締めていた。


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