夏が一体いつまで続くのだろうと思った9月。
10月に入ったらば、急に北からの冷たく体の中を吹き抜けていく風が吹き始めた。
 冬という季節は別に嫌いではない。
と言っても、好きでもない。

 あらゆる外との通路を締め切り、淀んだ空気で満たされた教室が気に入らなかった。
ただそれだけで、授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったと同時に教室を抜け出した。
個人的には、重要なことだったのだけれど。
 誰もいない廊下を走り抜け、階段を駆け上った。
一枚の鉄の扉が立ち塞がったけれど、大丈夫、コツを掴めば誰にだって開けられる。
体重を乗せ、ドアノブを掴み、右上に引き上げるとカチャンと間抜けな音をだして門番は道を開けてしまう。
なんとも頼りの無い門番だ。

 遮るものが何も無い空を見上げ、声を上げる。

「イルカだ」

 雲が覆う空の隙間をイルカが悠々と泳いでいた。
飛んでた、という表現では似合わなくてそれは間違いもなく泳いでいた。
イルカは、泳ぐものだ。
でも、空でではない。
大抵のイルカは、海の中を泳いでいる。

 「イルカだって、空ぐらい飛ぶわよ」

 いつのまにそこにいたんだろう。
何度か廊下で顔を合わしたことのあるぐらいの女子が、頼りない門番の側に立っていた。
彼女は、視線を合わすことはなくただ空を見上げていた。
 肩まで伸びた黒い髪が、さらりと風に揺れる。
名前を知りたいと思った。

 「海と空の境界線を飛び越えるなんて目じゃないんだから」

 彼女は、綺麗に伸びた指先で空を指差す。
まるで、制御された機械みたいに滑らかな動きだった。
その指先の動きに合わせて、再び空に視線を戻す。
まだ、イルカが泳いでいた。

 「君は飛べるの?」

 彼女が僕を見る。
怒られるのかと思ったけれど、彼女はなぜそんなことを聞くのかと不思議そうな顔をしながら答えた。

 「飛ぼうと思えば、いつだって飛べるわ」

 彼女の当たり前の行動や、仕草が僕にはとても羨ましくて素晴らしいことに思えた。

 そのまま、彼女にとっては他愛の無い話をして授業をサボった。
その間中、イルカは空にいるのが本来の姿かのように泳いでいた。
 海を自由に泳げなくても、空を飛べなくたっていいから、いつか彼女の話を聞くことが日常になればいい。
そうなればと思うと、僕の気持ちは自然と落ち着いた。
それが当たり前であるかのように、嬉しくなった。