彼女が、突然訊いてきた。
何を写したかと。
 手には、ポロライド写真と思われる白紙が握られている。
まだ、画面は黒くそこに写されたものの影さえ確認できない。

 黒と白。

 何かヒントと聞いてはみたが、彼女はただ嬉しそうに笑い返すだけであった。
時間が経てば自然と浮かび上がってくるのが、ポロライドなのだがどうやらその前に私に答えてもらいたいらしい。
なんとも、突拍子なことを思い浮かべることが好きな人だ。
突き合わされるのも嫌ではないし、もう慣れきってしまっている。
彼女が、次に何を言うか楽しみにしている節もあるぐらいだ。
いかに楽しく生きるかということを、目標に掲げているらしい彼女と一緒にいると退屈ということを覚えずにすむ。
そして、彼女が気に入っている楽しみ方は、謎かけ。
好奇心が彼女を構成しているに違いない。
ずっと前から彼女は、好奇心で満ちていた。
それを、前から知っていたし、信じていた。
 そうそう、謎かけであるが、一般的に言われる正解とは違うものを求める。
彼女は、最初から答えなど用意していないのかもしれない。
私が答えたことを聞き、気に入れば正解にし、そうじゃなければ合っていても不正解にする。

不思議。

 だから、今回も考える。
想像する。
彼女が今、何を想っているか。
しかし、起きたばかりのこの頭では上手くそれができないらしい。
春の日差しの魔力によって、睡魔がまだ抜けきっていない。
我慢しきれなくなって、つい欠伸をしてしまう。
頬の筋肉が弛緩し、涙腺が刺激され涙が零れる。
眼鏡を少し持ち上げて、それを拭うと、ふたたび考え始めた。

 なんで、ポロライドなんて持ってきたのだろう。
一体誰の。



 ああ。
もしや。


 まだ正解が映し出されていない印画紙を握ったままの彼女を引き寄せ耳打する。
唐突の事に、少し驚いた風だったが私の言った答えが気に入ったのか彼女は笑うと印画紙を手渡した。
少しずつ橙色に浮かび上がってくる被写体。
明るい笑い声をあげながら猫と遊ぶ彼女。
 欠伸から出る涙ではない涙が、頬を濡らしていた。
希望に満ち、生きることに精一杯の彼女が私と一緒にいていいはずは無い。
私の左手首が語るように、生きることに絶望を感じ全てをあきらめようとしていた。
しかし、弱りきった私の心では、断ち切ることもできなかったのだ。
そして、どういうわけかここにいる。
社会に対応し切れなかった私だが、彼女は受け入れてくれた。
彼女も、もしかしたら私と同じなのかもしれない。
けれど、それは決してないだろう。

 彼女は、こんな美しい世界を知っている。
映し出された印画紙には、

 桜と空。

 当たり前のものが世界を構成している。
それを見てもなんとも思いはしなかった。
けれど、彼女の目に映るのは当たり前がとてもキラキラと輝いていて、全てが意味のある物なのだ。
 少し時間差はあるけれど、彼女の見ているものが映し出されたポロライドカメラの写真。
彼女を取り巻く世界。

 その中に、私を見つけた。
縁側に腰をかけ、膝の上に猫をのせ、首をうな垂れて眠っている私だ。
まだこの世界から見放されてはいないようだ。
一枚の紙切れに私は、救われる。
そんな軽い男である。

 間接的でもいい、彼女の見た世界を見れて、もう少し生きてみようかと思った。
彼女の世界でなら、生きていてもいい。

 猫と遊んでいたと思っていた彼女は、またポロライドカメラを構え、泣き崩れる私を撮っていた。


『君の見ている世界』で、僕は必要な存在でありたい。