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先日のくじ引きによる席替えの結果、窓側の列の一番後ろという絶好の座席を勝ち取った。 春先ともなると、ぽかぽか陽気に誘われてうとうとしていると、いつのまにか授業が終っていたりする。 これは、いかんと自分では思うのだけれど一種の自然の摂理であるから仕方無いと思い、唯一の親友と認めている佐藤友子(通称、ともちゃん)にノートを写させてもらっている。 毎回のことであるから、あたしがのそりと席を立ち上がるといつも困ったように眉根を寄せてノートを何も言わずに差し出してくれる。 今日の、国語もいつものようにうつらうつらしていたのでノートは真っ白だ。 むしろ、ノートなんて出してはいない。 国語の教師が黒板に書くままうつすと効率が悪いうえに、解りにくいのである。 ゆえに、芸術と呼んでも良さそうな彼女のノートを拝借し毎回写させてもらっているというわけだ。 お蔭で、楽に要点が整理でき試験前の勉強でも活躍している。 これも、一種の才能というやつなのだろう。 羨ましい限りだ。 彼女の席の横に行くと、 「今日も、死んだように眠っていたね」 毎回あたしの寝る様を楽しんでいるらしい彼女は、今日も楽しげにノートを差し出した。 「うん。だって、ティーチャーの教え方わからないんだもの」 あたしは、ノートを受け取ると彼女の机の上に出ているアルバム帳らしきものに目を凝らした。 開いているページの写真には、日本では見られないような真っ青の空と、地平線まで続く荒地。 生えている草花は見当たらないが、地平線近くに枯れ木が転々と立っているのが見える。 「どこの写真?」 「どこだと思う?」 どんな答えを期待しているのかはわからないが、爛々と目を光らせながらあたしに問うともちゃん。 あたしは、少しだけ考えて 「荒野」 と答えた。 「ちーちゃん、そうだけど違うよー」 この子は、笑うと頬をほんのりと赤くさせる。 化粧などしていないという彼女だが、同性からしてみても可愛くて、とても整った顔をしている。 笑うときだって、その丹精な顔を崩す事無く、俗に言う上品に笑うのだ。 しかし、嫌味的要素は、これっぽっちもはいっていない。 いつの日か彼女のお宅に訪問させてもらった時、初めて彼女の母親を拝見させてもらったのだがこれが驚くほど瓜二つなのである。 一瞬双子のお姉様というかご令嬢かとも思ったのだが、とても気さくなお方だったのを覚えている。 一般の家庭の母親とはなんだか違うオーラが出ているのだ。 ともちゃんの父親は一般的なサラリーをやっているので、きっと由緒ある家の娘だったお母様がお父様と一緒に駆け落ちしたに違いない。 そんな妄想を膨らましつつ、もう一度写真に目を凝らした。 「この写真の中にヒントは写っているの?」 ともちゃんは、嬉しそうに首を横に振った。 そんなので、あたしに何を答えさせようというのだろう。 自分で言うのもなんだが、お笑いのセンスなんて一欠けらも存在していない。 どっちかというと、彼女の方が、天然なので時々ツボにはまるような事をぽろりと口から出すのだが。 「私がね、行きたいところなんだ」 あたしは、驚いて彼女を振り返った。 この子はもっと、千葉にあるのに東京といいやがっているリゾートとか映画ファンでも行きたいかどうかわからない関西のテーマパークとか、 どちらかというとメルヘンチックな世界に憧れる子だとばかり思っていたが。 こんな、超現実的な空間に行きたいだなんて。 荒野と聞いて想像できるのは、サボテンと荒野の七人ぐらいなのだが一体何が彼女を惹きつけるのだろう。 「どうしたの、一体?」 「だって、素敵だと思うの」 ちょっとばかし理解しがたい。 なにが素敵なのだろう。 あたしは、荒れた野原になんて惹かれはしない。 「一見何もないような景色って、今の日本じゃ難しいでしょう?」 ああ。 「こんな言い方好きじゃないんだけど、先進国って呼ばれるところじゃあまり無いと思うの」 彼女は続ける。 「ちょっと見たぐらいじゃ何も無いんだけど、よく見るとここに木が生えていて、蟻塚が見える」 ここ、と写真に指を差して教えてくれた。 なるほど、誰かの悪戯でできた土の山とばかり思っていたが、これが噂の蟻塚だったか。 気をいれて、もう一度その写真を見てみれば色々なものが見えてくる。 今の、日本じゃ嫌でも何かが視界に入り、気をいれて物事を見るだなんて事は無いんじゃないだろうか。 「だからね、もっと全身で自然とかを感じてみたいの」 無邪気に写真に視線を落としながら、彼女は笑う。 この子は、あたしとも勿論違うが、このクラスにいる誰とも似通ってはいない。 普通、人というものは十人十色という言葉があるようにそれぞれ違った思考、趣味をしているのだろうが最近じゃどうかなと思える時がある。 皆様、同じような服装で何が楽しいのでしょうか。 それは、さておき、彼女には彼女の世界が確立していて、なおかつ素敵な思想に基づいて動いている。 彼女のように、自分の世界を確立している高校生が日本に何人いるのだろうか。 あたしも、どうなのだろう。 「もっと、見たことないような世界見たいんだ」 「素敵だよ、それ」 心から思った。 そして、いつの間にか、口から言葉が出ていた。 「ちーちゃんには、一番にお土産話を聞かせてあげるって決めてるの」 なんでこの子は、こんなにも人を嬉しくさせる言葉をさらりと言えるのだろう。 彼女にとっては、それが普通なのかもしれないが、あたしは彼女の言葉が好きで、幾度も助けられてきている。 だから、あたしはともちゃんが大好きだ。 「じゃあ、あたしはともちゃんを空港までお出迎えしてあげる」 本当に嬉しそうに笑ってくれた。 あたしでも、人を喜ばせることができるんだとこの子に会って思う事ができた。 人を優しい気持ちにさせることができるのは、その人の才能なのだろうか。 一口にそうだとも言い切れないが、彼女にはそういったものが存在すると信じたくなってくる。 「ともちゃん、大好き」 「私もちーちゃんのこと好きだよ」 「うん」 この子がいれば、あたしは学校で頑張っていける。 彼女の夢がかなえばいいと思う。 そして、一番に土産話を聞かせてもらうことを願いながら。 始業のチャイムがなり、あたしは席につき窓の外を眺めた。 少し小高い丘に建っている学校からは、住宅街が一望できる。 犬を散歩させている人や、健康のためかジョギングをする人。 注意してみれば、いろいろな人が町で生活している。 空を見ようとするが、視界の下のほうに決まって電線が写りこんでしまう。 「空だけを、見ていたいのに」 あの荒野を映した写真を思い浮かべてみる。 あの空に溶け込んでしまいたい。 化学担当の教師が、教室の扉を開けた。 |