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<chapter1>
「楊海さん、連れてきましたよ。」
「やあ、伊角君。感謝するよ。」
ヒカルは伊角に連れられ、コンピュータを前になにやら打ち込んでいる楊海の部屋に来た。
「進藤君、ぜひ、君の力を借りたいんだ。」
「はい、お役にたてれば。」
伊角は楊海から、『神の一手』を極めるコンピュータプログラムを組むための参考資料になるような碁の打ち手を紹介して欲しいと、頼まれていたのだ。そして今日、ヒカルを連れて日本を訪れている楊海の部屋にやって来たのだ。
「さあ、進藤君、ここに座って、このコンピュータと対戦してくれ。君の打つ手を学んでこいつはどんどん強くなる。」
ヒカルはコンピュータ画面に映し出される碁盤を見た。
『佐為…。』
それはヒカルに佐為の思い出を蘇らせた。
あの夏の日、毎日世界中の人と対戦したっけ…。そして塔矢名人とも…。あいつ、ついに一度も負ける事が無かったな。
今、ここで自分が佐為のように打てば、このプログラムは佐為によく似た打ち手になるのか?
自分の中だけでなく、ここにも佐為に会える場所ができるのかもしれない。
ふと頭の中に、毎晩並べている秀策の棋譜が浮かんだ。
「楊海さん、対戦ではなく、いくつか棋譜を打ち込んではいけませんか?」
「棋譜を?」
「はい。俺が、本当に強いと思った人の棋譜をそのまま…。」
「うん、いいけど…。でもその後、君もこいつと打ってくれよ。実戦も必要だ。」
「はい。」
ヒカルは秀策の棋譜、塔矢名人との対戦、自分や沢山の人々と佐為が打った対戦を覚えている限りコンピュータに打ち込んだ。
それは気の遠くなる作業だった。
だがその一つ一つに思い出が重なり、まるで今ここにあの懐かしい佐為がいるかのような錯覚に陥った。
佐為、会いたい…。
ヒカルは黙々と佐為との思い出を打ち込み続けた。 |
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<chapter2>
科学の粋を集めた最高のロボット誕生…。
そのニュースが駆け巡ったのは数年前のことだった。実用化され、介護用ロボットとして活躍する日も近い。
ヒカルは手合いの帰りに大勢の人だかりができているのに気がつき、いつもなら足をとめることもない会社の前で立ち止まった。
SANYのASINOFというロボットがまるで人間のような滑らかな動きで箸を持ち、小さな大豆をつまみ上げては皿に移す、と言う作業をしている。またそのむこうでは怪力を発揮して人を持ち上げ運ぶ作業をしたりしてみせていた。
「今にああいうやつと碁を打つことになるかもしれねえな。」
ヒカルは独り言を言って、ハッとした。
あれに楊海さんのところのプログラムを組み込んだら…?
ヒカルは慌てて首を横にふった。そんなことができるわけがない。第一あのロボットは目が飛び出るほどの値段だろう。到底自分の力では買えるような額では…。
〜ASINOFに何をさせたいかコンテスト〜
ヒカルの目に飛び込んできたのは、今行われているデモンストレーションの企画だった。採用された人には、ASINOFにその機能を組み込んでプレゼントされるという。
無意識のうちにヒカルはその応募企画の前に来て、申込書を手にとっていた。
『碁を打たせたい。最強の碁を』
ただヒカルはそれだけを書き、自分の名前と住所を書いた。
数週間後、自分の書いた意見が採用されたと言う知らせが飛び込んだ。
ヒカルは手合いの合間を縫ってSANYに通う事になった。できる事なら見た目も佐為そっくりにしたい。顔かたちも背格好も、服装も…。
これは佐為ではない。でも、もうじき佐為が誕生する。
佐為ber saiが…!
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<chapter3>
ごくん…。
ヒカルは思わず口の中にたまった唾を飲み込んだ。ここは
SANYのサイバー研究室だ。今、目の前には生きているかの様な人間そっくりのロボットがいる。これがロボットだとわかるのは安全確認の為の最終チェックを受けるために、胸の部分の覆いが開けられ、機械が覗いているからだ。
アニメで見るようなロボット研究所では無い。シンプルなスチール製の椅子にそのロボットは腰掛けさせられていた。
「それにしても、すごい発想だね。平安の貴族の扮装をロボットにさせるとは…。」
感心した様に研究員はヒカルにそう言って、笑った。
「3年に一度はメンテナンスにここに持って来た方がいいよ。」
人のよさそうな研究員はヒカルにそう言って自信作のロボットをそっと叩いた。
「無理な使い方をしなければバッテリーもそのくらいは持つだろう。あ、この烏帽子の部分は太陽電池になっているから、できるだけ日光に当てた方がいいからね。夜でも取り外さないで。」
「はい…。」
「説明書はつけるけど、わからない事があったらいつでも連絡をしてね。」
佐為は今まで自分の意識の中に住んでいた。だからその姿をこんなにリアルに見たのは初めてだ。似ているだろうか?早く目を開けないかな…?
早くあの優しい笑顔が見たい。
「テストOK、準備完了です。」
あたりから無機質な声でそう聞こえた。
「進藤君、いよいよスイッチを入れるよ。さあ、君の手でこのボタンを!」
ヒカルは研究員に促されるまま、機械の内部にある小さなボタンをそっと押した。
ウィ…ン…
小さな機械音が響き、ロボットの中の機械が赤や緑のランプを点灯させた。それを確認して、研究員は丁寧にロボットの覆いを締め、ねじを回した。
狩衣を丁寧に直した直後に、ロボットの顔にかぶせられた人工筋肉と人間そっくりの手触りの人工皮膚がぴくぴくと震えた。
「今一度…、私は現世に戻る…。あまねく神よ、感謝します…。」
ロボットの唇からそんな声が漏れた。
そして静かにロボットは…いや、佐為は目を醒ました。
「佐為…!」
それはまさしく佐為そのものだった。
「ヒ…カル…?」
佐為は懐かしいあの笑顔でにっこりと笑った。
「大丈夫そうだな。全て正常だ。」
佐為に取り付けられた数本のコードを外しながら、ヒカルの方を向き直った。
「こいつの名前はなんてつけるんだい?」
「佐為です。藤原佐為。」
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