(緒方さんが何故?)
saiは光剣を握りしめると、ゆっくりと外に出て行った。
服はファティマスーツ(装甲服)に着替えている。
緒方はミラージュの一人、しかも天位騎士だ。油断はできない。
「よう、久しぶりだな」
わずかに顎を上げ、睨めつけるように緒方はsaiを見た。
緒方の背後にドーリーはない。かわりにすぐそばにディグが止まっていた。
「…なんの用です?あなたのファティマになるのはお断りしたはずですが」 saiは無感情に冷た
く言った。
「確かに。しかしオレを蹴って誰を選んだかと思えば…」緒方の眼光がするどく光った。
「三条の小僧ンとこに行ったとなりゃ話は別だぜ」
「あなたには関係のないことです」
「関係ないだと?…まさかオレより三条の小僧の方が力があるというつもりか!?あんな最下級
騎士!」
緒方は声を荒げて、saiに詰め寄ろうとした。
「近寄らないで下さい!」 緒方の足が、止まる。
「私はファティマです。本能に従って選んだマスターに異を唱えられても困ります」
緒方は低く嘲笑った。
「そうだったな。『より強い騎士に』。…なら、オレにもまだチャンスはあるってワケだ」
「………」
「飛び出して来ないところを見ると、小僧は留守か?」
「…何をするつもりです?」 saiが光剣を構える。
「物騒だな、佐為。だが、オレはお前とやり合うために来たんじゃない」
緒方は両手を上げてみせた。
「勝負は小僧とさせてもらう。オレは欲しいものは何がなんでも手に入れる主義だ。小僧に勝っ
て堂々とお前を手に入れるさ」
saiはそのセリフを聞くと、光剣のスイッチを入れた。
「ふん…なるほどな。”マスター”をかばって、お前が相手になると言うんだな」
緒方が羽織っていたケープ状の上着を放った。すでに剣が握られている。
「ファティマを巡って騎士が争うなど、愚かなことだと思いませんか?」
saiは剣を右手に持ち、片足を引き少し斜めに構えた。
「普通のファティマなら、な。しかしお前はオレにとっちゃ特別だ。前も言ったろう?」
「あのような戯言…」
「戯言?オレとしちゃ一世一代の愛の告白のつもりだったんだがなあ?佐為よ!」
言うが早いか、緒方が地を蹴った。
下からすくい上げるように光の軌跡が走る。
saiは身体を半回転させ、上から切り下ろしてそれを受けた。
「…では私の答えも以前と同じです。愛など必要ありません。私が欲しいのは圧倒的な力の
み!」
がっちりと組み合い力が拮抗する。
「それなら何故、ファティマに戻る事を承知したんだ?」
下から切り上げようとする緒方と、上からそれを押えるsai。腕力の勝負になった。
saiの美しい顔がわずかに歪められる。
「あなたに話す義理はありませんね!」
力勝負でも彼らは互角。
いや、互角どころかじりじりと緒方が押されていく。緒方の額に脂汗が滲んだ。
「くそっ!ファティマのくせになんて力だ!」 緒方が叫んで離れた。
再び彼らは十数メートルを挟んで、対峙した。
お互いに一歩も引かない覚悟で睨み合う。
(佐為を力でねじ伏せるのは、やはり至難の技か!)
緒方は打ち込みの間合いを計り始めた。
saiも今度の一合で勝負が決まると察したのだろう。光剣を消し、身体を捻って構える。居合の構
えだ。
本来実剣の方が有効な技だが、得意技で勝負しなければ緒方には勝てない。
殺気が凝縮する。すでにお互いが相手の息の根を止める覚悟をしていた。
saiはヒカルを守るために、緒方は騎士のプライドのために。
緒方が踏み出そうとした。
その時、遠くから近づくエンジンの音に気が付いた。
二人は同時にそちらの方を振り向いた。
saiの視界に猛スピードで引き返してくるヒカルのディグが映る。
砂埃を蹴立てて、ディグを乗り捨てるとヒカルは怒鳴った。
「sai!、あっちにミラージュのドーリーが…!!」
言いかけて緒方に気が付く。
「あなた…確かミラージュの緒方…さん?ライトナンバーの…」
(ミラージュには表と裏がある。表がライト、裏がレフト)
姉の香の同僚ではないか。ヒカルは彼が何故こんな所にいるのか理解できなかった。
「ヒカル、逃げなさい!」
saiが怒鳴った。しかし遅かった。
緒方は剣をヒカルに向けると、いきなり打ち込んできた。
「ヒカル!!」 saiの声は悲鳴に近かった。
だがヒカルは、地面を蹴った緒方をみた瞬間に、自分の光剣を取り出していた。
saiは見た。緒方の剣を反射的に受け流すヒカルの剣の軌跡を。
打ち込みが流されたのを悟って、緒方は驚愕した。
(ばかな…!こいつは最下級騎士のはず…!オレは天位持ちなんだぞ!)
「なんでこんな事するんだ?緒方さん」 ヒカルの声は落ち着いている。
saiは呆然としていた。…何時の間にヒカルはここまで力をつけたのだ?
緒方は内心で、冷や汗を拭っていた。
(こいつはもしかしたら、ホンモノかも知れない)
緒方が剣を腰に戻す。しかしsaiの緊張は、さらに高まった。
「どうやらお前を侮っていたようだ。だが、次は全力で行くぜ」
「待って!さっきsai…”ARCH・ANGEL”とやり合ってたね!?何故!?」
「決まっている。その”ARCH・ANGEL”を手に入れるためさ。お前を倒してな。ファティマが
お前をかばってオレの相手をしていたのさ」
「お前を倒せば、めでたくこいつはオレのもの。覚えておくんだな。銘入りのファティマを持つ
ものは、常に狙われているんだって事を!」
いきなり緒方の身体がかすんだ。
「ブレイクダウン・タイフォーン!!」
大技だ…技を見たことのないヒカルに避ける術は、ない!
そう思った瞬間、saiはヒカルの前に飛び出していた。