星団歴3006年、8月。
ヒカルはボォス星にいた。
ここには保養地として有名なカステポーがある。しかし、ヒカルはコーネラ帝国にいた。
この国は謎が多い国である。
コーネラ帝国の主力M・H(モーターヘッド)”カン”は、ヒカルの故国の最強M・H”レッド・ミラージュ”と同じ構造をもった傑作機だと噂されていた。
帝国の騎士団自体も謎と噂に満ちていて、内情はほとんど知られていない。
わずかに洩れ来る情報では、コーネラ帝国騎士団の『スケーヤ・エレクトナイツ』は人体改造手術を受けている特殊な騎士だと言われていた。そして彼らが使うのは今ではほとんど見ることがない”エトラムル・ファティマ”(無形態ファティマ)。
中でも筆頭騎士のシャリシャン・ホーカの持つファティマ・”ARCH・ANGEL”(アーク・エンジェル)は4大マイトであるバランシェ公の制作したエトラムルとして星団では知られた存在だった。
ヒカルも姉である三条香から名前だけは聞いて知っていた。
姉は同じバランシェ公のファティマ”DAIMOON”(ダイモン)をパートナーにしていたので、エトラムルではあるが”ARCH・ANGEL”のことも知っていたのだ。
三条家は代々天照家の家臣として使えてきた名門だ。ヒカルはその嫡子だったが、家督はすでに姉の香が継いでいる。香は上位ランクに名を挙げられる強力な騎士だった。
一方ヒカルは騎士としては最弱クラス、ファクトリー(工場製)ファティマにすら選ばれる可能性が低いほどの。
しかしヒカルはこの気楽な身分をけっこう楽しんでいた。姉とも仲が良かったし、引退した両親もヒカルには甘い。ただ騎士でありながらファティマ無しというのは、かなりかっこ悪いことではあった。
それに能力を持って生まれたからには、最弱とはいえ騎士として認められたい。騎士が生まれるのは20万人に一人なのだ。
人工生命体であるファティマが唯一の権利として認められているのは『主を自分で選べる』というただ一点のみ。
人間と変わらない心を持つのに彼らの精神はマインドコントロールで制御され、主(マスター)がいない間、品物でしかない。主を得て初めて、ファティマは騎士の保護のもと人権らしきものを与えられる。それまでは例え殺されようと人間に逆らう事は許されないのだ。
人間を遥かに凌駕する存在であるのに、一部の人間から”強力なダッチワイフ”と蔑まれる所以である。実際、戦闘などで主を失ったファティマを駆集めた売春宿なども存在するくらいだ。
ファティマは死ぬまでその容姿が変わらない。しかもひとりの例外なく、妖精のように美しかった。
しかしこれがエトラムル(無形態)・ファティマとなると話はまた別である。
彼らはM・Hに組み込まれ、羊水に浮かんでひたすらマシンを制御することだけを考えて一生を過ごす。
グロテスクな姿をし、名前もないのが普通だ。名前を持つのはバランシェ公のエトラムルだけなのである。
コーネラに来たのは、ここがエトラムルが多い国だったからだ。
エトラムルは現在、人型のファティマに取って代わられてしまい、他国ではほとんど見ることができない。
先年、中古のM・Hを手に入れたヒカルだったが、パートナーとなってM・Hを制御してくれるファティマがいないのでは話にならない。なんせM・Hは騎士だけで動かすことは出来ないのだから。
初めはファクトリーファティマを得ようと試してみたがダメだった。
ファティマのクリスタル(頭部ヘッドコンデンサ)に指をあてて、情報を読み取らせてもほとんど反応してくれない。
騎士とは瞬間時速180km/h以上で走り、ハイ・ジャンプは30mにも達し、レーザーを剣で受け止めることができる反射速度をもつ存在だ。ファティマの能力は平均その80〜85%。
ファクトリーの大量生産品でなく、例えば姉の”DAIMOON”のような高名なマイトのファティマなら、騎士とほとんど同じ能力を持つものもいる。
それなのにヒカルの力は普通の騎士の半分以下なのだから、選ばれないのも道理だった。
しかしエトラムルなら極端な話、主が普通の人間でも構わないのだ。
彼らにはほとんど”自我”がなく、そのため『相性』というものも存在しなかったからである。
「ボォスのコーネラ帝国に行ってみたら?」そうヒカルに勧めたのは姉の香だった。
―コーネラは謎の多い国だけど、一箇所だけコネが効く有機体研究所を知っているから―
姉はそう言ってヒカルを送り出した。
後から考えると、まんまと姉にハメられた訳だ。
エトラムル・ファティマを求めて、ヒカルはまっすぐ教えられた有機体研究所(ファティマ・ファクトリー)へ行ってみた。
しかし、そこにいたのは極ふつうの女性型ばかりでエトラムルはいなかった。考えてみれば『スケーヤ・エレクトナイツ』は構成人数20人ほど、その他の騎士は普通のファティマを求めるに決まっている。
しかも”三条”の名前を出しても、誰も相手にもしてくれない…ばかりか明らかに胡散臭そうにヒカルを見る。
姉に悪態をつきながら、がっかりして引き返しかけた所を、ヒカルは突然数人の男たちに囲まれた。
「外国人が有機体研究所になんの用だ!?」
中でもひときわ背の高い男が訊いてきた。ヒカルは背が低いので、男の胸までもない。
「べ、別にお前達にゃカンケーないだろ!?」
むこう気だけは強いので、男にそういい返す。それと同時にヒカルは男の腰に光剣が下げられているのを目にとめた。光剣を携帯できるのは騎士だけだ。
(ヤバイ…こいつ騎士だ。力は…ちくしょう、オレより上だろうな、きっと)
ヒカルは視界の隅で逃げ道を探し始めた。視線をリーダー格の男に留めたまま、じりじりと後じさる。
「俺は警備のために、ここで雇われてるもんだ。お前、騎士だな?分かってるだろうが俺も騎士だぜ?」
そう言って光剣を持ち上げてみせた。
どうやら騎士はこの男一人のようで、あとの数人は普通の警備員のようだ。
「もう一度訊く。ここに何しに来た?」 男の眼つきが険しくなってきた。
「…オレはエトラムル・ファティマを得るためにここに来たんだ!悪いかよ!?」
言い放ち、一瞬の隙をついてヒカルは走り出した。
(門を出てディグまでたどり着けば…!)※ディグ=バイクのような乗り物
しかし、男はやはりヒカルより数段、格上であったようだ。
ディグに手を伸ばした瞬間、ハンドルが真っ二つになった。あっという間に追い抜かれたのだ。
返す手で胴を薙ぎ払われる。
(こいつ!オレを殺す気だ!!)
とっさに避けたが、ヒカルの力では避けきれるはずもなく、光剣の軌跡はヒカルの脇腹をかすめて走った。
「あうっ!!」熱い感覚が脇腹を襲い、ヒカルは思わず倒れ込んだ。そこに、
「ほう?よくかわした。しかし次はない。…スパイは死ね!」
男が光剣を突きつける。その時、声がした。
「おやめなさい!!」
男は声の方を振り向いた。
ヒカルも見た。
そこには長い黒髪を後ろで束ねた美丈夫が、光剣を片手に立っていた。
一瞬、女かと見紛う程にその顔は美しい。
しかし、その身体から漂う雰囲気は紛れもなく男のもの。凄烈な気合を秘めて彼はそこにいた。
こちらへ歩き出すと、警備の男達が波のように割れた。
「誰だ!?―お前もこいつの仲間か!?」男が詰問する。
「私の名はsai。この方と面識はありません」
「関係ないなら、引っ込んでいたらどうだ?」
「そうはいきません。見れば、まだ子供。私の前で無体なマネは許しませんよ」
saiと名乗った男の、自然にたらされた右手に握られた剣のスイッチが入れられた。
光の刃が低い音を出して伸びる。
saiは全く構える気配がないのに、男の背中には冷や汗が流れた。
(こいつは…出来る!)
「子供でもスパイは容赦せん。俺は謹厳実直な男でな」そういいながら、切り込む間合いを計る。
saiは冷たく言い放った。
「…そう言って先日もパルチザンの子供を殺しましたね?」
黒い瞳は底光りし、背筋が凍りつくような冷たい視線で男を見据える。
次の瞬間、男が打ちかかった。ヒカルの目にはふたつの光剣の軌跡がはっきりと見えた。
すれ違って交錯した直後、勝負はついていた。
男の首が警備のひとりの足元に落ちて転がった。それを見て男達から悲鳴があがる。
パニック状態の警備どもに構わず、saiはヒカルに近づくと軽々と抱き上げた。
「怪我はたいしたことありませんね。…逃げますよ、三条光君?」
いたずらっぽい笑顔を向けられた。さきほどとは打って変わった優しい雰囲気。
「え!?なんでオレの名前?…あ!もしかして香の言ってたコネって…」
全部は言い終える事が出来なかった。我に返った警備が銃を乱射してきたからだ。
ヒカルをディグの後ろに隠し、saiは光剣を握りなおした。”峰打ち”できるように光剣のモードをスタンに切り替える。
―もちろん警備は何人かかってもsaiの相手ではなかった。
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