ARCH-ANGEL15
用語解説


頭部を粉砕されて、敵のMHは沈黙した。

気がつけば、アキラの方もカタがついている。

「佐為…」

ヒカルが再び名を呼んだ。いつもMHに乗っている間は、佐為ではなく”ARCH・ANGEL”と呼んでいたのも忘れていた。

「やらなければ、こちらがやられていましたから」

いつもと変わらないように聞こえる声が抑揚なく答える。

モニターはファティマ側から切られていて表情は分からない。

だから、

「おまえ…、大丈夫か?」 そう訊いてしまう。 

「もちろんです。マスターを守るためなら誰だって殺せますよ。…私は、ファティマですから」

答える声が硬い。かける言葉に詰まっていると、

「何をぐずぐずしてるんだ!? 進藤!」 塔矢の声が割り込んだ。

「急いで国境を越えるぞ!」

「分かった!」 ヒカルも返事を返す。今は脱出が先決だった。

「行くぞ、佐為!」





その日の夕刻、ヒカルは病院のベッドの上にいた。

怪我は案の定というか、ヒビでは済まなくて見事に折れていたらしい。

しかも少しだが肺を傷つけていて、治るまではデルタ・ベルンに送り返される事になった。

アキラはすでにいない。

ヒカルの耳に別れ際の会話が甦る。

「バッハトマは予想以上に強敵だ。この戦争は長引くだろう」

国境で戦った騎士は二人とも宮殿騎士ではなかった。

それでもあれほどに手強かったのだ。予想できる事だった。

「クバルカンがどうするか決めるのはボクではないけれど、出来ればキミとは戦いたくないよ」

「オレも、お前とは戦いたくない。でも…」 アキラがヒカルの言葉を遮った。

「言わなくても分かってる。戦場で会ったら、お互い全力で…!」

アキラの顔は自信に満ちていて迷いがなかった。

「ああ…!」 ヒカルも頷いた。

「ああ、それと」 アキラが思い出したように、

「崖の上で助けてくれてありがとう」

口元には微笑が浮かんでいる。

そうして軽く手を上げ、去っていった。




ヒカルは、ぼんやりと目の前の佐為を眺めていた。

佐為はヒカルのために、林檎を剥いているところだ。

「…ヒカル?」 不審気に呼びかける。

気がつけば、ずいぶん長いこと佐為を見つめてしまっていた。

「どうかしましたか? 私のカオ、なんかついてる?」

「いや、なんも。相変わらずキレイだぜ、おまえ」

「何言ってるんですか」

呆れたように言って、佐為は再び林檎を剥き始めた。

それから、横たわるヒカルの寝巻きから覗く包帯に、ちら、と視線をやり、何気ないように、

「…よくがんばりましたね、ヒカル」 と、そう言った。

「…うん。…お前こそ…」

それきり会話が続かない。何か言いたくて、でも言いあぐねていると、

「ヒカル…」

「…私のこと、そんなに気にしないで下さい」

微笑みながら、林檎の乗った皿を差し出す。

「私は大丈夫ですから」

皿を受け取るまでに、一拍あいてしまった。

「……気に…してねえよ」

どうやら佐為にはお見通しだったようだ。

ヒカルが言いたかった事。

それは佐為以外、他の者ではダメだという事。

でも言わなくてもきっと、通じている。そう思った。

こんなヘマは二度としない。もっともっと強くなる。

戦場で誰と戦っても、きっとおまえだけは守ってみせるよ。



「帰ろう、佐為。いっしょに。デルタ・ベルンへ」

「ええ」

「そんでオレの怪我がマシになったら、いっしょにフロに入ろう」

「え?…そ、それは、ちょっと」

「なんだよ。前はオレが嫌がっても強引にいっしょに入ってたじゃないか! 今度はオレがお前の髪を洗ってやるよ」

「……遠慮しときます」

子供だった頃はともかく、すっかり大人になったヒカルといっしょにお風呂というのは、ものすごく抵抗がある。

「ちぇっ」 ヒカルは不満顔だが、やはり遠慮することにする。

でもヒカルなりに、自分を喜ばせようとして言ってくれたのだ。それは理解った。

「…大好きですよ、ヒカル」

「バカ」

「…ずっと…いっしょ、です」 そう言って、にっこり笑う。

「うん」

「ずっと一緒だ」





バッハトマ帝国が突如、ハスハ連合国に宣戦を布告して始まった魔導大戦は、この後45年にわたって続いた。

国家間の勢力バランスは激しく乱れる事となり、大戦終結後も長らく争いが絶える事はなかった。AKDもまたジュノー侵攻、内戦、と多くの血が流されることになった。

騎士公社の記録によると藤原佐為は生涯独身を通したが、三条ヒカル=進藤ヒカルの方は魔導大戦終結直後に廃棄済みのファティマ”ARCH・ANGEL”を妻として戸籍に登録している。これは普通は認められないが、戦争における彼の活躍に対する特例とされた。

これにより”ARCH・ANGEL”はファティマでありながら三条家の一員となり仮に三条光を失った後でも三条家の保護を受けられることとなった。しかし廃棄処分され死亡しているはずのファティマを戸籍にいれる事に何の意味があったのかは謎である。

その後も三条光は長く天照帝に仕えた。またその傍らには常に藤原佐為の姿があったという。

そして星団歴4100年。

デルタ・ベルン星はレッド・ドラゴンによって焼き尽くされ、安息を望んだ多くのファティマは死によってやっとそれを得ることができた。

同年、天照帝はミラージュ騎士団とデルタ・ベルンの国民と共に『WILL』で星団を去った。
※WILL=次元飛行可能な大型宇宙船。

”ARCH・ANGEL”が生きていたとして、その中にいたかは分からない。




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