翌日、早朝―。
ヒカルは慣れない場所のせいか、随分早く目が覚めてしまった。
まだ部屋の中は薄暗く、辺りには早朝の蒼い闇が落ちている。
「何時だろう…?」 独り言のように呟いて傍らのベッドを見た。
ところがそこにいるはずの佐為がいない。
「あれ?どこ行ったんだ。こんな早く…」
もう一度寝なおすか起きてしまうか一瞬考えて、ヒカルはベッドに身体を起した。
外に気配を感じたからだ。何かピリピリするような…。
(………?)
ヒカルが滞在中もらった部屋は一階だ。テラスから直接、庭に出られるようになっていた。
カーテンを少し開け、外を透かして見てみる。
そこに、
「…いた」
佐為はすでに服を着替え、庭のほぼ中央に立っていた。
その右手がゆっくりと上がる。水平まで持ち上げられ、止まった。
次の瞬間、光の刃が伸びる。
「!」
その時になって初めてヒカルは佐為の正面、17、8mのところに塔矢剣聖がいるのに気付いた。
下段に構えられているらしい剣聖の手からも光が伸びる。
(あれは…!光の色からして、スタン(峰打ち)じゃない!)
ヒカルは息を呑んだ。止めにいかなきゃ、そう思うのに体が動かなかった。
その光景から目を離す事ができない。
ずいぶん長い時間二人は睨み合っていたように思ったが、実際にはほんの十数秒だったのかも知れな
い。
先に動いたのは、佐為の方だった。
ヒカルが見た事もない速さで、一気に間合いを詰める。
突然、その姿が霞んだ。
(パラレル・アタック!!)※分身攻撃
分身攻撃は間合いと攻撃方向を相手に見切らせないための技だ。ヒカルは現在8分身まで出来る。しか
し今、佐為は12分身で剣聖に挑んでいた。
もちろんこんなことは普通ファティマには出来ない。騎士でも12分身できるのはめったにいない。
中庭のあちこちで火花が散る。剣聖も12分身で佐為の猛攻に対抗したのだ。
分身が一つ身に収束する。光剣の照度が上がった。
(組み合った!?)
一瞬、眩い光が辺りを染めた。
しかしヒカルは眩しさに目を細めながらも視線を逸らさなかった。
剣聖と佐為が同時に後方に引いた。佐為は外壁ぎりぎりの所に、剣聖はヒカルの部屋のすぐ前に。
剣聖から凄まじい衝撃波が発せられ、辺りが振動する。
ヒカルは慌てて窓から離れた。次の瞬間、ガラスが粉々に砕けて飛び散る。
剣聖が放ったのは、ソニックブレードだ。それも別方向から2本!
凄まじい真空の刃が佐為を襲う。
佐為は光剣を捨てた。
かわりに腰の実剣の柄を握ると、目にもとまらぬ速さで抜き打つ。
(佐為が居合を得意としているのは知っているけど、ソニックブレードに居合!? まさか切り裂く気
か!?)
次の瞬間、佐為の後ろの外壁がもの凄い大音響と共に崩れた。
切り裂いたのではなく、抜き打ちの剣圧で吹き飛ばしたのだと理解する。
再び静寂が戻った瞬間、朝陽が最初の一閃を投げかけた。
「…見たかね?これが君のファティマの実力だよ」 塔矢剣聖にいきなり声をかけられた。
ヒカルは、はっとなった。すでに剣聖から殺気は消えている。
佐為も剣を鞘に戻しながら、こちらへ歩いてきた。ヒカルに目をとめ、
「おはようございます、ヒカル」 にっこりと微笑った。
ヒカルは咄嗟に言葉がでない。喉がからからだった。
「あー、ハデに壊しちゃいましたね。…あっちの外壁も。奥様に叱られますねえ、これは」
佐為が能天気に言った。
「はは、大丈夫だ。明子はこれくらいでは動じないから」 剣聖もにこやかに答えた。「その証拠に、
誰も出てこないだろう?」
そういえば、早朝からこれだけ大暴れして屋敷を壊しまくったのに、誰一人飛び出して来ない。
ヒカルはそれに気がついて唖然とした。
(この屋敷の人間って…)
その時、隣のテラスからアキラの声がした。
「お父さん、気が済んだのなら、次はボクと手合わせして下さいね!」
アキラの部屋は隣だったのかと、ヒカルは気がついた。そっと覗くと、そちらのガラスも半分くらいは
割れてしまっていた。
アキラが割れていない扉を開けて、外に出る。寝巻きのままだ。
「おはようございます、塔矢」 佐為が挨拶した。
起して悪かったとか、怪我はなかったかとか、そういう言葉はいっさいない。
そんなことを気にしてあげなくてはいけないほど、ヤワでない事を承知しているのだ。
もちろんヒカルに対しても、同様だった。
殺気を感じられずのん気に寝ているようでは、騎士として見込みはない。
アキラの声の調子からして、彼もまた佐為と父の戦いを見ていたのに違いなかった。
「三…、進藤。キミとも今日こそは決着をつけさせてもらうよ」 ヒカルを振り向いて言った。
(なんの決着だよ…)とは言いたくても、言えない。「…わかってるよ」と、ヒカルは答えた。
「私とも手合わせして下さいね、塔矢。でもお屋敷では止めておきましょう。どこかいい場所ありませ
んか?」
佐為がこめかみを掻きながら言うと、
「近くに森があります。そこでならMHで手合いをしたって大丈夫ですよ、ウチの土地ですから」
「その前に朝食にしよう。佐為、いっしょにどうだね?」剣聖が聞く。
「よろこんで。…ヒカルたちはどうします?まだ早いですから、もう一眠りしてもいいんですよ?」
今の戦いを見て、もう一度眠れるはずもない。
「ううん、起きるよ。すぐ行くから待ってて」
「ボクも、行きます」 アキラも言った。
ヒカルが食堂に行くと、すでにアキラは席についていた。
明子夫人もとっくに起きていて、また、朝から賑やかな食事になった。
佐為が家を壊した事を詫びると、夫人は
「まあ、どうかお気になさいませんように。そんなことをいちいち気にしていたら、この人とはとても
夫婦でいられませんわ」 そう言って上品に笑った。
「なにしろ旅からお帰りになる度に、大勢お客様がいらして、手合わせを申し込まれるのですもの。屋
敷が壊れるなどしょっちゅうです」
この家族で一番の大物は、この夫人かもしれない…ヒカルは密かにそう思った。
「それにしても手合いでキル(光剣の殺傷モード)で打ち合うなんて正気じゃねーよ」
食事を済ませ、一旦部屋に戻ったヒカルは佐為にそう言った。
「オレ、すごく焦ったんだからな!二人とも本気に見えたし」
「本気ですよ」 佐為は事も無げに言った。
「本気で打ち合わなければ、意味がないでしょう?」
ヒカルは開いた口が塞がらなかった。一歩間違えば、死ぬというのに。
「…例え攻撃が当たっても、咄嗟に急所を外すくらいは出来るとお互い、承知してますから。息の根を
止めるつもりで打ちかかっても、一太刀では絶対に無理な相手だと解ってるんですよ」
「そうはいっても今朝のは、あくまで”手合い”。実際の戦とは違います」
佐為はヒカルに微笑んだ。
「でも、心配してくれてありがとう。ヒカル」
(こいつ…ほんとにすげえ!塔矢剣聖も!オレもいつかあんな風に、佐為を本気にさせることが出来る
のかな)
かつてなら、あれほどの戦いを見せられたら気後れしただろうけれど、今ヒカルは佐為が自分のパート
ナーであることを誇りに思っていた。
後を追い、追いつくのだ。そしていつか追い越してみせる。
そうでなくては、こいつを守るなど言えはしない。
庭先から”森へ行こう”と、二人を促すアキラの声がした。